渇望するもの
お姫様回続きです。
あれはあの頃取り扱っていた案件の一環で用地買収の為訪れた街、途中でたまたま立ち寄った店でのこと。
今思えば、それは運命だったのかもしれない。
そうでなければきっと、雅紀に出会うことなんて、決してなかっただろうから―――――――。
怒鳴る店員に、腕をつかまれた子供が店の奥へ引きずられていこうとしていた。
万引き?
なんて馬鹿な子だろう。
ふとそう思った、興味はすぐに失せた、その時。
「なに、してるんですか?」
その声に、意識が再びその声の方向に戻された。
そう言って、現れた少年が、雅紀だった。
もちろん、その時にはまだ雅紀の名すら知らなかったけれど。
その場にふさわしくないほど落ち着いた態度に、その場の喧噪は一瞬にして静まり返った。
雅紀は、もう一度言った。
「なにしてるんです?」
「そいつが万引きしたんだ!」
「祐史が?」
雅紀は首を振った。
「こいつは、してませんよ」
「なぜそんなこと言える!」
「こいつは俺の弟です」
今でも、記憶に残る、その雅紀の言葉。
「俺の弟はそんなことしません」
それは、しっかりとした確信に満ちた言葉だった。
「俺は、それを知ってます」
その声に、少しの揺らぎも感じなかった。
「ふん、そんなこと! それに、ここに証拠もある!」
「証拠? それ、祐史が盗るところ、見てたんですか?」
そう言うと、店員は少し怯んだように言った。
「み、見てはないが、実際にその子が持ってたし……」
「おまえ、ずっとここにいたのか?」
「う…うん。そしたら、急に騒がしくなって、誰かにぶつかられて……」
「じゃあ」
雅紀は一点を指差した。
「あそこに、監視カメラありますよね。そこに映ってるはずです。確認してください」
「し…しかし」
「確認してください」
雅紀は、大人相手に少しも怯まず言い切った。
「祐史は、あんたに非難されるようなことは、なにもしてないんだから」
わたくしは、それを見ているだけだった。
ただ、見ていただけ。
そしてなぜか、とても羨ましく思った。
雅紀に庇われた弟が、妬ましく思えた。
わたくしには、雅紀のようにああいう場で信じると言い切ってくれる人はいるだろうか。
わたくしには、雅紀のようにああいう場で信じると言い切れる人はいるだろうか。
ああ、わたくしには誰もいない、そう思った。
そう言い切れる雅紀のことが、気になって仕方がなかった。
そこからの行動は早かった。
雅紀のこと、辰巳家のことを調べ上げた。
雅紀の家の周囲を買い上げ、屋敷を建て、その隣人として越した。
それを望んだ為に果たした御加賀見の家への代償は大きかったけれど。
わたしは、望まれただけの代償、つまりは利益を御加賀見の家にもたらした。
すべて、雅紀に会う為、雅紀の横にいる為に。
わたくしはどうしようもなく、雅紀に焦がれてしまったから。
だから、雅紀が欲しかった。
雅紀のような、絶対のものが欲しかった。
なにがあっても、雅紀は己を是と肯定してくれるであろうから。
だから、思いもしなかった。
今更、弟がわたくしに絶対を求めてくるなんて。
だから、わたくしは選択を誤ってしまった。
かつて、そして今なおわたくしが望んでやまないものだったのに。
だって、わからなかったから。
容姿でも、能力でも、才覚でもなく。
姉、という親族の情を求められるなんて。
求めることも、求められることも、知らなかったから。
だけど、本当は……。
わたくしも、雅紀のようになれるかしら。
だって、本当は……。
きっと、たぶん、ずっと。
雅紀のなにものにも左右されない強さに憧れ欲していたわたくしは。
雅紀のなにものにも変わらない絶対を望んで渇望していたわたくしは。
己も、その確かな絶対を欲していたに違いないのだから――――――――。
祐史と千草、雅紀を特別視するきっかけが実は一緒だったという。
気が合うのもほどがあります。




