第35話
「実はジョンさんにはもう一つだけお知らせしなくてならない事があるのですが、聞いていただけますか?」
「まさか、他にも何か食材を持ってきているってのか?」
「あるにはあるのですが、それはまた次の機会に。今日、俺達が此方に急いで駆けつけなくてはならなかった用事が、実はもう一つございます」
「・・・・本当にあるのかよ。それで、もう一つの用事ってのはなんだ?それはコイツのように、ギルドマスターの俺に直接話さなくちゃならない案件なんだな?」
「肯定です。実は本日のお昼頃に、アーネストさんのお弟子さんであるウィル・バッカス氏の経営するお店『ラ・デューチェ』という店舗に食事へ訪れた時なのですが、コンゴという男が“ある紙”を持って店に押しかけ、そこで一悶着ありました。その際、俺達もたまたま店に居合わせていたのですが、その彼が妙な事を口走りまして。それの確認をさせていただきに参った次第です」
「ウィルっていうと噴水広場の所の・・・・また揉めやがったんか。俺も頭を痛めている案件だ。お互い店が近いから、客引きの競争になるのは仕方が無いんだが、俺からもきつく言っておく。巻き込んですまなかったな」
「いえ、競争だけなら致し方ないのですが、問題が彼の持っていた“用紙”と“ある発言”の方なんです。先に此方を見ていただいた方が分りやすいと思います。どうぞ、ご自分で御確認してみてください」
そう言って、インベントリから決済が完了した融資契約書をジョンの前に提示した。彼がどんな反応をするのか、見逃さないように注意しながら、周りのみんなとも目配りをして再度対峙を開始する。
「これは融資の契約書か。しかし、なんでコンゴがこんな物を持っているんだ? あいつらの仲を考えると、ウィルが奴から借金をするなんてありえないだろ?」
「そちらの契約書に明記されている名前をよくご覧ください。貸主はここ“調理ギルド”となっています」
「はぁっ!?そんな馬鹿な話があるか!もう一度確認させてもらうぞ・・・・」
「そして、コンゴはこうも言っていました。『ちなみに、これは本物だ。お前はギルドから見捨てられたってことだな!』と。その時、すぐにそちらの契約書を鑑定しましたが、間違いなく本物であると表示されていました」
「確かに、うちのギルド印が押されているし、今鑑定しても『融資契約書【済】』と表記されていやがる。だが、ちょっと待て。確かに俺はギルドマスターとしてウィルに融資はしたが、こんなふざけた内容の契約書を作った憶えは無いぞ!」
「まず、契約内容が普通じゃ考えられない程酷いものですよね。
『一つ 借主は“一年以内”に金貨500枚を返済するものとする』
『一つ 返済が完了されなかった場合、全ての資産をその場で貸主に差し出すものとする』
『一つ 全ての資産を差し出してもなお金額が足りない場合、借主は“永続奴隷”として自分とその家族を差し出すものとする』
普通、ギルドの融資でここまで酷い契約を結ぶはずは無いと思うのですが、何故かこの契約書は本物として効果を発揮するものとして存在していました。しかも、ご丁寧に『魔力紋』まで施されてです」
「ワシも坊主に見せてもらった時に確認させてもらったが、どうやら本物のようじゃ。ジョンよ、まず無いと思うが、お前さんはこの契約には関わっておらんよな?」
「当たり前だ!ギルドを任される者として、こんなふざけた契約をする訳が無いだろ!!それに、俺はこういった不正が大嫌いなのは貴方も知っているだろ。
しかし、なぜこんな契約書が・・・・」
「ギルド印自体が本物である以上、このギルドの者がこの契約書を作成したのは間違いないじゃろ」
「あのぉ、先生。なんでギルドの人が犯人だって判るんですか?犯人がギルド印を盗んで押したって事も考えられません?」
「ギルド印に限らず、契約書に押される判子というモノは、必ず所有者本人でないと契約書が正式なアイテムとして認識されないんですよ。なので今回の場合、ギルド印自体は間違いなく本物なので、契約書が効力を発揮したということです。まぁ、おかげで犯人も絞りやすいんですけどね」
「ギルド印とはな、ギルドマスターが一々全てを確認せずとも現場の人間の裁量で決済ができるように、特定の信頼できる職員に手渡されるものなんじゃが、どうやら今回はそのうちの誰かが犯人なんじゃろうな。
そもそも、ギルドが使用できるギルド印の数も決まっておるから、大抵のギルドでこれを余らせておくことは無いし、ギルドマスターなら自分の“ギルドマスター印”を使うからのぅ。じゃから、ワシもこやつは白じゃと思っておったんじゃ」
「ただ、この契約書は『決済不可能な事を前提として』用意された物みたいですからね、かなり悪質です。しかもウィルさんの話では、契約年数は10年あったはずなのに1年に変更されているのと、“奴隷”になってしまった場合は契約主の命令に絶対服従になってしまいますから、これだと自分達で訴えることすらできなくなってしまいます」
「偶々坊主がその場にいて借金を肩代わりしてくれたから助かったものの、そうじゃなかったら彼らはとんでもない目にあっていたじゃろうな」
「そういえば、本来本物として扱われるはずだった契約書はジョンさんが持っているんですか?」
「そうか!ちょっと待っていろ、この部屋の金庫に保管してあったはずだ」
「もしかしたら他にも似たような案件があったかもしれませんので、決済済みの方も確認した方がいいかもしれませんよ」
「分かった、そちらも見てみよう」
そういって、ジョンは部屋の奥に設置してある金庫から幾つかの書類の束を取り出すと、一枚ずつしっかり確認し始めた。どうやら彼も鑑定のスキルを持っているようで、途中で何枚かの用紙をその書類の束から外してナタク達の下まで持って来てくれた。どうやら三枚ほどあるようだ。
「なんてことだ、鑑定結果がただの用紙と出た物が三枚も出やがった。それも、全部融資金額が金貨500枚を超える大口による物だと・・・・。しかも、内二枚は決済がすでに完了している物の中から出てきたぞ。だが、ここに名前のある奴らはちゃんとギルドへ納付を済ませている。こいつはいったい・・・・」
「金貨500枚を貸し付けるぐらいじゃから、ギルドとしても実力を認めておる人物達という事じゃな?」
「あぁ、もちろんだ。そもそも期日内に返せそうに無い奴に、こんな額は融資しないからな。こいつらも、たった数年で返済を完了させた凄腕の料理人だ。だから俺も、返済が完了した時点でゴールドクラスに昇格させて、今も人気の店として繁盛させて・・・・・ってそういうことか!」
「たぶん、今考えてる通りだと思います。目先の金貨500枚に手をつけるのではなく、料理職人の腕を狙われたんでしょう。その方が将来的にも入ってくる金額が多くなることが、犯人にも解っていたんでしょうね。
だからあえて融資のお金を使い切り、丁度稼ぎ始めた時期を狙って返済期日を設定して、奴隷にした後に事件を表沙汰にならない様に策略したんでしょう。時間は掛かりますが、ばれなければ上手いやり方だと思います。犯人はだいぶ悪知恵が働く方なんでしょうね」
「感心してどうするんじゃ、馬鹿もん!!」
「でも、そうなるとウィルさんの場合はおかしくないかい?そもそも、あのコンゴという男にこんな書類を用意できるとは私には思えないんだが?」
「たぶん彼の発言通り、犯人からこの書類を買い上げたんじゃないですかね。“絶対ばれずに儲かる方法がある”とか言われて。それに『俺があの紙切れにいったいいくらつぎ込んだと・・・』って最後店を出る時に言ってましたし」
「ナタク君は、よくそんな事まで憶えているね・・・・」
「記憶力にはそこそこ自信があります。それとこれはあくまで仮説なんですが、たぶんウィルさんの収入が書類を作った犯人の想定よりも低かったから、今回書類をコンゴさんに売ったんじゃないですかね?ウィルさんもやたらと、彼に妨害を受けていましたので。
それに恨みもありそうですから、きっといい値段で売れると考えたんじゃないでしょうか?まぁ、売った先が間抜けだったので、これまで判明されていなかった事件までも明るみに出てしまったんですけど」
「まぁ、確かに。ちゃんと返済されておる契約書を、態々鑑定したりはせんからのぅ」
「でも、この書類だと契約期日を過ぎてからウィルさんの所に持って行った方が良かったんじゃ?」
「だから間抜けなんですよ。きっと罵りたいがために、書類を手に入れたその足でウィルさんの所まで来たんじゃないですかね?この書類だと、“魔力紋”が発動した後に書類を売買しても意味がありませんから。期日まで待てなかったコンゴの落ち度が大きいですよ」
「先生、なんで発動後に書類を売買してはいけないんですか?」
「そもそも、この書類が不正に作られた契約書なのと、『魔力紋』発動後だと書類ではなく“永久奴隷”になった人間を売り買いすることになるからです。
本来であれば奴隷の譲渡には奴隷商人による手続きが必要ですから、国から資格を与えられ真っ当に商売をしている彼らがそんな取引に応じるとは普通は思えません。ばれたら自分達まで破滅待ったなしですからね。
それに、もし請け負ってくれる商人がいたとしても、明るみにできない取引なのですから、手数料で馬鹿みたいに足元を見られることでしょう」
「よくもまぁ、それだけすぐに予想が立てられるのぅ。もしや・・・・」
「人聞きの悪いことを言わないでください。あくまで仮説って言ったでしょ?それに、俺ならこんな方法を取らなくても、正規の方法でいくらでも荒稼ぎしてみせますよ。なんだったら、今日帰ってから“本気で”金策をしている俺の姿をご覧に入れましょうか?」
「止めておくれ!ワシが悪かった!!」
「あはは!確かに、ナタク君にはこんな方法は必要ないだろうね」
「本当ですね、とんでもない金額を簡単に稼ぐ姿が容易に想像ができます」
「楽しそうなところ申し訳ないが、話を戻すぞ。それで、この書類を作った犯人だが、俺の方で心当たりがある」
「本当ですか!」
「あぁ。これはあまり公には知られていないが、ギルド印ってのはそもそもあまり数を用意していないってのもあるが、何か問題が発生した時のために、ギルドマスターにしか知らされていない印の見分け方ってのが存在するんだ。貴方のとこでもそうだろ、錬金の」
「その通りじゃ」
「それで、俺の弟子を嵌めた奴は一体誰なんだ?」
「・・・・お前が席に着かなかったのはそういう理由か。ちょっと殺気を抑えてくれ、ちゃんと説明をする」
「無いとは思っていたが、疑ってすまなかった」
「いや、気がつけなかった俺も悪かった。それで、この印を所持している人物だが・・・・」
そして一旦口を噤んだジョンから、一拍間をおいてある人物の名前がゆっくりと語られた。
「ギルド会計担当官、主任を任せているグスタフだ」
あれでも、まだ“本気”を出さずに抑えておったじゃと・・・・
(; ・`д・´)




