第37話
※今回、一部暴力的なシーンが含まれます。
「・・・・どうやら、私はまんまと誘い込まれたという事ですか。5年も気付かれずにいたので、今回も平気だと思っていたのですが。まさか初めて売った書類の買い手が、初日にこんなドジを踏んでくれるとは」
「やはりあなたが犯人なんですね」
「言い訳は徒労に終わりそうですね・・・・仰る通り、その分だと他の書類にも気が付いていそうですな」
「ウィルの件以外にも2組おかしな契約書があるのを確認している。しかし、真面目なお前が一体どうして・・・・」
「・・・・どうして、ですか。マスターのような人には死んでも解らないでしょうな。才能がなかった料理人の気持ちなんてね」
「融資のお金に手をつけないで、こんな回りくどい方法を取ったことにも理由がありそうですね。確かに賢い方法ではありますが、年月が経てばおかしいと気が付かれるリスクもあったでしょうし」
「勿論ですとも。ですが全てを話してやるほど私は優しくないのでね、ここは逃げさせてもらいますよ」
「『幻術』でも使うつもりですか?悪いですが対策は取らせてもらっていますよ」
「・・・・そこまで気が付いているとは。ですが、その程度では“甘い”ですよ!!」
そう言ってグスタフが出口付近に向かって駆け出した事を受け、全員臨戦態勢を取ったのだが、ここで予想外の出来事が起こってしまった。
「アーネスト!私を守り、こいつらを皆殺しにしろ!!!」
そう言って、彼がネックレスタイプの魔導具を取り出したのだが。ここまでは予想できていたが、そのアイテムの存在だけがナタクの想定を遥かに超えた代物であった。
(やばい、なんであんな物をこの人が・・・・って!!)
「アメリアさん!すぐにアーネストさんから離れて!!!」
「へっ?なにを・・・・ぐはっ!!!」
アメリアはとっさに防御姿勢は取れたようだが、それでもゴールドクラスの実力を持つアーネストの力の篭もった蹴りを真横から喰らってしまい、近くの壁まで吹き飛ばされてしまった。
(よりによって、一番厄介な人が操られてしまったね・・・・)
「先生、今スキルを使った反応は見えましたが、一瞬だけでしたよ!あの魔導具は一体・・・・」
「俺の見積もりが甘かったみたいです。あれは『ラミアの瞳』という魔族の固有スキルを内に秘めた、飛び切りやばい品ですよ」
全てを説明している暇はなさそうだ。アーネストはアイテムボックスから狩人が獲物を解体する時などによく使う小型のナイフを取り出し、身体を低く構えてこちらに向かって突進を開始してきた。
(この軌道は・・・・狙いはアキか!?)
自分の方へ向かってくるアーネストを見て、アキナも直ちにナイフを抜いて応戦しようと身構えてはいるが、アーネストがいくら得意武器を使っていないと言っても、レベル差があり過ぎるのと、直接戦闘が得意ではないと以前に言っていた彼女が相手では、下手をしたら一撃で殺されてしまう可能性も高い。ここは自分も腹を括って、一か八かの賭けに出るしかなさそうだ。
その間も着実に距離を詰めるアーネストがアキナに迫っていたので、殺らせまいとアキナとアーネストの間に身体を滑り込ませると、ナイフの矛先をしっかりと読んでその先に自分の“左腕を”強引に捻じ込む。
(軌道からいってアキの心臓を狙っているのか!だが、間に合ったぞ!さぁ、ここから大博打の開始だ!!)
もちろん小手などを装備している余裕もなかったので、生身でナイフを受けなくてはいけないためそれなりの覚悟はしていたのだが、まるでスローモーション映像を眺めるように自分の左腕にナイフが突き刺さっていくと、刺さった場所から指の先まで焼けるような激痛に見舞われ、あまりのショックに体勢を崩しかけたが、アキナと自分の命が掛かっているので何とか気合で踏み留まった。
それに刃渡りが短いことが幸いして、ナイフはナタクの腕を貫通したところで進行を止め、なんとかアキナまでダメージはいかなかったのだが、叫びたくなるほど痛いことには変わりはなかった。激痛に耐えながらも歯を食い縛り、腕を折り曲げ筋肉と前腕の二本の骨でその刀身を挟み込み、抜けないよう渾身の力でナイフの刺さる腕に力を籠めた。
(痛いが耐え切った!それでは反撃をさせていただきます!!)
ナイフを抜こうと試みているアーネストの腹部目掛けて、堅く右の拳を握りこみ、今度は渾身のストレートをお見舞いする。普通ならば回避される恐れもあるのだが、ナタクが今から使用せんとしている『自爆スキル』の場合、発動さえしてしまえば必中扱いのはずなので、いくら彼でもこれから逃れることは不可能なはずだ。攻撃モーションに入るとスキルの発動の兆候が直ぐに現れ、炎のように紅く燃えるナタクの右拳が吸い込まれるようにアーネストの腹部に命中し、激しい音と共に彼を扉の横にある壁まで大きく吹飛ばした。
ナタクが使用したスキルは、ゲームの頃にも“格闘家”のカウンタースキルとして存在していた、以前アキナに出会った時に使った『落葉』と異なる、もう一つのカウンタースキル『破拳』という技になる。
このスキルのは『落葉』と違って対人戦闘のみという縛りは無いのだが、発動条件が『直前に喰らった“通常攻撃”を、自身の負ったダメージの割合に応じて2~4倍にして相手返す』というスキルになっており、スキルの特性上発動さえすれば必中扱いではあるのだが、タイミングがとてもシビアで、しかも攻撃を当てた後にも使用した方の腕が10分程使い物にならなくなるといったデバフ効果までも付与されるオマケ付きの技であった。
一見格上相手を使ったレベル上げに向いているのでは?と思われるかもしれないが、そもそも必ず一撃は喰らわなくてはいけないというのもあるが、タイミングが難しいせいでベテランでもないとまず技を発動させることすら難しく。運よく喰らわせることができたとしても、結構長い時間次の戦闘に参加できなくなるというデメリットがあっため、ネットの検証部隊達が早々に『普通に狩をしていた方が時給がいい』と結論付けされてしまった、少し残念なスキルとなっている。
ただ、PTなどが壊滅した時などに最後の悪足掻きとして使われることも多かったので、一定の愛好家もいたのだが、技を覚えたばかりの初心者では失敗することの方が多かったため『自爆スキル』としての知名度が高くなってしまっていた、悲しい過去を持っている。
ガラスが砕け散るような音と共に右腕のエフェクトが解除され、殴ったナタクの右の拳にも激しい痛みが襲い掛かってきた。どうやらスキルに成功したため、しっかりデバフ効果がもれなく付与されたようだ。これでナタクは暫く戦闘には参加できないであろう。何せ両腕が使用不可能になってしまったのだから。
しかし、ナタク自身もカウンター系が得意ではあったのだが、普段使わないスキルのため、成功するかはかなりの博打だっのだが、なんとか賭けには勝てたようだ。
「アメリアさんこっちは終わりました。グスタフさんをお願いします!!」
「痛っっぅ・・・・・。了解、任された!」
実力者のはずのアーネストが、ナタクによって一撃で殴り飛ばされるという想定外の出来事が起こったため、逃げる足を一瞬止めてしまっていたグスタフは戦線復帰したアメリアから再度逃れようと扉に向かって駆けていったのだが、急に足元に飛来したナイフによってその場で身体を硬直させ身動きが取れなくなってしまった。どうやら、ナタクの後ろからアキナが投げた『影縫い』のスキルが宿ったナイフが見事に決まったようだ。
「もらったぁ!!!」
「しまっ・・・・・っ!!!!」
身動きが取れない状態で、逃げ出すため足を広げて走っていた姿が災いして、アメリアのすくい上げるような前蹴りが綺麗にグスタフの股間へと命中し、少し身体を空中に浮かせてから、彼は泡を噴いてその場に倒れこんでしまった。
ちょっと男としては同情を禁じえない光景に、ナタクとジョンは顔を青ざめ震えてしまう。あれは、生きたままこの世の地獄を体験した事であろう。
(ってか、あの威力だと絶対どっちか潰れたよね・・・・)
「いやぁ、さすがアーネストさんだ。鍛えてるとはいえ、かなり効いたよ。ってナタク君もかなり痛そうだね、それ?」
「先生、大丈夫ですか!?」
「派手に刺さってますが脇の太い血管を圧迫して止血はしているので、今のところは大丈夫です。ただ、両方の手が現在使い物にならないので助けていただけると有り難いですね」
「『破拳』のスキルは持ってるけど、対人戦闘であれ程見事に決めた人物を私も初めて見たよ。ナタク君は格闘家としても戦えたんだね」
「格闘家といいますか、カウンタースキルが得意なだけですね。それでアキ、今から『治癒のポーション』を取り出しますので、俺の代わりに受け取ってもらっていいですか?
アメリアさんは準備ができたら、このナイフを一気に引き抜いてください」
そういってインベントリから『治癒のポーション』を取り出すと、アキナに蓋を外して待機してもらい、貫いたショックで舌を噛まないように反対側の袖口をかみ締め、アメリアに頼んで一気に引き抜いてもらう・・・・・のだが。
(アメリアさん、その笑顔がとても恐いのですが・・・・って、ぎやぁぁぁっっっ!!!!!
・・・・あまりの激痛に、気絶するかと思いました。というか、刺された時よりも痛かったんですけど!?)
なんとか、ナイフの摘出に成功をしてアキナにポーションを飲ませてもらったことにより、無事に左腕は完治することができた。というかこの怪我、向こうの世界だった場合は治った後にも長いリハビリ期間が待っているはずなのだが、此方の世界は魔法薬で直ぐに傷を癒してくれるので、後遺症の心配もなくて非常に助かる。
後、ちゃんと確認はしていなかったが、受けたダメージがナタクのHPを半分ほど削っていたのは確実なので、アーネストにも結構な怪我を負わせてしまった可能性があったため、彼の分の『治癒のポーション』も取り出してアキナに介抱を頼んでおいた。
(さて、問題のグスタフさんですけど・・・・
あぁ・・・完全に白目をむいて気を失っていますね)
取り敢えず、錬成でよく使っている紐を取り出して逃げ出さないよう念入りにアメリアに縛り上げてもらい、今回の問題アイテムであった『ラミアの瞳』も再度使われる前に回収しておいた。というか、そもそも何でこんなレアアイテムをこの人が所持していたのであろうか?
「いやぁ、驚いた。お前さんは学者の先生だと思っていたが、実はそんなに強かったんだなぁ」
「お疲れ様じゃな。それが『幻術』スキルの正体か・・・・。というか、随分派手にやられておったが、坊主はもう平気なのかい?」
「怪我自体は完治しているのでもう大丈夫なのですが、スキルの影響でもう暫く右腕は使えませんね。此方のアイテムは『ラミアの瞳』といって魔族固有スキルの『魅了』を内に秘めてるアイテムになります」
「それは『幻術』とどう違うんだ?」
「まず、魔族固有のスキルなのであまり知られていないのですが、一応『幻術』の上位スキルになりますね。ただ、このアイテムで操れるのは男性限定であることと、アイテムの場合は操れる時間もかなり限られるはずです。
ですが、先ほどのように耐性のない相手ならば一瞬で効果を与えることができる非常に厄介な技でもあります。対処方法も一瞬で眼をそらすか、もし操られてしまった場合は仲間に一定以上のダメージを与えてもらうしかないので、使われると中々に恐ろしいですね。
俺も、まさかこんなレアなアイテムが出てくるとは予想もしていなかったので、詰めが甘かったのは否めません」
「しかも操られた人物が悪かったのぉ。下手したら本当に皆殺しにされておったわい。坊主もよく止めてくれたな」
「ナイフの軌道的にアキが真っ先に殺られそうでしたからね。俺も必死だったので手加減ができませんでした。本当は少し殴る程度で正気を取り戻せたんですけど、アーネストさんには悪いことをしてしまいましたよ」
「いや・・・問題ない。護衛のはずの俺が役に立てずに本当にすまなかった」
「先生、助けてくれてありがとうございました。とっても嬉しかったですけど、あんまり無理はしないでください。私、また心臓が止まるかと思いましたよ」
どうやら、アーネストも正気を取り戻して復活したみたいである。なんでも、『魅了』中の出来事は全く憶えておくことができなかったらしい。
なるほど、これで謎の一つが解けました。後は、別件の事件についても話してもらうつもりですが、丁度いいアイテムが手に入ったので、これを使わせてもらうとしますか。
ちなみに、この後泣き出しそうなアキにたっぷりお説教と感謝を述べられました。まぁ、上手くいって本当によかった。
もらったぁ!!θ¬ヾ(゜∇゜ *)ノ
・・・・っ!!!! (⊙Д⊙ ;)!!
「「ひぃっ!!」」((((;゜Д゜)))




