第40話
取り敢えず、これで大方の予定は片付いたので、後はジョンの訪問と夜の料理研究会を残すだけとなった。まだ時間に余裕がありそうだったので、自分は研究会で公開するつもりの料理のレシピや調理法でも書いて暇を潰すとしよう。
ウィル達も既に掃除を終えてしまい、ジョンが何時来るのかとソワソワしながら待っている状態だったので、待ち時間を利用して従業員と共に研究会で使うであろう食材の下処理をお願いすることにした。何もしないで待つよりも、身体を動かしている方が気分的に楽になれると考えたからだ。ついでに、足りなかった食材もあったので、手の空いてる人に協力してもらい、近場の店で調達してくるよう頼んでおく。
「兄ちゃんよ、買い物だったら誰か護衛を付けとくか?今日は店を開けないんだったら、今はそれほどここに人数も必要ないだろ?」
「確かにそうですね。では、ゴッツさんの方で人選をお願いしてもいいですか?」
「それじゃ、二人ばっかし連れて行かせるとするわ。荷物持ちとしても使えるだろうしな」
そう言ってゴッツは、さっそくPTメンバーに声を掛けに行った。そういえば、ウィルも買出し中に襲われたのだと言っていたことを思い出す。ゲームの頃だと、魔物の討伐などは素材集めとして経験していたが、護衛のような冒険者らしい仕事は殆どやったことがなかったので、こういう危機管理に助言してくれるプロの意見は非常に有り難かった。
その後、先ほどリリィを見つめて顔を赤くしていた若手コックと、ゴッツのPTメンバーから男性二人を護衛として出てもらって、三人で買出しに行ってもらった。そこまで珍しい食材でも無いので、こちらは直ぐに見つけて帰ってこれるであろう。
彼らを見送ってから、暫くは静かな時間が流れていった。その間にあった出来事といったら、お店に残っていたゴッツのPTの女性二人がアキナの作る服に興味があるらしく。リーダーであるゴッツに許可を取って二階に上がっていったため、お店の警備がゴッツ一人になってしまった時間があった事ぐらいか。
だが、その時もゴッツが店の入り口の横に椅子を持って行き、大きな斧を隣に立掛けドッシリ座っただけで、警備の数が少ないにもかかわらず、かなりの安心感があった。
やはり、あの見た目のインパクトのせいであろうか。
何でも、彼らのPTは護衛や警備の仕事を受けたりする事が多いそうなのですが、ゴッツが依頼人の横に立っているだけで、滅多な事が無い限り盗賊や魔物から襲われる事が無いんだそうだ。
「あんな見た目をしてるのに、実はとっても愛妻家なんですよ」と、二階に行く前に彼女達がこっそりと教えてくれた。人は見かけによらないとは、こういう人の事を言うのであろう。なんだかんだで面倒見もいいので、後輩達からも兄貴分として凄く慕われているそうだ。
暫くすると、一旦家に帰っていたアテナと、その直ぐ後に買出しに行った彼らも戻って来た。どうやら目当てのモノは直ぐに買えたようである。
「・・・・ナタク、パパに言ってきたよ。『わかった、作ってあるのを持ってく』だって。それと今日は早く店閉めてこっち来るって」
「ありがとうございました、それで護衛の件は大丈夫そうでしたか?」
「・・・・うん、そういう事ならパパが帰るまでは居てもいいって。それと、なんか家を出る時にボソっと『また借りが・・・』どうたらって呟いてたんだけど、ナタク達とパパってなんかあったの?」
「いえ、大した事ではないので気にしなくて大丈夫ですよ。お手伝いを頼んだ時に“ちょっと”トラブルがあっただけなので」
「・・・・じゃあ、いいか。って、リリィとアッキー達はどこにいるの?」
「女性陣は二階で作業しているみたいですね。アテナさんも行ってみたらどうですか?」
「姐さん、建物警備の方は男共でやっておくんで、どうぞ行って来て下さい。それに、こいつは俺の勘なんですが、今日中に何かを仕掛けてくるとはとても思えないんで。もし何かあったら呼ばせてもらいます」
「・・・・りょうかい。『護衛』『警備』に関してはゴッツの方が詳しいから、その勘も信頼してるよ。じゃ、ちょっと二階に行ってくるね」
「ナタクさん、言われた食材は手に入ったみたいなんですが、これはどのように準備しておけばいいでしょうか?それに、そろそろ皆さんの賄を作らせてもらおうと思うのですが?」
「あぁ、賄はちょこっと待っていただいてもいいでしょうか?それと、その食材は俺の方で加工して使うので、そのままにしておいて大丈夫です。それと、後で“パン生地”を少し使わせてもらってもいいですか?」
「構いませんよ。そもそも店を開くために準備もしていたので、それなりにご用意もできると思います。この後の研究会で使われるんですよね?」
「そのつもりです。それに丁度人も結構いますので、できた新作料理は彼らに食べてもらって、感想を聞かせてもらおうかと思っているんですよ」
「あぁなるほど、下処理を済ませた食材が多かったのはそういうことでしたか。それでは皆に楽しんでいただけるよう、張り切って作らなければいけませんね」
そうこうしているうちに時間は過ぎていき、太陽が完全に沈んで暫く経った頃、店の入り口に数人の男性が姿を現れた。最初はまた向かいのレストランの奴らかと思って警戒したのだが、先頭に立って店に入ってきた方はどうやら待ち人のようであったので一安心だ。
(って、ウィルさんがカチカチに固まってしまったね)
「すまない、ここがウィル・バッカス氏の店で違いないか?ってお前がいるってことは、ここで合っていそうだな」
「ジョンさんお待ちしてました。他の二件の方は大丈夫でしたか?」
「大丈夫っちゃ大丈夫なんだか・・・・。まぁ、それは後で話すとするわ。先にウィルに話をさせてくれ」
「兄ちゃん、知り合いでいいんだな?」
「調理ギルドのギルドマスターをされているジョン・ターナーさんですね。今日、此方に来る予定になっていた人です」
「それじゃ、問題ないな。一応俺がここに残って、他の二人には外を見張らせておくことにする」
「はい、お願いします」
「随分派手にやられたみたいだな、もう護衛を雇ったのか?」
「優秀な知り合いがいたので、ジョンさんのところを訪れる前に依頼を出しておいたのですよ。それに修理の方も既に手配済みなので、明日の夜には元通りになっていると思います」
「これを一日って本当かっ!それじゃ俺の部屋も・・・・ってそんなことより、彼はいったいどうしたんだ?直立不動で固まっているみたいだが」
「彼、ジョンさんの大ファンだったらしいですよ。そんな人が自分の店に訪れて来てくれて、緊張しているんじゃないかなと?」
「「あぁ、わかる・・・・」」
と、連れの男性二人もウィルに激しく共感して頷いていた。てっきり、ギルドから連れてきた人だと思っていたのだが、どうやら違っていたようだ。それから、緊張して固まってしまったウィルをどうにかテーブルに座らせ、まずは当人達で最初に話してもらうことにした。それに、どうやら連れの二人は事件の被害者だったようで、ウィル達に同席して一緒に話を始めていた。
話がある程度終わるまで暇になってしまったので、何気なく厨房を覗きに行ったのだが、そこでは誰が彼らにお茶を淹れるかでコック達が大いに揉めていた。何でも、あの一緒に来ていた二人もこの街ではかなりの有名人らしく、彼らの舌を下手な物で汚すわけにはいかないと言い合っていたので、せっかくなのでその役目、自分が引き受けることにした。
丁度、クロードから分けてもらった公爵家御用達の茶葉をインベントリに入れて持ち歩いていたので、これで持て成すとしよう。流石に、これを出されて文句を言う奴などそうはいないであろう。せっかくなので、本気で準備をさせてもらい、ついでに全員を驚かしてやろうと思って『白砂糖』と『生クリーム』までも用意することにした。
(さぁお前達、一流料理人相手に存分に暴れてくるが良い!!)
また、男性の自分にお茶を出されるよりも、可愛らしい女の子に給仕をしてもらった方が彼らも喜ぶだろうと思い、手の空いてる人にリリィを呼んできてもらって、彼女にお茶を運んでもらうことにした。
「なななっ、ナタクさん!?私、今からあそこに行かなくちゃいけないんですか?」
「えぇ、お願いしますね。と言っても、あちらでポットのお茶を注いで帰ってくるだけなので、そんな大した事では無いですよ。いつも通り、気楽にお願いします」
「気楽にって・・・。あそこの真ん中に座ってる人ギルマスのジョンさんだし!両隣に座っている方も、最近話題の有名店のオーナー達じゃないですか!こんな気の重い給仕なんて私したこと無いんですけど!?」
「それでは、代わりにアテナさんにそれを着てもらって行ってもらいますか?それはそれで面白そうですけど・・・・」
「いえ、私が行きます。やりきってみせますとも!代わりに行ってもらってジョンさんの頭の上から紅茶ぶちまける未来が、目に浮かびました・・・・」
「では、お願いしますね。それと、此方のことを聞かれたら、このメモの通りに説明してください。きっと彼らなら興味を示すと思いますので」
ウィル程ではないが、それなりに緊張した面持ちのリリィに『白砂糖』と『生クリーム』の使い方が記されたメモとお茶のセットを持たせて、笑顔で厨房から送り出した。
(平常心ですよリリィさん、ファイトです!)
さてさて、舌の肥えた彼等があれを目の当たりにして、いったいどんな反応をするか実に楽しみですね。上手くいけば、この後に開かれる料理研究会に彼等もご招待して、是非とも更なる美味い物の開発に尽力してくれると嬉しものです。まずはそのための第一歩。リリィさん、よろしく頼みましたよ!
これはあっちに片して、この椅子はこっちに。それから・・・
(゜ロ゜; 三 ;゜ロ゜)
(テンパってるなぁ・・・・)(´・ω・`)




