第47話
SIDE:アキナ
マリーの案内で、建物の四階部分にある『関係者以外立ち入り禁止』エリアまでやって来た。「こういったところは世界が変わっても一緒なんだなぁ」と密かに思いつつも、緊張した面持ちで彼女の背中を追いながら後ろを付いて行く。ここから暫くナタクとは別行動になるので、いつもの頼りになる援護は期待できないが、あれだけプレゼンの練習をして皆にも認めてもらったのだから、是が非でもマリーに商品の良さを分っていただけるよう、全力でプレゼンに臨むつもりだ。
(それに、今日はもう一人の頼りになるお姉さん的存在のアメリアさんまで一緒に付いて来てくれていますしね。百人力ですよ!!)
四階に上がって直ぐに、どうやらリックの執務室に着いたらしく、このままナタクは当初の予定通り、『トマト』の話し合いへと向かっていった。
ナタクと別れ、自分達も用意されていた別の部屋に案内されると、着いた場所には衣類を扱う店によくあるタイプの試着室と、数人の女性スタッフが既に待機していた。どうやら、マリー側もモデルを用意してくれていたようで、数日前に噂になっていたミーシャの服を作った裁縫師に会いたいと、結構な人数の従業員が立候補していたらしく、彼女らは厳正なくじ引きによって集められたのだと笑いながら教えてくれた。
「なんだ、モデルがこんなにいるなら私は脱がなくても良さそうかな?」
「何を言いますか!アメリアさん程の立派なお胸をお持ちになってる者はこの中にいませんので、是非この目で確認させてください、というか拝ませてください!!
・・・・って、あれ?アメリアさんって、以前私と何処かでお会いしたことってありませんか?なんか、妙に何方かに似ている気がするのですが」
「さぁ?私は普段、家と研究室の往復くらいしか出歩かないからね。きっとその時にすれ違ったんじゃないかな?」
「そうでしょうか?まぁ、後でゆっくり考えることにします。それよりも、アキナさん!今日はよろしくお願いしますね。私達、あなたに会うのを凄く楽しみにしていたんですよ。お会いできて光栄です!」
「此方こそ、今日はよろしくお願いします。私はあまり商談が得意ではないので、今日は資料をお渡しして、それを見ながら説明させていただきますね。それと値段交渉に付きましては、後で先生に代わっていただくことになると思うので、そちらもどうぞよろしくお願いします」
「そのお話は、以前ナタクさんにお会いした時にも窺っておりますので大丈夫ですよ。といいますか、そのことでパパにも『凄腕の商人と取引すると思って、商談に挑みなさい』とアドバイスをもらったのですが、・・・・ナタクさんって何者なんですかね?」
「あはは・・・・先生は多方面でも活躍されていますからね。私も“凄い人”以上の表現方法がわからないくらいです」
「しかもどの分野でも一流といっていい程のことを、ちょっと目を放した隙にやってみせるからね。見ていて本当に飽きない人物であることは保障するよ。今も隣の部屋で何をしでかしているかと思うと、ワクワクが止まらないね」
「流石に今は大丈夫じゃないですか?トマトの話を“少し”するだけだって言ってましたし」
「アキナ君、最近私は彼の“少し”と“ちょっと”はこれから何かやらかす合図だと思い始めているのだよ」
「あっ、確かに!!」
「あのぉ、うちのパパは大丈夫でしょうか?ちょっと、不安になってきたのですが・・・・」
「あぁ、平気平気!死ぬほど仕事が忙しくなるか、自分の想定以上に驚かされ続けるかのどちらかだと思うから。それに、必ずと言っていいほど商談相手にも大きな“利”のある話をされるだけだから、心配しなくて大丈夫だと思うよ。まぁどちらにせよ、忙しくなるのは確定だけどね」
「それはそれは・・・・ですけど、パパも結構やり手の商人ですからね。私なんかが心配してても何も始まらないので、私達は此方の商談に集中させていただきます!それではアキナさん、よろしくお願いします!」
「はい!それでは資料とサンプルを配りますね。あっ、それとアメリアさんは他のモデルさんのお胸のサイズを測ってもらって、此方の紙に記載してもらってもいいですか?それを見ながらモデルさんに合ったサイズのモノをお渡ししますので」
「了解だ!それでは彼女達、此方の試着室で計測するから付いてきたまえ」
そう言ってキャッキャと楽しそうに喋りながら、アメリアは試着室の中へと入っていった。どうやら中で順番に計測をするみたいである。今日は彼女がいてくれて本当に助かった。たぶん自分一人だったら緊張して中々話を切り出せなかっただろうし、彼女が一緒に喋ってくれたおかげでここまでは殆ど普段通りに喋れてる気がするので、今日はこのままの勢いで行かせてもらおうと思う。
まずはサンプルと資料を手渡し、
『これがどういった商品であるか』
『どのような目的、効果が見込めるのか』
『どの年齢層や身分の方をターゲットにしているのか』
これらについてきちんと明確にして、相手に伝えることから始める。これは、商談するに当たってナタクからレクチャーを受けた際に教えてもらった、交渉の秘訣である。他にも色んな駆け引きがあるらしいのだが、慣れるまでは難しそうなので、商談初心者の自分は今回このことを重点的に話をさせてもらおうと考えている。
しかし、この資料作りもナタクに手伝ってもらったのだが、彼は専門分野以外の知識もたくさん持っているので、話していて驚かされることが多々存在する。流石に女性下着の正確な用途や目的などは知らなかったみたいだが、商品を商談相手に売り込むノウハウは、一流の商人としても通用するのではと思えるほど、素晴らしいものであった。
プレゼンを進めていくと、資料を作っていた際にアキナが考えたキャッチフレーズである『コルセットを着けていなくてもスタイルが良く見え、サイズアップまでしてくれる魔法の下着』という文章にさっそくマリーが喰い付いているようなので、ナタクに教わった通りに彼女へ売り込みを強めてゆく。
そもそもコルセットとは、ウエストを締め上げることにより女性らしい曲線美を再現させる為に作られた補整下着の一つなのだが、これを着けると対比としてお尻と胸が大きく見えるという利点があるので、畏まったドレスを着る時になどに、現代でも普通に使われていた商品になる。ただ、デメリットとして『とにかく苦しい』『長時間つけているのは拷問に近い!』という意見がたくさん寄せられるモノでもあった。
当たり前だが、肋骨があるのにそれを無理やり締め付けて身体を細く見せるわけなので、それ相応の覚悟を持って身に着けなくてはならないのは確かである。時にはやりすぎて、骨を折ったことのあるモデルもいたとかないとか。
ただ、向こうの世界ではモデルのような特殊な職業でもない限り、コルセットを必要とするドレスを着る機会など滅多にないのだが、此方の世界では大抵の貴族の女性達は普段着としてもドレスを着用せざるをえない方達が多いので、そういった高貴な方を狙った豪華な作りのモノと、一般の人でも使ってもらえるよう出来るだけシンプルに、性能も落とさないように作った二つのタイプを今回用意させてもらった。
ひとつはワイヤー入りタイプのホールドがしっかりしたモノに装飾を施した商品と、ワイヤーレスで装飾を出来る限り削って製作コストと難易度を下げた商品を用意したのだが、元々自分使い用に作り出したものなので、自分やアメリアが普段から着けているモノにはワイヤー入りの方を採用していたりする。
ちなみに、ワイヤーはナタクに作製を依頼したらインゴットから“うにょーん”と変形させて簡単そうに作ってくれた物だ。もし外注する場合は彫金細工ギルドの職人に依頼するのがいいらしく、なんでも鍛冶や錬金術でも作れなくはないそうなのだが、細かい金属細工関係は彼らに任せた方が安くていい物を作ってくれるらしい。
(まぁ、先生のやり方が特殊なのは見ていて凄く分りやすかったですけどね。今まで見たこともない錬成陣を使って作製していましたし、書かれていた文字の情報量からしてかなり等級が高そうな感じでしたから)
商品の特徴やターゲットについての説明をマリーに聞いてもらっていると、彼女もこの商品の魅力を感じ取ってくれたのか、今は熱心にサンプルを眺めながら使われている素材や触感を確かめている。
練習の時にナタクが『ここまで説明すれば必ず興味を示してくれるはず』と言っていた通りの展開になりつつあった。後は、実際にサンプルを装着してもらい、効果の程を直接体験してもらえば、自分達の仕事も無事完遂できそうだ。
(おっ!アメリアさんが試着室から出てきて、計測結果が書かれている紙を持ってきてくれたみたいです)
「アキナ君おまたせ!計測が終わったよ」
「ありがとうございます。それではアメリアさんは手はず通りに“あの服”に着替えてもらってもいいですか?」
「了解だ。まさか、私がミーシャとお揃いの服を着るとは思ってもみなかったよ。まぁ、結構気に入ってはいるけどね」
「あの服は身体のラインが凄く分りやすいですからね。あっ、これが彼女達の分になります」
「これを渡して、彼女達にも着てもらえばいいんだね?」
「はい!よろしくお願いしますね」
「えっ!お洋服もご用意してくれていたんですか!?」
「丁度ミーシャさんに作った洋服が身体のラインが判りやすいタイプのものだったので、合わせて作らせてもらいました。噂になっていた服ってヤツですね。マリーさんもご一緒に試してみますか?」
「是非是非!!」
おぉ、此方の喰い付きも予想以上に良好ですね。それでは楽しい試着会を開催させていただきましょう。先生、私頑張っていますよ!!
へっぶし!・・・失礼( >д<)、;'.・
大丈夫かい?(´・ω・`)




