第56話
錬金ギルドの温室にて、『トマト』の収穫と植え替え作業を無事に終え、次の予定を考えながらギルド本館の受付前を通り過ぎていた時に、不意にミーシャから呼び止められた。顔はいつもの可愛らしい笑顔なのだが、背負ってるオーラに怒りを感じるのだが・・・・
(あれ、何か怒られるようなことってありましたっけ?)
「ナタクさん、ちょっとお話いいですか?」
「大丈夫ですよ、どうかされましたか?」
「先ほどから、ギルド受付に商人やら料理人の方達が次々とやってきて『トマトっていう野菜を売ってくれ!』と言ってきているのですが・・・・心当たりはありませんか?」
「あっ・・・・」
「やっぱり、犯人はナタクさんでしたか!突然何のことだかさっぱり分らない状態で、色んな人から質問されて、対応するのとっても大変だったんですからね!何かするなら、ちゃんと事前に説明しておいてくださいよ、もぉ!!」
「そういえば、ギルドに正式に話を通していませんでしたね。つい失念していました、すいません・・・・」
「はぁ・・・・取り敢えず、研究者が帰り次第詳しい話を聞いておきますと伝えて、今日はお帰りいただいたんですが。今回は一体何をやったんですか?」
「実はですね・・・・」
立て続けに色々な出来事が起こっていたため、ついギルドへの報告を後回しにしていまっていた。確かに、『トマト』は領主との契約作物になる予定のモノだったので、認可が下りるまでは届けを出さなくてもいいのだが、自分で先ほど錬金ギルドと調理ギルドでの共同研究と大々的に宣伝してしまっていたのだから、とても笑い事ではない。しかも契約作物の件には全く触れていなかったので、その場合、情報が無い人達がどこに問い合わせるかは少し考えれば分かることだろうに。これは完全に自分の配慮不足であった。
その後、ミーシャへ詳しい話をさせてもらったのだが、笑顔がとても引きつっていた。
「な・・・・なるほど、この後も同じような問い合わせが数日続くと」
「はい・・・・それに夕方から新料理のお披露目もありますし、明日から更に数を増やして営業する予定なので、もしかしたら問い合わせがもっと増えるかもしれません。本当に、ごめんなさい!」
「取り敢えず、事情をある程度理解できれば対応はできますので、此方は何とかしてみせます。要は領主様との契約作物になるので、暫く待つよう説明すればいいんですよね?」
「そうなりますね・・・・って、そうか。それだけ問い合わせが来るのであれば、あの方法が使えるかもしれません。ちょっとミーシャさん達にもお願いしたいことがあるのですが、協力してもらえませんか?」
「ほぇ?」
今の会話から、交渉に使えそうな新たなアイデアが浮かんできた。需要があるならその要望を叶えることが出来る人のところまで届ければいいのだ。この世界でも“あの制度”は多少なりとも有効なはずなので、是非この後控えている領主との交渉のお手伝いを、足を運んでくれた皆にも協力していただこうではないか。
(さらに、この件にあの案件を絡めることができれば・・・・少し寄り道する場所が増えそうですね!)
「・・・・ってなことを、問い合わせに受付へ来られた人達にしてもらって欲しいのですが、他の受付の方達にも協力してもらうことって出来ませんかね?もちろん、お礼はさせてもらいますよ」
「それくらいなら全然大丈夫だと思います。むしろ彼らも、自分がここに来た証明にもなるので、喜んで協力してくれると思いますし。あっ、ギルマスと受付みんなの説得代は、私に美味しいディナーを一回ご馳走してくれるのなんてどうでしょうか?なんちゃ・・・・」
「構いませんよ。なんでしたら、この街一番のレストランにご招待しましょう」
「おぉ!試しに言ってみるものですね。それじゃ、期待しちゃいますよ!!(やったぁ!ナタクさんとのデートの約束を取り付けましたよ!!)」
やることも増えたので、少々駆け足で予定を消化していくとしよう。まずは、必要な書類を作製してからミーシャに手渡し、今度は同じ書類を調理ギルドにも持って行く必要があるので、途中でジョンを探しに行くことになりそうだ。ただ、事前にある程度の大まかな予定は聞いているので、たぶんこの時間ならトーマスのところで仕込みを手伝っていると思われるので、見つけるのにもそこまで時間は掛からないであろう。
取り敢えず、近場の用事から済ます関係で、まず木工ギルドへ立ち寄り親方達に看板などの案を伝えて作製依頼を出した後、今度は東大通りにあるトーマスの店へとやって来たのだが、店の近くに到着すると、そこには開店前だというのに、既に何人ものお客が店舗の前で並んでいる姿が確認できた。この調子だと明日以降は更に大変なことになりそうでなので、冒険者の人達には是非頑張っていただこう。
ちなみに、店に入ってジョンを探そうとしたら、お客の先導をしていた従業員の方に止められてしまったので、代わりに中に入ってジョンかトーマスに自分が来たことを伝えてもらい、その間に店の向かいにあるベンチで腰掛けながら待たせてもらった。そういえば、お店の場所は教えてもらっていたが、ここへは初めて来たので従業員の方とは初対面であった。
それから暫く待たせてもらっていると、先ほどの従業員が慌てて駆け寄ってきて、かなり平謝りをされた後に店の中へと案内された。
(いや、突然訪ねてきた俺が悪かったので、そんなに謝られると逆に申し訳なくなってしまうのですけど・・・・)
「よく来たな、マスターもすぐ来るぞ」
「仕込みの最中に突然すいません、夕方からの本番も頑張ってください!」
「それはもちろんなんだが、激励するためだけにここに来た訳ではないんだろ?」
「ちょっと面白いアイデアが浮かんだので、ギルドマスターであるジョンさんのお力を借りに来たんですよ」
「なんだ、俺を探しに来たのか・・・・もしや面倒事じゃねぇだろうな?」
「そう身構えないでください、むしろ面倒事を解消する為に奔走しているって感じですかね。実は先ほど錬金ギルドに寄ってきたのですが、『トマト』の問い合わせが受付に結構来てたみたいなので、その対策に必要そうな資料を届けることと、”ある”お願いをしに来たんですよ」
「あぁ・・・・まずったな。確かに俺も、ギルドの受付に説明するのを忘れていた。トーマス、悪いが少し抜けて説明してくるわ」
「まだ開店前なので、大丈夫です。それに、残りの準備も此方でやっておきます」
「えっと、こちらが説明用の資料になりますね。それと、此方の用紙も渡しておきます。これは後で領主様との交渉に使わせてもらう予定なので、是非協力をお願いします」
「本当、用意がいいよなお前さんは。それじゃ、ありがたく使わせてもらうぜ。それでこっちの用紙は・・・・って、よくこんなことを次々と思いつくな。
感心どころか、若様がちょっと可哀想になってきたぞ。こんなのが無くても、お前なら交渉を上手く進めるだろうに」
「備えあればってヤツですね。同じ物を錬金ギルドでもやってもらう予定なので、出来るだけ多く集めていただけると助かります」
「分かった、調理ギルドは俺の方でなんとかしておこう。それで、先導を頼む冒険者はどうなったんだ?もう既に並び始めた気の早ぇ奴らもいるみたいだが?」
「流石は、街の人気店ですね。取り敢えず、ブロンズのPTに依頼をかけたので、彼らが来たら存分に使ってあげてください!アルさんの所にも、派遣しておきました」
「すまない、恩に着る」
「いえいえ。それでは、次はお城に行ってきますね!何かありましたら、ウィルさんのお店に連絡をください」
「お前も調理に参加してないはずなのに、存外忙しいよな。それじゃトーマス、俺もちょっくら行ってくるぞ!」
「分かりました、いってらっしゃい」
これで調理ギルドの方も何とかなるだろう。たぶん、明日からは更に問い合わせが増えるだろうし、あちらの用紙もかなり期待が持てそうだ。
その後、お城にも行ってクロードにも今日のお昼の報告を済ませて、一緒に先ほどのアイデアを説明させてもらったところ、彼にも概ね賛同してもらえたので、後は集まった書類を持って領主との交渉に臨む日を待つばかりとなりそうだ。
これで味方もかなり集まりそうなので、この調子でいけば砂糖の時以上に面白い商談になりそうで、当日が待ち遠しくなってきた。しかも、今回の件が上手くいけば、もう一つの懸念材料も同時に片付きそうなので、いつも以上に気合を入れて頑張らせていただこう。
色々と寄り道をしてしまったために帰るのが遅れてしまったが、到着したウィルの店の前にも結構な人数の行列が出来上がっていた。他の二店舗に比べて知名度は低いはずなので、これは中々の盛況っぷりと言えるのではないだろうか。
中に入ると、ウィルとヘルプの料理人達が一緒になって大忙しで仕込み作業をこなしていたため、軽く挨拶だけ済まして邪魔にならないよう、先にゴッツ達との打ち合わせを済ませてしまうことにした。
ちなみに、新しく雇った冒険者達は比較的早めに確保することが出来たらしく、既に各店舗へ仕事に向かってくれているらしい。というか、実は先ほどナタクと入れ違いになっていたみたいで、トーマスの店から出てきたナタクの後姿を、付き添いで来ていたゴッツにバッチリ見られていたんだそうだ。
それと、この催し物の三日間だけだが、アテナにも外泊許可がアーネストから下りたそうで、凄く嬉しそうにパスタを頬張りながら彼女自身が報告してくれた。ちなみに、これはアキナにこっそり教えてもらったのだが、アテナはあれからずっと食べっぱなんだとか。
あの小さな身体の、何処にそんなに詰まってるんだろうか?
それと警備の方だが、お店の営業中は冒険者の男性陣が外の警備とお客の先導を担当してくれ、女性陣は給仕の手伝いをしながら店の中の警戒をしてくれることになった。そして、暇なナタクとアキナも手伝いに参加することになったのだが、流石に公爵令嬢のアメリアに給仕をさせる訳にはいかないので、いつもの服装に着替えてもらって、店の奥のテーブルで待機してもらうことにした。
それと今回はもう一人、リリィから危なっかし過ぎると、敢無く不合格を言い渡されたアテナも同じく待機組みとなっている。
(でもまぁ、本人はもの凄く嬉しそうでしたけどね)
ちなみに、アキナ達は先ほど着ていた給仕服を、ナタクは錬金術師の白衣を脱いだ姿で給仕の手伝いをしようと思っていたのだが、アキナが事前に気を利かせてくれていて、前掛けタイプの『ソムリエエプロン』というアイテムを用意してくれていた。一応汚れたとしもエンチャント効果で直ぐに綺麗にしてくれるため、エプロンなどは必要ないのだが、見た目も大事ということで、ありがたく使わせていただくことにした。
って、エプロンをつけたら女性陣が全員固まってしまったのですが、そんなに似合っていませんかね?自分的には結構気に入ったのですが・・・・
おっと、そんなことを悩んでいる場合ではありませんでした。営業開始の鐘が鳴り響きましたね。それでは、いよいよ催し物夕方の部の開演です!皆で力を合わせて頑張りましょう!!
ひゃっほぉ!ナタクさんとお食事デートだ♪(≧∀≦*)




