君の名は
別掲載・短編集オムニバスの中の「お嬢様にはかなわない」の執事にあたるのがこの近衛君です。
突然目の前に姿を現したそいつは。
色素の薄い髪と肌。
ショートの髪は癖もなくサラリと流れ。
滅多にパステルカラーの服を着ることはなかったそいつは今も昔と同じように白のシャツと黒いパンツ姿で。
人を喰ったような言動をするその口元は、常に笑みの形に弧を描いていて。
昔のままでいるようで、その身長や容貌は確かに離れていた時間を感じさせた。
近衛はにこにこと笑みを浮かべ、反対に俺はただそんな近衛を見やるばかり。
困惑した様子で御加賀見は俺達を交互に見、何故か幸広は白い顔色のまま立ち尽くす。
そんな誰も口を開かないでお互いに見つめあうそのかたまった空気を解いたのは、萌田だった。
「え、え、あの? どうしたんですか? この方、御加賀見さんのお知り合いなんですか? えと、あの? 辰巳君も知っていらっしゃる方? あの、えと?」
「……そうですわ。あなたたち、お知り合いでしたの?」
御加賀見がどこか戸惑ったように、そう問いかけた。
それに答えたのは近衛だった。
「うん? ああ、お嬢様には言ってなかったですね。そうですよ、知り合いも知り合い。大知り合い、なんて」
「でも近衛、わたくしがいくら雅紀の話題を出しても何も……。それに……」
「ボクの身辺調査に浮かび上がらなかった、ですよね?」
身辺調査?
不穏な単語に、萌田は驚いたような顔し、俺は眉をしかめた。
それに気がついた近衛は笑って手を振ってみせた。
「おや、驚いた? でも別段特別なことじゃないですよ? ボクはお嬢様に雇われていますからね? 身近に置く人間のことを調べる、それは一定階級以上の人間なら結構アリだと思うけど」
そう言うと、近衛は今度は御加賀見に向き直った。
「身辺調査に出てこなかったのは当然、ボクと辰巳が身辺調査に浮き上がるような付き合い方じゃなかったからですよ? ああ、意味深な言い方しちゃいましたけど、単純に人目につくように一緒に行動するってことがなかった、ってなだけなんですけどね。後言わなかったのは、嫌だなお嬢様、それこそいつものボクじゃないですか」
ゆるゆると首を振った近衛は人差し指を口元にあてると、小声で言った。
「それは、な・い・しょ、です」
そして、人を喰ったような笑みを浮かべる近衛。
ああ、やっぱりこいつだ。
俺はそう思った。
こいつはいつでも、自分を曝け出すようなことはしなかった。
自分の感情も、背景も、すべて。
御加賀見もそれはわかっているのか、わなわな震えた後、どうにか心を落ち着けたのか肩から力を抜くと、はあ、っと溜め息を吐いた。
「あ、あの……?」
その場の状況についていけてない萌田はクエッションマークを顔に浮かべながら、俺達と近衛を交互に見て首を傾げた。
「ああ、すみません。自己紹介が遅れまして」
近衛はわざとらしく片手を背に、もう片方の手を胸に当てると、スッと綺麗なお辞儀をしてみせた。
「初めてお目にかかります。ボクは近衛君。近衛兵の近衛、~君の君と書きます。よろしくお願い致します」
そして身体を起こすと、いつもの笑みを浮かべたまま、言った。
「どうぞ、近衛君って呼んでください」
実はこの近衛君、たつみんの姉登場時電話相手としてだけですが出てくる予定が話の展開上なしになり、更に延びに延び、ラスト間際になってやっと登場となったのでした。




