第49話
これでリックにも催し物へ参加してもらえそうで、正直ほっとした。やはり今後の流通を考えると商人との協力は不可避になるので、彼のような大きな商会を構える腕利きの商人に早い段階から助力を得られるのは、信用という面でもかなり大きい。
『トマト』の件も無事に伝え終わったので、和やかな空気の中リックとそのまま談笑をしていると、暫くして執務室の扉をノックする音が聞こえ、一人の女性従業員が部屋に入ってきた。どうやらあちらも無事に説明が終わり、これからお金に関する交渉に移るようなので、いよいよ自分の出番というわけだ。
(それでは、アキの頑張りに報いるためにも、俺も頑張らせていただきましょうか!)
女性下着の方も流通には商会主であるリックの力を借りる予定なので、よかったら彼にも一緒に参加してもらえないかと頼んでみたところ、実は最初から値段交渉には彼も一緒に参加する予定だったと、笑顔で言われてしまった。
別に娘の実力を疑っているわけではないらしいが、どうやら交渉相手がナタクだったので、万全を期すためらしい。随分と警戒されているみたいだが、そんなに不平等な商談はするつもりはないのだが・・・・
というわけで、女性従業員に案内されるがまま隣の部屋へと入っていくと、アキナ以外の女性達全員が華やかな柄のワンピース姿で出迎えてくれた。あれは確か、アキナが今日のために用意していた洋服のはずだ。
(ってか、アメリアさんが一番インパクトがあるなぁ。何処とは言えませんが、目を向けずにはいられないとはこの・・・・げふん。なぜか殺気を感じたので、この辺にしておきましょう。まだ死にたくはありませんしね・・・・)
「いやはや、随分と華やかになったね。これが噂の裁縫師殿の作品かい?」
「良かった、パパも一緒に来てくれた!!ごほん、失礼しました。こちらは裁縫師アキナさんの作品になります。私も一緒に着させてもらいましたが、かなり良質で洗練されたデザインの洋服ですよ!今回は、此方も取引させていただけることになりました!」
「うんうん。今は仕事中だからね、それでよろしい。しかし、女性下着と聞いていたけど、そっちの方はどうだったんだい?」
「下着の方も間違いなく“売れる”商品でした。しかも、貴族から一般の女性までが挙ってお買い求めに来るであろうそんな商品でしたね。たぶん、売り出せば王都とかで専門店を開かないと、暴動が起きるかもしれないほどの品です」
「嬉しいのはわかるけど、まだ商談が纏まる前にそんな話をしちゃいけないよ?まだ、肝心の値段交渉も残っているのだからね。その辺はまだまだ甘いかな・・・・」
「はうっ!ついうっかり・・・・すいませんでした」
「構いませんよ。そこまで喜んでいただけたなら、商品を持ち込んだ側としても嬉しい限りですので。なるべくお互いに利益が出るように話を進めていきましょう」
「よろしく頼むね。私も一応部屋には居るが、今回はマリーに任せるから存分にやって御覧なさい」
「はい!頑張りますね!!」
それでは、お互い準備が整ったので商談を始めさせていただこう。今回少々特殊な方法を採用させてもらう予定なので、彼らには驚かれてしまいそうだが、まぁリックもいることだし助け舟は出してもらえるだろうから、気合を入れて交渉を進めさせもらおう。
「ではまず此方の女性下着の価格についてなのですが、ワイヤー入りを『タイプA』ワイヤーレスのモノを『タイプB』としてお話させていただきます。
まず此方の商品ですが、名前の通り分類は下着になりますので、中古市場が殆ど生まれない商品となっていることを念頭にお話しさせていただきますね。所謂『消耗品』として扱われる商品となります。
まぁ、子沢山だったり、生活が苦しい家庭ならお下がりとかはありそうですけどね」
「あぁ、確かに。下着を売るって女性としてはしたくない行為だからね」
「特に『タイプA』の方は、ターゲットとして想定されているのが“貴族の女性”になりますので、なおさら下着の払い下げは起こらないでしょう。それに、同じ下着を毎日着けるようなこともないでしょうから・・・・」
「そうか!『タイプA』の方は一度に何枚も購入いただけるってことですね」
「その通りです。他にも貴族の女性が一年以上同じ下着を使い続けるというのも考え難いですからね。ですので、一人頭の購入個数は確実に増える商品となっております」
「あぁ、だから『消耗品』という訳ですね・・・・」
「なので、個人で生産していると供給が追いつかなくなるのは目に見えてるので、今回はこの街の『裁縫ギルド』も巻き込んで商品の普及に努める予定をしております。ちなみに、こちらは既にアキにも納得してもらっています。
まぁ、工房を立ち上げて自分達だけで生産するのも手ではありますが、これに掛かりっきりになってしまうのと、周りからの嫉妬なども大きくなりそうですからね」
「それではレシピをギルドに公表してしまうということですね」
「その通りですが、公表するに当たり『裁縫ギルド』と取引される商会側にいくつか条件を提示させていただく予定でいます」
「パパ、段々と私の手に負える範疇を超えてきました・・・・」
「さっそく想定してたラインを超えられてしまったね。しかたあるまい、ここからは私が引き受けよう。ナタク君、続きをお願いできるかな?」
「了解です。まず仕組みとしましては、『裁縫ギルド』にレシピを公開するに当たり、裁縫職人によるこちらの商品を直接商人と取引することを禁止させていただきます。全て一旦裁縫ギルドに買い取ってもらって、商人さんにはギルドから仕入れてもらう形になりますね。その時にギルド公認の印を入れてもらうのもいいかもしれません。
こうすることで、ギルドの収益にも影響してきますからね、もし違反したら何らかのペナルティが課せられることでしょう。錬金術ギルドでのポーションみたいな扱いになります。そうして買い取ってもらった商品達ですが、今度はギルドから商人達に“販売権利”を売ってもらい、此方を持っていない商人に売ることも禁じてもらいます。
これはこの国の法律で定まっていることなのですが、『新レシピを公開してから5年間は、開発者が販売権を主張することができ、売り手を指定することができる』というものがあるので、今回はその制度をフルに利用させていただくことになりますね。要するに、5年間は裁縫ギルドと販売権利を買ってくれた商人限定で売りますよって話です。
まぁ、レシピを盗まれて勝手に利益を掠め取れないための法律みたいなんですけど、5年と期間は設けられていますがその間は国も守ってくれるという制度になります。それが嫌なら、個人で販売してレシピを秘匿すればいいって話ですね」
「ほぉ。それでは、私はいくら払えばその権利を売ってもらえるのかな?」
「リックさんの商会には、まずこの商品の販売実績を作って欲しいので、此方の販売権利は無償で提示させていただきます。ただし、此方で稼いだ商品の利益の10%を報酬として支払って欲しいのが、今回の商談となりますね。
他の商人達に売る販売権利は裁縫ギルドと話し合って決めるつもりですが、決して安くはならないかと」
「なるほど、うちはその先行投資無しで商売ができるということだね」
「肯定です。それに最初は二の足を踏む商人もいるはずなので、殆ど独占して販売することが出来ると思いますよ。いかがでしょうか、中々の好条件をお出し出来ていると自負しているのですが?」
「ふむ、是非取引させてもらいたいが、利益の10%とは安すぎないかい?うちは助かるがそちらの収益が少ない気がするのだが・・・・」
「広告料込みのお値段ですからね。こちらは新しい商品になりますので、まずは売れないとお話になりませんので、その分リックさんには頑張って頂かなくてはいけません。それに利益は他からも取れますので」
「ちなみに、ナタク君はこの商品に値段をつけるとしたらいくらを想定しているんだい?」
「末端価格でお話しすると、『タイプA』は貴族用ということもあるので、パーツや装飾に拘る予定なので最初は金貨5枚前後を考えております。材料費を抑えたもので金貨2枚ほどでしょうか?
次に『タイプB』ですが、こちらは一般の方に向けて販売する予定なので、最初は金貨1枚前後、最終的に銀貨5枚ほどまで値段を下げられたらと思っています」
「やはり、結構いい値段を考えているのだね」
「素材の布代が結構しますからね。そちらの方も値段が抑えられないかと考えてはいるのですが、いきなり価格を下げれるような魔導具を開発してしまうと、職に溢れる人が出てきてしまいますから、暫くは高めで取引されると考えています」
「しかし、消耗品に金貨5枚か・・・・。ナタク君は最初の月でどれくらい売り上げが見込めると考えているか聞いてみてもいいかい?」
「売り始める時期にもよりますが、丁度近々この街でお祭りがありますよね?」
「確かに街を挙げてのオークションあるね。毎年各地から貴族や商人、観光客までいろんな人がこの街に訪れる一大イベントの一つだよ」
「貴族が集まるということは、必ず領主様主催でパーティーなども開催されるはずです」
「・・・・っ!まさか!!」
「実は既に領主様のお城に勤めるメイド達には、アキが此方の下着をプレゼントしております。それに、ここにはアメリアさんもいらっしゃいますからね。お城の皆のスタイルが良くなっているのを、アメリアさんのお母様が果たして見逃すでしょうか?」
「なるほど!母上も巻き込んで、商品を宣伝させるってことだね」
「もしよろしければ、アメリアさんからもご紹介していただいてよろしいですか?」
「お安い御用さ。それに、今日はこんな綺麗な洋服までもらっちゃったからね。それに母上の美意識はかなり高いから、たぶん目の前でこれを着て自慢すれば絶対喰い付くはずさ!」
「ありがとうございます。後はそのパーティーまでにできるだけ在庫を用意してもらって、お買い求めいただだいた方々へ順次売り捌いていけば、かなりの収益が見込めるのではないでしょうか?
それに流行に敏い貴族の彼女達が、まだ数少ないそれらを購入したとして、はたして自慢せずにいられるでしょうか?後はお分かりいただけると思います」
「あぁ、うちの商会は暫く大忙しになるだろうね」
「それに貴族の方で流行りだせば、必然的にそこで働く女性達にも噂は届きますからね。流石に高い方は無理でも『タイプB』ならギリギリ買えるかもしれない。それに貴族の女性にもプライドがありますから、一般向けに売り出されているモノを自分で着けようとは思わないはずなので、似た商品にも関わらず、市場が被らない可能性もありますからね。
なので、最初は貴族向けのモノを大量に発注することをお勧めします。一般用は噂が広がるまでは少数に抑えておいてもいいかもしれませんね」
「君はいったい、どこまで・・・・いや、これを聞くのは止めておこう。素晴らしい考察を聞けて大変参考になったよ。是非うちで商品を扱わせて欲しい、契約を結ばせてもらうよ!」
「ありがとうございます!存分に儲けちゃってください」
「もちろんだとも。ほんと君との商談は退屈することがないから面白いよ!」
リックさんと硬く握手を結び、これで何とか商談は成立かな?後は、後日裁縫ギルドも交えた商品の細かい価格設定やら、販売権利の金額設定をどうするか相談しなくてはならないが、そちらも勝算はあるので何とかなるでしょう。いやぁ、売れるのが分りきってる商品の商談は本当に楽でいいですね!
アキにはこれから、自分で仕事をしなくてもギルドの口座にとんでもない金額が振り込まれるようになると思うのですが、たぶん本人は気が付いていないでしょうね。まぁ、気がついた時の反応を見るのも面白そうなので黙っておきますか。
それでは、相談も終わったことだし、今度は料理の方を楽しむと致しましょう!!
・・・・・(´・ω・`;)
(この青年には、一体何処まで先の未来が見えているのか・・)




