弟 3
祐史君久々登場。
あったまいてえ……。
目の前でぎゃーぎゃー騒いでいる松江と萌田兄を前に、くらくらする頭を抱えていると、突然バシャッという音とともに水が降ってきた。
目の前の松江と萌田兄に。
俺も驚いたが、びしょぬれになった2人も相当驚いたようだ。
さっきまでの騒ぎが嘘のようにぴたりと収まり、かたまっている。
すいっと首を横に動かし、水が降ってきた方を見ると、そこには祐史が立っていた。
手には大きなバケツを持って。
もうこれ以上なくらいの満面の笑みで。
……どうでもいいが、さっき降りかかった水の量からするに、バケツにめいいっぱい水をためてぶちまけたと想定できる。
しかし、水はきれいに2人にぶっかけられた。
俺には飛沫の一滴もかからなかったし、祐史の足元にも水が垂れた様子はない。
つまりは、それくらいの勢いでバケツいっぱいの水を遠くに飛ばせる力が必要というわけで。
つまりは、祐史はそれくらいの腕力だか筋力だかを保有しているというわけで。
……うん、今後祐史と肉体言語の喧嘩はしないように気をつけねば。
俺、松江、萌田兄の3人の視線を集めた祐史はわざとらしいほどの大きなため息をつくと、足元にバケツを置いた。
そして、少し困ったような顔をつくると(なったんじゃない。絶対につくってる。これは。確実に)、少し首を傾げてみせた。
「……そのように騒がれると、ご近所にも迷惑です。兄さんも困っているでしょう。僕は兄が困っているのを見過ごすわけにはいかないんです。……おわかりですよね?」
その祐史の発言に、はっとして松江は俺を見た。
萌田兄は茫然と祐史を見たままだ。
反応がいまいち松江より鈍いのは、経験値の差かもしれない。
問答無用で水ぶっかけられるような、こんな扱い受けたことなさそうだもんな、見るからに。
いや、別に俺もないけどよ。
「ああ、そうそう。萌田さん。いつも姉がお世話になっています。さきほどはご挨拶もせず申し訳ありませんでした。あの後姉から知らされたのですが、なにやら、姉に結婚を前提としたお付き合いを申し込みされたとか」
まじか。
あの姉のメールはそういうことか。
……よっぽど嫌だったんだろうな、それ。
「僕は反対はしませんよ。もしあなたが真摯に姉を想ってくれているのであれば。ただ、それが、姉と結婚すれば晴れて兄と義理の兄弟に! という最低最悪な考えからきているものであれば……」
祐史の笑みが徐々に黒いものに変わっていく。
魔王降臨か。
だがしかし。
は? だ。
いやまさか理由でそんな……。
ちらっと萌田兄を見るが、反応はない。
つか反論しろよ萌田兄、そこは即座に。
俺の心のツッコミは実現されることなく、祐史はいよいよどす黒くなった笑みで囁くように言った。
「……覚悟、してくださいね?」
……いやいやいやいや祐史怖い。
なにを。
なんの。
明言しないところがよけいに怖い。
祐史怖い。
まじ怖い。
俺は久々実の弟に底知れぬ恐怖を覚えたのであった。
次回へ続く。




