第39話
シルバークラスの冒険者PT『サラマンダーの牙』が此方に来るまでにもう暫く掛かりそうだったので、先に調理ギルドで起こった事件の経緯をウィル達に話しておくことにした。事件の当事者として彼らには聞く権利があることだし、料理人としてこれからも嫌でも付き合いがあるはずの調理ギルドに必要以上の不信感を持てっしまうのを懼れたためだ。また、犯人が死亡しているため、今なら無茶な行動をとることも無いと判断できたからである。
ウィル達と別れてからの経緯を順を追って話していくと、確かに一年前の融資を受ける際にジョンと面談する直前に、グスタフと二人で何かを話した記憶はあったらしい。ただ、自身の記憶だとその直後にジョンと契約を結んだそうなので、それほど不自然には感じてはいなかったらしく、たぶんその時に被害にあった可能性が非常に高かった。
それとウィルにとってギルドマスターであるジョンという人物は、アーネストに弟子入りする以前から憧れの料理人だったらしく。真相を知るまで『あの人に騙されるなんて・・・・』と酷く落ち込んでいたそうなのだが、彼の関与が無かった事を知ってとても喜んでいた。というのも、彼曰くこの街の料理人は皆、ジョンという一人の人間の生き様に憧れ、尊敬している人が多いらしい。
企業のトップがカリスマであるのは錬金ギルドや木工ギルドと同じようで、この街は実に良い職人が揃っているようだ。
(それでは、ジョンさんがこの事件の責任を取って失脚しないよう、俺の方でも“少し”協力させてもらいますかね)
それと、この後ジョンがギルドマスターして此方に謝罪に来ることを彼らに伝えると、何故か従業員総出で再度掃除を始めてしまった。なんでも、彼らにとってジョンという人物は領主と同じくらい雲の上の存在らしく、そんな方が自分の店に訪ねて来る事なんて滅多に無いことなんだと、逆に熱弁されてしまった。
(あのぉ、一応ジョンさんはここに謝りに来るんですけど?)
誤解も晴れたようなので、気の済むまでさせてあげることにした。そういえば、さっきほどは木工職人のゾラムがいたので、この後の料理研究会にジョンが参加することを伝えそびれていたのだが、忙しそうに働き出してしまったので、すっかり話す機会を失ってしまった。きっと物凄く驚く事になるだろうが、この際仕方がないと諦めてもらおう。
後は護衛に雇った冒険者達との打ち合わせが終われば夜まで時間が取れそうなので、彼らが来るまでナタクもウィル達に混ざって掃除の手伝いをしながら時間を潰そうと思ったが、掃除をしていた全員から「オーナーは座っていてください!」と止められ椅子に座らされてしまった。何でも、片づけ程度ならともかく、雑巾掛けなどの本格的な掃除などは、経営者にはやらせる訳にはいかないらしい。そこまで自分に気を使わなくてもいいとは思うのだが、やる気に満ちている彼らの邪魔をするわけにもいかないので、この後の作戦などについて暫し一人もの思いに耽ることにした。
そうして暫く時間を潰していると、店の入り口の方からアキナとアテナがこちらに向かって来る姿が確認でき、その後ろにゴッツも付いて来たので、どうやらこれで此方も打ち合わせもおこなえそうである。
「・・・・ナタク、ゴッツが来たよ」
「よぉ、色男の兄ちゃん!ご指名ありがとな。PT一同依頼請けてきたぜ!」
「ありがとうございます、急な依頼ですいませんでした」
「いいってことよ!てか、この店にも日頃からお世話になってるし、あれだけ好条件の依頼書なんて滅多に無いからな。あれを断る馬鹿はいねぇって。それで、これから向かいのレストランを全力でぶっ壊してくればいいのか?」
「いやいや、それではこっちが捕まってしまいますって!」
「しかしよぉ、舐められっぱなしってのは良くないんだぜ?ガツンっとやる時はやった方がいいと思うんだが?」
「直接的に手を出さなくても、報復する事はできますので楽しみに待っていてください。色々愉快な催し物も考えているので」
「おぉコエェ!よりにもよって『王虎殺し』の遊び相手に選ばれたのか、あそこの店は。こりゃアイツら、終わったな!」
「なんですか、その『王虎殺し』って?」
「あん?なんだ、兄ちゃん知らなかったのか。この前の戦いでお前さんに付いた二つ名だよ。大体何かしらの偉業を成し遂げた冒険者には、ギルドから二つ名が送られるもんなんだが・・・・
そういえば、兄ちゃんは冒険者じゃなかったから知らなくて当然か!」
「いや、あれはあの場でいた全員で倒したんですし、俺にだけ称号が付くのはおかしくないですか?」
「そう言われても、戦闘での貢献度が違うからなぁ。それにトドメも兄ちゃんが刺したから、誰も異論を言わなかったぜ?まぁ、タダでもらえる名誉みたいなもんだから、遠慮せずにもらっておけよ。ちなみに、兄ちゃんが冒険者の仲間入りをするなら歓迎するぜ」
「あはは・・・・考えておきます」
知らぬ間に、二つ名なんてものを戴いていたようだ。気になったのでステイタス画面を確認してみたところ、本当に『称号:王虎殺し』というのが新たに追加されていた。
(まぁ、悪い物でも無いので良しとしますか・・・・)
取り敢えず、冒険者達には暫くの間ウィル一家の護衛と、この店周辺の警備をお願いすること。明後日以降にちょっとした催し物をおこなう予定なので、そちらの警備にも参加してもらう予定を伝えておいた。
ただ、アテナは門限があるのでその時間は『サラマンダーの牙』のメンバーが責任を持って対応してくれるらしく、彼女自身も時間が許す限りはここに詰めてくれることとなった。まぁ、彼女の場合は元から事情を知っていたので、最初から日中の護衛をお願いするつもりでいたので、「大丈夫ですよ」と先に伝えてはいたのだが、申し訳なさそうに謝る彼女は少し寂しそうであった。
「そういえば、この後アーネストさんも此方に来るので、もしかしたら、今日は彼が帰るまでは此処にいられるかもしれませんね」
「・・・・えっ、パパも呼んでるの?」
「はい、護衛ではなく料理研究ですけどね」
「・・・・分かった、ちょっと時間もらっていい?家に帰って事情を説明してくる。そしたら、泊りがけでも許可が下りるかもしれないし」
「構いませんよ。それに、流石にゴッツさんがいるのが見えたら、正面から襲ってこようとは思わないでしょうしね」
「それもそうだな!姐さん、お任せください!」
「・・・・そうだね。それじゃちょっと行ってくる、その間よろしくね」
「あぁ、ついでにアーネストさんに伝言をお願いします。『此方に来る時に、コンソメスープがあったら持ってきてください』と伝えてください」
「・・・・うんわかった、パパに言っとく」
そう小さく頷いてから、アテナは足早に店の外へ出て行った。さて、それでは夜の護衛についても色々話さなくてはならないのだが、そういえばまだリリィの母親には会っていなかったので、少し聞いてみることにした。
「リリィさん、ちょっと質問いいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「護衛の件で確認したいのですが、リリィさんのお母様って今どちらに居られるんですか?」
「お母さんでしたら、たぶんまだ二階で寝てますね。あの人は一度寝ると時間までは何があっても起きない人なので・・・・。でも、そろそろ降りてくると思いますよ」
「そうだったんですか」
「忙しい夜の営業はお母さんと他の従業員でフロアを担当していますので、その時間は私と交代ですね。私は空いている昼間を担当しているんですよ」
「なるほど、だから今まで会ったことなかったんですね」
「噂をすれば、お母さんが二階から降りて来ましたね。お母さん!話があるからこっち来て!!」
リリィがそう大きな声で呼ぶと、丁度店の奥から出てきた一人の女性が、若干驚きながらも此方に近づいて来た。確かにリリィの母親で間違いなさそうだ。身長以外の見た目が姉妹と思えるほどにそっくりであった。
「まぁまぁ。どうしたのリリィちゃん、そんなに可愛くなっちゃって!それにお店が随分と開放的になってるけど、お父さんイメチェンでもしたのかしら?」
「ナタクさん紹介しますね。この人が私の母でレティ・バッカスといいます。私とよく似てるので、姉妹によく間違えられるんですけどね」
「あらあら、こんにちは。母のレティです。リリィちゃん、この方達はお客様?」
「ううん、訳があって私達家族を助けてくれた恩人のナタクさんだよ。それで、こちらがお弟子さんのアキナさんと、護衛に来てくれたアテナの知り合いのゴッツさん。後で詳しい話は私からお母さんにしておきますね、少しぽやぽやぁっとしてる人なので・・・・」
「解りました、お願いしますね。ご家族は三人だけで間違いないですね?」
「はい、そうですね」
「了解です、それと護衛の冒険者達が交代で休憩できる部屋ってありませんかね?もしなければ近くで探してきますけど」
「それなら来客用の空き部屋が一つありますので、そちらを使ってください。女性の方は私の部屋を使っていただいても構いませんので」
「ありがとうございます、それでは後で確認させてもらいますね」
「ねぇねぇ、リリィちゃんその可愛いお洋服はどうしたの?お母さんも一緒のが着たいなぁ!」
「これはアキナさんが作ってくれたものだよ。宣伝代わりに着させてもらえたの」
「えぇ~。いいなぁ~」
「先生!4・・・いえ3時間ほど私に時間をくれませんか!?今すぐ作りたい物ができました!!」
「あはは・・・・明日に大切な商談が控えているので、程ほどにね?」
「もちろんです!それじゃ、リリィさんとお母さんをちょこっとお借りしますね!リリィさんどこか作業ができそうなスペースをお借りできませんか!?」
「えっ!あっはい。それでは私のお部屋って、えぇっと??」
「どうやらアキの職人魂に火がついちゃったみたいなので、一緒に付いて行ってあげてください。たぶんあっという間に洋服を仕立ててくれるはずですよ」
了承が取れた途端に、アキナは二人を連れて店の奥へと消えていってしまった。あれは暫く帰ってこないであろう。揃いの制服という文化は、この世界にはまだ軍隊くらいしかまだないはずなので、今後この世界での意識改革のいい広告塔になるのではなかろうか?
いっそうのこと、明後日辺りに予定している催しにも、衣装をアキナに頼んで作ってもらうのも良いかもしれない。
「なんか、あの嬢ちゃん前に会った時とイメージが違うな。職人って皆あぁなのか?」
「人によりますが、否定はできませんね。俺も偶にあんな感じになりますので・・・・」
「まっ、兄ちゃんも頑張れよ。それじゃ、俺達もさっさと警備のローテーションを決めちまおうぜ。とは言っても野営とは違うからそんなに難しくはないがな」
その後『サラマンダーの牙』の面々と警備について話し合ったのだが、夜は基本的にゴッツ達男性陣が担当してくれるそうで、日中はアテナを中心とした女性陣に任せることになった。
(というか、夜中の暗がりで悪さをしようと近づいたら、ゴッツさんが突然現れるとか、俺でも叫んでしまいそうなくらい恐いんですが・・・・)
不謹慎ではあるが、ちょっと仕掛けてこないかと少しワクワクしてしまったナタクであった。
ぽやぽやぁ~♪(*´∀`*)
お母さん・・・・(´・ω・`;)




