第36話
「ギルド会計担当官、主任を任せているグスタフだ」
そうジョンの口から一人の男性の名前が語られた。何でも彼はギルドに勤めて30年というベテランの職員で、勤務態度は至って真面目そのもの。特にこれまで問題も起こしたこともなく、他の職員達の信頼も厚い人物であるらしい。元々は料理人としてギルドに加盟していたが、20代の頃に料理人としての壁にぶつかり、そのまま事務方に転向したらしい。
最近はその勤務実績が評価され、イグオール調理ギルドの実質ナンバー3と言える会計業務のトップを任されていたらしく、ジョンもまさか彼に裏切られていたとは思ってもみなかったそうだ。
「お前さん、本当にその男で間違いないんじゃな?」
「あぁ、これは俺が手渡したギルド印で間違い無い。しかし、奴が犯人だったとは・・・・」
「でも、なんで契約書の貸主が調理ギルドなのに、このグスタフって人が契約主になるんですか?書面には彼の名前なんて書いてありませんよね?」
「それは、契約書の特性を少し説明しなくてはいけないのですが・・・・まず、結論から言うとここに書いてある貸主の名前は、この場合それ程重要ではないんですよ。あくまで、この契約書に“サインした人物”と“印を押した人物”が一致していればいいんですからね。
なのでその法則を悪用して、偽名で契約書にサインをする貴族なんかもいたりするのですが、幾つか方法があって専門家が詳しく調べれば判ってしまうんですけどね。そちらまで話すとさらに長くなるので、この方法については一旦置いとくとして。
今回のケースは、本来調理ギルドを代表してギルドマスターから融資を受ける契約書になるはずだったものを、そのギルドマスターの部分にグスタフさんが成り代わった形になります。
ちなみに、この奴隷契約は発動した時にその契約書の所有している者が契約主になるのと、永続奴隷として契約させているので、契約期間を過ぎてからいくらお金を返そうが、契約書を破棄しない限り解放されることもないでしょう。
後は怪しまれないように奴隷になった人物に本来の借金を返せれば、誰にも気付かれることなく腕のよい職人を奴隷として手に入れる事ができると考えたみたいですね。元々ギルドが認めるほど能力の高い料理人さんですから、借金自体も結構早めに完済できたんじゃないでしょうか?
それに、普通に返済が済んだ契約書を態々鑑定なんてしないでしょ?そもそも、普段はギルドマスター専用の金庫に厳重に保管されている書類なんですからね」
「本当に、いつもながら坊主の知識力には驚かされるのぅ」
「この辺は俺の所属していたクランマスターの受け売りです。あの人は商人として間違いなく天才でしたから。それに年に数回、商業関係の勉強会を開いて熱心にクラン所属の商人達に熱弁していましたしね。俺も何故かその講習を何度も手伝わされたので、嫌でも覚えてしまいました」
「いい仲間を持っているじゃないか。俺なんかこの役職に就くまで、その辺の知識はからきしだったぞ?元々俺は“普通の料理人”だったからな」
「若くして王宮専属の料理長まで勤めたお前さんが、“普通の料理人”なわけないじゃろ。うちの爺様に引き抜かれてほいほい付いて来たくせに」
「それを言われると、俺も昔のように貴方をガレット様とか元公爵夫人って言わなくちゃいけなくなるのだが?」
「止めとくれ、今はただの錬金ギルドのギルマスじゃ。そういう面倒事は全部息子夫婦に託してきたからな」
「それでガレットさんはジョンさんの事を最初から信用していたんですね?」
「まぁ、そんなところじゃ。アレックスが公爵を継ぐまで、こやつもうちで勤めておったからのぅ。爺様にも気に入られておったから人柄もよく知っていたのじゃよ。
それに、こやつは爺様が公爵を引退した時に今まで受けた恩義を返すために少しでもこの地に貢献したいと言って、この街のギルドマスターを引き受けておったからな。そんな奴がこの街で犯罪を企てるとは、到底考えられなかったんじゃ」
「へぇ、そんな事があったのかい?」
「こやつがいたのは、お前がまだ小さかった頃じゃったからな。憶えてなくても当然じゃ」
「昔話はその辺で、やめてくれ。過去がどうであれ、現在この街で俺が受け持つギルド内でこんな不祥事を起こしてしまったんだ。後で、責任はきっちり取らせてもらう。それより、グスタフをこの場に呼んでとっちめてやりたいんだが、呼んできても構わないか?」
「それでしたら、此方の『トマト』をダシに呼び出してみてください。手荒に扱うと却って逃げられる可能性があるのと、どうやら彼は『幻術』系のスキルか魔法を所持している恐れがありますからね」
「それは本当か!?」
「でないと、んなふざけた契約が成立するとは思えませんからね。なにかしらの方法を使って、契約者を騙したと考えた方が自然です。
それと、こちらは事後承諾になってしまいますが、先ほど出会った職員のほぼ全員に鑑定を掛けさせていただきましたが、皆操られてはいなかったのでご安心してください。ジョンさんも操られてはいませんでしたよ」
「普通なら無礼者と叱りつけるところだが・・・・緊急時なら致し方あるまい。それで疑いが晴れるなら安いものだ。しかし、それならここに連れて来るのも危険か」
「いえ、一応対策アイテムと作戦も考えてきたのでその辺は大丈夫です。できれば自然に彼をここに呼んでいただいてもいいでしょうか?」
「アーネストはその為の護衛でもあるということだな、それに若様の娘さんも対人戦のエキスパートだって聞いたことがある・・・・了解した。それでは、この野菜を購入する契約をするからと言って、奴を此方に連れて来よう。
ちなみに俺はこんな形をしているが、戦闘は全く出来ないからな。期待しないでくれよ」
「・・・ジョンさんって私の100倍強そうですけど?」
「歳をくってる分、身体を鍛えないと長時間厨房に立っていられないからな。冒険者や領兵達とはまた違った筋肉を鍛えているんだ。それで、今から呼びに行ってくるが、誰か一緒に付いてくるか?」
「いえ、俺もガレットさんが信頼するジョンさんを信用することにします。それに貴方に裏切られたら、俺達もここから楽には出してはもらえないでしょうしね」
「私もだ。まぁ裏切られても、それはそれで面白そうだけどね」
「私は先生に任せますので」
「俺も問題ない。だが、暴れることになったら少々手荒くさせてもらうがな」
「ワシもお前さんを信じるよ。さっさとこんな事件は片付けてしまおう」
「了解した、責任重大だな。それでは少し席を外させてもらう」
席を立つ時に簡単な作戦をジョンにも伝え、それを聞いて頷いてから彼は部屋を出ていった。まぁ、信用するとは言いったが重要なところはいくつか伏せてあるので、もし裏切られても何とかなるだろう。
(さぁ、ここからが本番なので気合を入れて取り掛かりましょう!)
今回、グスタフを追い込む役はナタクが担当することになっており、直接取り抑えるのはアメリアとアーネストに任せてあるので、ナタクとアキナは彼が逃亡した際の妨害をするのが主な役割になるだろう。
それにどれ程の『幻術』を持っているかも未だに把握できてないので、気を抜かないように心がける。ただ、操られている人が全くいなかったので、もしかしたら長い時間人を操ることはできないタイプのものかもしれない。
ただ、だからと言って安心はできないので、なるべく一ヶ所には纏まらずどんな場合でも対処できるよう万全の準備をしておくつもりだ。
暫くすると、部屋の扉がゆっくりと開けられ、楽しそうに『トマト』について熱弁するジョンと、それを聞きながら笑顔で返事をするもう一人の男性が部屋に入ってきた。どうやらジョンは裏切ってはなかったようで一安心だ。
一応鑑定スキルが育っているアキナに頼んで彼をみてもらったが、この人物がグスタフで間違いなそうなのだが、取得スキルに『幻術』系のスキルが見当たらなかったらしいので、彼が犯人だとするとマジックアイテムの可能性が大きそうだ。
(それでは答え合わせをさせていただくといたしますか)
「あなたがグスタフさんですね。初めまして、錬金術師の那戳と申します。この度は急な話を持ちかけてしまい申し訳ありません。新たに開発した新種の野菜である『トマト』をジョンさんにも気に入ってもらえましたので、ここからは会計のあなた意見を聞きながら細かい商談を進めさせていただこうかと思います」
「なるほど、確かにそれは私の領分ですな。どうやらマスターもだいぶ乗り気なようなので、ここは頑張らせていただきますよ?」
「あはは、お手柔らかにお願いいたします」
その後、架空ではあるものの、グスタフに怪しまれないためにも細かい値段交渉までキッチリとおこない、契約書を作るところまで淡々と演技を続けてゆく。というか、流石ギルドのナンバー3のベテラン職員だけあって、彼はかなり商談慣れをしていた。普通に商売相手としても面白い方だったので、彼が職場の仲間達からどれだけ頼りにされるかが非常に理解できる。もし違う出会い方をしていたら、きっといい取引相手になっていたかもしれないと思うと、少し残念でならない。
最後に書類にサインを入れるところまで商談が進んだので、いよいよ本題に切り込むことする。さて、どんな反応をするのか楽しみである。
「そういえば、契約書で思い出したのですが。今日のお昼に面白い事件に出くわしましてね」
「ほぉ。一体どんなことですかな?」
「偶々訪れたレストランに“とある契約書”を持参して駆け込んできた男がいまして。なんでも、調理ギルドから買い取った融資契約書を使って、店の経営者家族を全員奴隷にしよう企てていたらしいのですよ。
馬鹿げた話でしょ?信用あるギルドがそんな事するわけ無いのに」
「・・・・本当ですな、実に馬鹿らしい」
「ですが、驚いたことに『読ませていただいた契約内容』もかなり馬鹿げていたのにも関わらず、その契約書はどうも本物らしくてですね。しかも『魔力紋』まで施されたかなり物騒な物だったので、直接調理ギルドのギルドマスターであるジョンさんに質問をさせてもらったんですよ。
そうしたら、その契約書にはあなたの所持している“ギルド印”がしっかり押されていることが判ったのですが・・・・
グスタフさんは何かご存知ではありませんか?
それと、こちらがその『融資契約書』になりますね。ちなみに、そのままでは本当に“明日には”奴隷にされてしまいそうだったので、代わりに俺が払っておきましたのでご安心ください」
「本当に・・・私の印である証拠が?」
「もちろん、ありますよ。ギルド印って全部同じようでも、実は少しだけ細工がなされていて誰に預けてある物なのかギルドマスターにだけは判るようになっているらしいです。それに、契約書が本物として機能していた以上、盗まれて押されたということもありませんからね。
さて、これはあなたが押さない限り成立しない類の物なのですが。グスタフさん、何か知っていたら素直に話していただけませんか?」
さてさて、ブツブツと呟きながら俯いてしまいましたが、この後彼からどんな話が聞けますかね?
って、アメリアさんは凄く楽しそうだな・・・・・。アーネストさんに至っては、唯一の出入り口横で彼を射殺さんばかりの眼光で睨み付けていますし。もし、俺かグスタフさんの立場だったら、あちらに向かって逃げ出したいとは絶対思えませんね。
まぁ、時間はたっぷりありますので、とことん最後まで付き合わせていただきましょうか!
さぁ、答え合わせを始めましょう!(`・ω・´)
ぐぬぬぅ・・・(; ̄д ̄)




