対話
お兄ちゃん情けなっ。回です。
放課後来賓室へ行くと、まだ萌田兄はそこにいた。
扉の間から覗き込むと、ぼーっと心ここにあらずの様子でソファーに座っているのが見えた。
……おい大丈夫か、アレ。
「んー、じゃあ行きますかー。天使ちゃんはお兄ちゃんから姿見えないようにちょっとここで待っててねー」
幸広が萌田にそう声かけた。
「はい、あの、でも」
「大事な妹ちゃん見て暴走されてもやっかいだからー、ね?」
「……はい。すみません」
「んでー、お姫様は来てもいいけどちょっと黙っててくれるー?」
「なんですのその物言い。腹が立ちますわね」
「仕方ないでしょー。お姫様、たつみんのこととなると暴走しちゃってよけーややこしくなるから」
「……まあ、自覚はありますわ。いいでしょう、この場はあなたにお任せします」
どこか悔しそうな表情で、御加賀見は答えた。
「がってんしょーちー、引き受けたー。あとー、たつみんはー」
幸広は俺をじっと見ると、にっこり笑った。
「たつみんはたつみんらしくいてね」
「意味わからん」
「ふふー、だいじょーぶだいじょーぶ。じゃいこー」
だからなにが大丈夫なんだ。
そんな俺のつっこみをスルーで、幸広は来賓室へ入っていく。
その後を俺と御加賀見が続き、萌田はそれを心配そうに見ている。
はあ、面倒くさい……。
「お待たせしましたー」
そんな幸広の間の抜けたような挨拶にも、萌兄は反応しない。
まじで大丈夫かこれ?
「お兄さんー? 聞いてますー? んんー」
あまりの反応のなさに、幸広はぽりぽりと頭をかくと、首を傾げた。
「ありゃりゃ、思ったより重症だねー。……じゃあー、お兄さん聞こえてますー? 妹のもえちゃんも心配してますよー」
ぴくり、とその言葉に萌田兄の肩が揺れた。
そしてぷるぷると震えだす。
「も…もえ……。もえに……嫌われた……!」
そしてぶわっと涙をこぼすといきなり泣き出した。
えーと、……この人年いくつだったか?
「ぼ…僕はどうしたら……いいのだろう……」
ぼろぼろに泣いてる萌田兄を前に、ちらりと横を見る。
御加賀見は顔をしかめてまっすぐ萌田兄を見ている。
事前に幸広に口を開かないよう言われたのを守っているのだろう。
もしそうでなければ辛辣な嫌味のひとつやふたつは発してそうだ。
同情や心配なんて様子欠片もなさそうだもんな。
幸広はと言うと、にこにこした顔で萌田兄を見ている。
…………絶対こいつらドSだ。間違いない。
それはともかく、さて、どうするか。
このままここにいても話が進まんし、ぶっちゃけ面倒くさいのでさっさと家に帰りたい。
幸広の様子を見ると、自分から動く気はなさそうだ。
御加賀見の行動を制限し、萌田の同席を許可しなかったところを見ると、たぶん幸広は俺になにかさせたいんだろう。
が、どうすればいいのかさっぱりわからん。
「もえ……、僕はどうすれば……」
それは俺の方こそ知りたいわ。
目の前の残念男を見ていたら、なんだかいらいらしてきた。
つか、そもそも俺は巻き込まれただけで関係なくねーか。
こいつの勘違いでなんで俺が尻拭いしなきゃなんねーの。
「どうすればいいじゃなくて、なにがしたいんだ、結局」
結論は、そういうことだろう。
「あ……」
萌田兄はそこでやっと、まともに俺の顔を見た。
やっと焦点があった感じだ。
朝は怒りで目が曇ってた感じだったし、今は泣いて俺達のこと認識してる様子なかったみたいだったしな。
「いい年こいた男がめそめそ泣くな。どうしてこうなった、どうすればいいかなんて俺が知るわけねーだろ。ただこうなりたい、こうしたいってことがあるなら聞いてやるから、まずは落ち着け。泣くな。ちゃんと聞いてやるから、……な?」
目の前の男が妙に幼く見えて、つい子供に話しかけるような口調でそう言ってしまった。
やべ、馬鹿にしてんのかって怒るかな。
しかし、萌田兄はじーと俺を見て、やがて小さく頷いた。
「…………うん」
うんって、どこのお子様ですか。
つか兄妹そろって素直すぎる。
あ、嫌な予感がひしひしと。
次でお兄ちゃん回終了予定です。




