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願い

やっと出せた、近衛君の名前の由来。

 まあ家にばかりいても飽きるからね、と近衛は続けた。


 たまには外に出ていたという。


 その中の一つが、辰巳の自宅の近くの家だった。



「母の実家だったんだよね」



 相続人は近衛しかいなかった。


 義兄は近衛の好きにしたらいいと鍵を預けてくれた。


 近衛はたまにそこに寝泊まりもしていた。


 いわゆるセカンドハウスにしていたのだ。



「この家では息が詰まるような感覚にとらわれるようなことも度々あったし」


 有象無象の人間が否応なしに関わってくる。


 そこが、旧家の弊害だね、と近衛は苦笑する。


 人の視線は遮れないし、人の口にも戸はたてられない。 


 いくら義理の兄夫婦が「良い人」だとは言っても、身をたてに庇ってくれたわけではないのだろう。


 今はさらりと流してみせる近衛だが、まだ年端もいかない幼少期に、どれだけの辛い思いをしたのだろうか。


 辰巳は何も言えずに、ぎゅっと口を横に結んだ。


「まあ、それはそれとして」



 そんな中、近衛はひとりの同年代の少年と知り合う。


 無口で、無表情で、でもどこか安心するような空気を纏う、その少年。


 近衛君と、辰巳雅紀の出会い。



「人の縁って不思議だよね」



 少しのタイミングの違いで関わりのなかった相手が知り合いになる。


 もしくは、知り合うべきだった人が、関わりない赤の他人と化す。


 人と人とのつながりなんて、この広い世界のほんのささやかな確率で出会える、偶然。


 そうであれば、すべての人と人との出会いは、定められた運命なのではないか。



「つまりは、ボクと辰巳の出会いも運命だったというわけさ」


「……意外にロマンチストだったんだな」


「そうだよ。知らなかったのかい?」


 ……いいや。


 月が綺麗だと見上げた近衛。


 桜が綺麗だと笑った近衛。


 高い所からの景色は気持ちいいと、そう告げた近衛。


 いつも、心が震える何かを探し求めていた、近衛。


 それを、知っている。


 それを、知っていた。



「……きみのなは たそがれどきに とふひとぞ わがしゅうせいの ともとなりけり……」


「……なんだそれ」


「ん? ボクの父がボクに贈った歌だって。ボクの名前の由来」


「……意味がわからん」


「んー、意味か。そうだね、意味は……、黄昏時って暗いでしょう。そんな中出会った相手の顔は見えない。その相手に、誰何すいかする。君の名はって。その相手は、生涯の友になる。なるかもしれない。なって欲しい。そういう願いかな」


「願い?」 

  

「うん、ほら、ボクの父は最初から高齢だったわけですよ。実際早くに亡くなったわけだけど。きっと、自分がそばにいれなくなっても、そばで支えてくれる友ができたらっていう想いがあったんじゃないかな。それに、相手の事を呼ぶ時に、君って呼びかけを聞けば、まるで自分の名前を呼ばれているようで寂しくないとでも思ったのかもしれない。実際そうであれば紛らわしいことこの上ないと思うけど。そもそも今時相手の名を尋ねるにしても、君っていう人はなかなかいないしねえ」 


 苦笑しつつ、そう話す近衛の声はやわらかい。


 きっと、それは子を想う親の気持ち。


 それが、わかるから。


 俺は近衛が言ったその歌を、目を閉じ反芻した。






 君の名は 黄昏時に 問ふ人ぞ 我が終生の 友となりけり


この物語もあともう少し。

ラストスパートです(でも更新速度は気持ちについていかず……)。

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