謝罪
近衛君編スタート。
「どうぞ……、と言ってもボクもだいぶ久しぶりに入るんだけどね」
俺は近衛に促され、以前近衛が住んでいたという幸広家の離れにきた。
「お茶でも淹れようか。用意はあると思うんだけど……、ああ、あった」
お湯を沸かしながら、近衛は出際良くお茶の仕度をしていく。
「ここに、おまえは住んでたのか」
「うん。ボクがいなくても同じようにしておいてくれるってことだったから、ライフライン関係は問題ないね。さすがに生ものは置いてないけど、食べ物もちょこっとあるし。たぶん布団なんかも大丈夫だろうから、何なら泊まっていく?」
「……まあ、時間によるな」
これから、近衛は俺に話をするという。
それにかかる時間によっては、その方がいいだろう。
「うん。そうだね。……けっこう長くなると思うから、じゃあそうしようか。簡単に食べるものも用意するよ。よかったらその間お風呂でも入ってきたら? 着替えもあるはずだし、きちんと掃除もされてるはずだから」
「ああ」
俺は言われた通り風呂をかりることにした。
気分転換は必要だろう。
今日は、疲れた一日だったが、まだ終わらないのだから。
風呂から上がった俺は、近衛が用意した宣言通りの簡単な食事をとり、今度は近衛が風呂に入っている間に片づけをした。
普段は家事は祐史に丸投げしてることなので、そんなに洗い物の量があったわけではないのに、慣れない理由から少し手間取った。
あいつは好きでしていると言うが、やはり手間は手間だろう。
今度、労いの言葉でもかけてやるか、と俺は思った。
「じゃあ、コーヒーでも飲みながら話そうかな」
近衛はそう言うと、縁側に出て直に腰を下ろした。
この離れには縁側があって、そこから幸広家の純和風な庭園が見られる仕様になっている。
昼に昼寝をしたら、さぞかし気持ちがいいだろう。
今はさすがに暗くて、その景色はよく見えないが、夜風が頬に当たって心地が良かった。
「……まずは、謝らせてもらえるかな。辰巳、悪かったよ」
「……それは、なんの謝罪だ?」
「うーん? いろいろ、かな……?」
そう言うと、近衛は自嘲気味に笑った。
「本当、良く考えるとたくさんある、か。こんなんだから、親友の座を下ろされちゃったんだよね」
「は?」
「え?」
俺は近衛のセリフに疑問符で問い返し、そんな俺の反応に近衛は首を傾げた。
「……親友になれない、って言ったろ?」
「おまえにとっての都合のよいだけの親友には、な。親友をやめたとは言ってない」
「雪路に親友だって、言ったじゃないか」
「別に親友は何人いたっていいんだろ? そもそも昔おまえが言ったんじゃないか。親友は単数だって。複数なら親友達。別に親友は一人っきりだってわけじゃないって」
そう言った俺の言葉に、近衛は目を丸くした。
「…………覚えてたんだ」
そう呟くと、近衛はくしゃりと顔を歪ませた。
泣き出す前のような、笑いを堪えているような、そんな表情だった。
「辰巳…………」
「なんだ」
「……………………ありがとう」
先ほどの「悪かった」という言葉よりその礼の言葉の方が、よほど俺には近衛の本心からの謝罪の言葉のように聴こえたのだった。
次回は近衛君の昔話です。




