忘れられてた弟
御加賀見弟編はそこそこ続きます。
正直、どうしてこうなった。
俺は今、御加賀見家の応接間のソファーの上で、ズズズと紅茶を啜っている。
ソファーの座り心地はすこぶる良いが、それより俺は寝っ転がりたい。
今朝は早くから起きてて普段にない行動をしてるからだいぶ疲れてる。
速攻家に戻ってベッドへダイブしたいんだけど。
紅茶はやたら高そうな香りと味がするが、祐史のティーバックで淹れたミルクティーのが口にあう。
横には腹の読めない笑みを浮かべた祐史。
俺の間の前のソファーにはすました顔で紅茶を飲んでる御加賀見が座っている。
そしてその御加賀見の横には何故か俺を睨んでいる御加賀見弟がいる。
何故睨む。
初対面だろう。
時は少し前に溯る。
「遅い!」と怒った御加賀見弟に、御加賀見はにっこりと笑って、思いっきり靴のヒール部分で御加賀見弟の足のつま先を踏みつけた。
声にならない悲鳴を上げた御加賀見弟に、御加賀見は笑顔のまま言った。
「夜間に住宅街で大声を上げるとはどんな痴れ者ですか」と。
涙目で、きっと睨み返した御加賀見弟に、御加賀見は屋敷に入るよう促し、俺にも同席するよう懇願してきた。
即座に断ったが、祐史がトラブルは早く摘んでおかないと後が面倒だよ、と言うので仕方なく。
御加賀見は祐史の同席は断ったが、祐史が自分が一緒でなければ俺を同席させないと言ったので渋々頷いた。
で、今に至る。
すぐに話し出すかと思いきや、まずはお茶だなんてやはり金持ちはよくわからん。
つか、俺の同席の意味はあるんだろうか。
あー、幸広がいればもっとうまくこの場をまわしてくれるんだろうが、うまくいかねえな。
ったく、面倒くせえ。
そんなことを考えていたら、御加賀見は、紅茶のカップをソーサーへゆっくりと戻した。
「……それで? 突然どうなさったの? アポもなしに訪ねてくるなんて」
御加賀見は御加賀見弟を見て、そう問いかけた。
「弟が姉を訪ねるのにアポが必要なんですか」
「当たり前でしょう」
呆れたように、御加賀見は溜め息を吐いた。
「わたくしが不在時には屋敷には誰も入れないようにしてありますし、場合によっては不在にしていることもありますもの。事前の確認・約束は大事なことですわ。相手の都合を重んじる、最低限のマナーでしょう」
なるほど。
どうりで車で待ってたわけである。
屋敷の中に入れてもらえなかったということか。
「……だって」
「言い訳など見苦しいですわ」
「……というか、何でこの場にこいつらがいるんですか!」
御加賀見弟は半泣きになりながら、俺達を指さした。
「こいつらとは何ですか。あと、人様に向かって指をむけるのも失礼でしょう? …………あら?」
御加賀見は顔を顰めながらそう言うと、ふと何に気づいたかように、こめかみに手をあてた。
「そう言えば……、あなた……」
「……」
「名前、何と言ったかしら……?」
「……!」
マジですか。
俺は愕然とした。
実の弟の名前忘れるってアリですか。
真横では祐史が噴き出しそうになっているのを堪えたのがわかった。
「ね……ね……姉様の…………」
ふるふると震えた御加賀見弟は、顔を真っ赤にして涙を浮かべて御加賀見を睨みつけた。
そして。
「…………姉様の馬鹿ー!」
そう言うと、乱暴に扉を開け出て行ってしまった。
…………この状況、どうしろと?
お姫様、ひどいですね。人にマナーを説いてる場合じゃありません。




