第41話
ジョン達の会話のタイミングを見計らってリリィを向かわせたのだが、特に問題なくスムーズにカップを配ることが出来ているようでほっとした。ゴロツキ相手にも怯まず対応してみせた際にも感じたが、やはり彼女には勝負度胸があるのだろう。先ほどまであんなに緊張していたはずが、一旦仕事モードに入ってしまうと、今は見ていて安心できるほど実に堂々とした態度で給仕を勤めていた。
「お茶をお持ちしました、どうぞお飲みください」
「悪いがもう一組カップを追加して、錬金術師の彼も呼んできてくれないか?」
「畏まりました、ナタクさんをお呼びすればいいんですね」
「あぁ、頼んだよ。しかし、ウィルの店では随分と可愛らしい服装で給仕をさせているんだな。ホールは最初にお客様と接する場所な訳だし、こうした華やかな衣装も悪くないな」
「此方の衣装も、先ほどナタクさんのお弟子さんから戴いた物なんですよ。彼女は裁縫師でもあるらしくて、今も母のために同じ服を凄いスピードで作製してくれています」
「錬金術師の弟子なのに裁縫師でもあるのか・・・・そういえば、彼も多芸だと噂では聞いていたしな。それも関係しているのか?」
「申し訳ないですが、その辺はちょっと分からないです。ってお父さん、凄く手が震えてるけど大丈夫?」
「あぁ、喉もカラカラだったから助かったよ。私は緊張しているだけだから心配ないさ。それより、ナタクさんを頼んだよ?」
「って、ギルマス。この紅茶かなり美味いですよ。僕もお茶にも自信があるけど、間違いなく一級品の茶葉に、相当な腕前の方がこれを淹れてるね。それに、一緒に出されたこの白い顆粒と液体はなんだろう?」
「このお茶もナタクさんが用意して持たせてくれました。付け合せの方は・・・・って、えぇ!!」
「どうしたんだ?」
「すいません、えっと白い顆粒の方が『上白糖』というお砂糖で、白い液体の方はミルクを加工して作る『生クリーム』という品物らしいです。お好みでスプーンで1~2杯入れてお楽しみくださいって書いてありますね。私、真っ白なお砂糖って初めてみました」
「なっ、これが砂糖だって!俺でもここまでの上物は初めて見るぞ。ちょっと失礼する・・・・
驚いた、この砂糖には癖すらないぞ。本当に甘みだけが存在してやがる」
「本当ですか!ちょっと僕にもください・・・・・
凄い、こんな砂糖があったなんて!こんな物をすぐに出せるなんて、彼は一体何者なんですか?」
「美味い。みんなもこの生クリームという方も試してみるといいぞ。俺は紅茶はあまり得意では無いんだが、この二つを入れるとまるで別の飲み物になった」
「すまないが、やはり先に彼を呼んでくれないか?我々にこれを出したということは、何か狙いがあるんだろう。ギルドでもそうだが、彼は本当に料理人が欲しがりそうな物を選んで持ってくるのが上手いな。こんな物を出されては、話を聞いてみたくなるに決まっているではないか」
「分かりました、直ぐにお連れしますね!」
あれだけ大きな声で話していれば、厨房から様子を窺っていたので大体の内容は聞こえていた。食い付きは上々、後は糸を切られないよう上手く手繰り寄せれば商談に持っていけそうだ。商談とは釣りに似ていると会社に入ったばかりの頃に教えられたが、確かにその通りだと思う。
相手の欲しがりそうな“エサ”を使って誘き寄せ、喰い付いた瞬間にある程度その商品の魅力を体感させる。慌てずじっくりと相手がこの商品が欲しくなるよう吟味させ、最後に一旦引く素振りを見せて一気に“釣り上げる”。
こうすることにより相手も満足してもらえ、此方もこれ以降の商談までスムーズに話が進められるので実に良いWINWINな関係が成立する。この辺は鍛えてくれた会社の先輩達に大変感謝である。
(まぁ、こっちに来る直前では部下になっていましたがね)
リリィも慌ててこっちに戻って来たことだし、此方も仕事を始めるとしよう。この後を考えると、是非とも腕のいい料理人とは“仲良く”しておきたいのがナタクの本音である。これから続く和食への長い道程のためにも、この勝負は全力でいかせていただこう。
「謝罪は無事に済んだみたいですね、揉めてなさそうで良かったです」
「むしろ何も要求してこないこいつらを説得して欲しいぐらいだ。なんで、俺に技術を少し教えてもらうのが最高の見返りになるんだ?俺はそこまでこそこそ隠れながら料理なんてして無いぞ」
「ギルマスの作る料理は、常識をはるかに超えた先に存在している物ばかりじゃないですか!
あぁ、ご挨拶が遅れました。僕は西通りでパン屋を経営しているアルヴェント・メルトーリといいます。発音が特殊なのでアルで結構ですよ。それでこちらが僕の兄弟子のトーマス・オードランド。トーマスは居酒屋を中心に経営してますね。
二人とも一応今回の被害者で、僕は店の立ち上げを狙われ、トーマスは新店舗を作ろうとしたところをやられました。今回は助けていただき本当にありがとうございます。お礼が言いたくて、ギルマスに無理いって連れてきてもらったんですよ。
てか、お会いして分ったのですが、確か僕のお店で何度かお会いしてますよね?その黒髪は印象に残っていたの、間違いないと思うのですが?」
「メルトーリ・・・・あぁ!アキが好きなパン屋さんですね、思い出しました。確かに何度かお会いしていますね。知り合いにもあなたの店のお菓子の大ファンの子が結構いるので、ちょくちょく寄らせてもらっていたんですよ。いつもお世話になっております」
「合っていてよかった、それにしても凄い先生だったんですね。ギルマスにも聞きましたが、何でも新しい食材を作り出してしまう技術をもった天才錬金術師だって聞きましたが、此方のお砂糖などもあなたが作られたんですか?」
「そうだ!この“上白糖”と“生クリーム”はどうしたんだ?これもお前さんの作品なのか!?」
「はい、自信作の子達ですね。気に入っていただけましたでしょうか?」
「むしろ料理に使わせてもらいたくてウズウズしてるんだが、まさかこの後の研究会でもこれを使って料理をさせてくれるのか?」
「ギルマス、なんですかそれは!そんな楽しそうなイベントを隠していたんですか!?」
「いや、別に隠してた訳じゃねぇんだが。この後アーネストも呼んで新しい野菜を使った料理研究会をすることになってんだよ。そこの兄ちゃん主催のな」
「そんなのズルイです、是非僕にも参加させてください!!なにせ、僕はこれから失ったお金を稼がなくてはいけませんからね」
「俺も参加させて欲しい。先輩とギルマスの調理を目の前で見れる機会なんて滅多に無いことだからな」
「もちろん、大歓迎です。むしろお二人を招待したいが為に、此方のカードを切らせていただきましたからね。他にも今までに無かった調味料なんかも用意してありますので、是非参加していってください」
「って、他にもあるのかよ!俺も初耳だぞ!?」
「その食材達は、まだ一度も市場に出たことがない品ばかりですので、これらで料理を完成させて領主様に売り込みをかけようかと考えていました」
「あぁ、そういえばお前は領主様お抱えの錬金術師だったな」
「ちなみに報酬は、食材が流通した際の食材優先確保の権利と、俺が持っているレシピをいくつか提供するというのはどうでしょうか?
基本のレシピは元々タダで流すつもりなのですが、あなた達ほどの料理人の手に掛かれば、店を通り越して、街の顔にもなれると思いますよ?」
「それだと、お前の取り分が少な過ぎるだろ。それに店の顔になるなら、ウィルの店のオーナーになっているんだから、彼に作らせればいいだろうに」
「領主様やガレットさんにもよく言われるのですが、俺はあまり自分の利益を求めていないんですよ。
それにこれはある方との約束なのですが『この地に新たな技術革命を』と頼まれておりまして。独占してしまうと技術が他へと伝わりづらいので、なるべく基本的なものは広めてしまおうかと考えています。それに、お金儲けは“いつでも”できますので」
「“いつでも”稼げると言い切れるとこがまた凄いな。そういえば、帰りがけに錬金のが『坊主と仕事をするなら常識を捨てる覚悟を持て』と言ってたのを今思い出したわ。何の意味かさっぱりだったが、確かにお前の考えは常識の枠外にあるみたいだな。
まぁ、面白そうだから協力させてもらおう。それに俺はこの街の調理ギルドのギルドマスターだからな。お前さんの望み通り、職人達を育ててみせようじゃないか」
「はいはいっ!僕にもお手伝いできることがあれば、やらせてもらいますよ。一応この街で一番パン焼きが上手い自信もありますしね。お役に立てることはきっとあると思います!」
「俺は居酒屋経営しているが、俺個人は焼き物系の料理が得意だからな。そっちの方面は任せてくれ」
「皆さん凄い人ばかりで萎縮していましたが、私も勿論お手伝いさせてもらいますよ。麺料理は任せてください」
「俺とアーネストは、基本何でもできるからな。好きに使ってくれて構わないぞ。それにこれだけ腕のいい奴が集まることはそう無いからな。この後の研究会が楽しみだな」
「えぇ、まったくです。そういえば、ギルドでお会いした時にも思ったんですが、ジョンさんとアーネストさんって元からお知り合いだったんですか?」
「なんだ、知らないで紹介してもらってたのか。俺はアイツの師匠でもあり、さらに義理の父親でもあるんだよ。アンジュは俺の娘だしな、だから面識があるってわけだ」
「えっ、アンジュさんってジョンさんの娘さんだったんですか!?」
「お前はアンジュも知っているのか。どうだ、目とか鼻筋辺りが俺にソックリだろ?アーネストは若い頃からの跳ねっ返りだったが、料理のセンスはずば抜けて良かったからな。それに娘への受けはさらに良かったせいで、知り合ってからあっという間に親元からかっ攫われたぞ」
「それ料理人達の中では、もはや知らない人はいないほどの伝説になってますよね。しかも、ギルマスは元から弟子を全く取らない人ですから、余計に目立ってましたし。そのおかげで先輩のところは、修行に行きたい店として若手料理人の間で競争率がかなり大変なことになっていましたから。ちなみに、もう一ヶ所候補がありますけど、そっちは領主様のお城の厨房になるので、尚更狭き門ですし。
先輩がもっと大きい店舗で店を開いてくれたら、僕も見習い時代にそこで修行ができたんですけど。おかげで、たまにおこなわれるギルドの勉強会で少しだけ教えてもらうことしかできませんでしたよ。その時質問したら、体が不自由な事を理由に今の店舗で手一杯だって言っておられましたし、非常に残念でした」
「その事なんだが、実はアイツの足と腕はとっくに治ってるらしいぞ?何でも噂じゃ、そこのお抱えの錬金術師様がちょちょいと治したって聞いてるが、お前さん一体何をしたんだ?」
「えっ、それ本当ですか!?」
「どんな噂かは分りませんが、確かに治したのは俺ですね。丁度運よく領主様主催のオークションに出展予定の物と同じポーションが一本余っていましてね。せっかくなので効果をお見せするために、アーネストさんにご協力いただいたんですよ」
「いや、それは余ってるって言わないだろ。鑑定もあるんだから効果も解りそうなもんだし、二本ともオークションに出してしまえば・・・・・あぁ、『常識を捨てろ』ってこういうことか」
「もちろん、建前ですけどね。俺は腕のいい職人さんを働きやすくしただけです。美味い物のためにはポーションの一本くらい安いもんですよ」
「そういえば私もナタクさんに、確実に折れているであろう腫れ上がった腕を、ポーション一本で治していただきました。本当に凄い先生だったんですね」
その後もなんやかんやで話をしていると、入り口で護衛をしていてくれている人から、来客を告げられた。まだ夕飯時を少し過ぎたぐらいなのに、アーネストは本当に早く此方に訪ねて来てくれたみたいである。
さて、それではメンバーも揃いましたし、楽しい料理研究会を開催するといたしますか!
さぁ、凄腕の料理人も釣り上げちゃいますよ!
(* ・Д・)/




