距離感
もとの時間軸に戻ってきました。
「近衛は理事長室へ押し込んできましたわ。あそこはそれなりの設備が整っているから即刻業務にもついてもらえますし……」
そう言いながら、御加賀見は少し疲れたような顔で俺をちらりと見た。
言うまでもなく、俺と近衛の関係を聞きたいのだろうが、俺もどう言ったらいいかわからない。
いや、子供の頃にちょっとだけ親しくしていた友達で、ある日から音信不通になっていた。
それが、一番近い。
ただ、それを言うのが何となく戸惑われた。
恐らく、近衛ものらりくらり御加賀見の質問攻勢をかわしたのだと思う。
長いこと会ってはいなかったが、不思議と何故だかわかる。
それが、俺が知る近衛という人間だ。
「あの、こ、近衛……君って、ど、どういう方なんですか?」
そう、萌田が御加賀見に問うた。
「……まあ、わたしくの仕事を任せられる、優秀な人材ですわ。人間性はかなり難ありですが、仕事の面ではね。もしかすると、わたくしよりも……、ああ、思い出すとこう腹が煮え滾るような……」
言いながら、御加賀見の眉に険が寄っていく。
なにかを思い出したのだろうか。
なにをしたんだ、近衛。
しかし、御加賀見にこう言わせるとは、すごいな。
昔から、妙に頭の良い弁が立つ奴だとは思っていたが。
ん?
そう言えば、こういう時いつも茶化す発言をする奴がいたはずだが……。
と、俺が幸広の姿を探して視線を巡らすと……。
「会長」
現れたのは別の奴だった。
「あら、二維副会長」
教室の扉から姿を現したそいつは、書類の束を御加賀見に差し出した。
「生徒会室にこれ置きにいったら知らない人がいたので。会長の関係者とは把握しましたが、さすがにそのまま生徒会の重要事項の書類を置いてくるわけにはいかないので、こちらにお持ちしました」
「あら、近衛ったら理事長室から出ないように言っておいたのに」
「お茶を淹れに入ったそうですよ。その用意は生徒会室の方にしかありませんから」
理事長室と生徒会室は隣り合っていて、中で繋がってもいる。
「そうでしたの。悪かったですわね、二維副会長」
「いえ、別に」
そう言うと、二維は軽く頭を下げ出て行った。
「御加賀見さん、今の、に、二維君って、せ、生徒会副会長の人、ですか?」
「ええ、そうですわ。書記の人に依頼してあった書類を持ってきてくれたようですわね」
「……? なんで書記に依頼したものを副会長が持ってくるんだ?」
「書記の方はとても優秀で振り分けた仕事は完璧にこなすのですけれど、対人が駄目で。その橋渡しを二維君にお願いしているのですわ。二維君には心を許していらっしゃるようですから」
なんだその書記。
御加賀見がこう言うのだから、本当に優秀は優秀なんだろうが。
うちの学校は変人ばかりか。
「わあ、そうなんですね。あ、あとちょっと思ったんですけど、に、二維君って、ちょっと辰巳君に似てますね」
それを聞き、俺はまったく知らない相手だった二維に少しだけ親近感がわいた。
きっとあいつも苦労しているに違いない。
そんなやり取りをしているうちに、俺はすっかり忘れていた。
こんな時、いつも進んで話題に絡んでくる奴の姿が見えないということに。
副会長登場。
しかしこの話で彼の出番は今後ありません。
たぶん。




