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僕の宝物

弟君回想会です。

 人は、後悔しながら前に進んでいく。


 僕も後悔していることがある。


 でも、それを糧にして人は前に進んでいける。

 

 だから、僕も今の僕がある。


 変わるきっかけになったその思い出を、大切な宝物として。


 


 あれは僕が小学3年生の時。


 僕は本当に愚かだったと思う。


 たくさんの友達に囲まれて。


 先生からはしっかりしたいい生徒だって褒められて。


 だから、勘違いしていたんだ。


 思い上がっていたんだ。


 1つ上の兄を馬鹿にしてたんだ。


 成績だって僕のがいい。運動会だって僕のが活躍してる。友達だって僕の方がたくさんいる。まわりの人も、僕の方は明るくていい子なのに、お兄ちゃんは愛想もなくてかわいげないって言っている。


 実際兄は、いつもつまらなそうな顔をして、どんなことだって適当に流してしまう。


 なにを考えてるのかわからない顔で、いつもぼーとしてる。


 そんな兄が僕は嫌いで、家の中でも学校でも無視をしていた。


 そんな僕の様子を見ても、兄は興味を示すこともなかったから、なんだか余計に腹が立った。


 みんなが兄より僕を褒めるよ。


 いい子だって。賢い子だって。出来のいい子だって。可愛い子だって。


 それが、悔しくないの?


 もっと頑張ろうって気にはならないの?


 弟には負けないっていう兄としてのプライドはないの?


 友達も、本当にあの人が祐史君のお兄ちゃんなの? って不思議そうな顔をする。


 僕は、それを恥ずかしく思ってた。


 どうせなら、もっと違うお兄ちゃんならよかった。


 いっそ、お兄ちゃんなんかいらなかった、と。


 自分より劣る人間が自分より上の兄である現実。


 それは、幼い僕の思い上がりでしかなかったもの。


 だけど、あのころの間違いない僕の本心。


 だから、あのころ本当に兄のことが嫌いでしかたなかった。




 そんな日々が変わった日。


 僕の世界が変わった日。


 ひどく狭量で自分中心だった、偽りの関係に満足していた世界の終わりの日。


 あの、世界が兄中心へと変化した、運命の日。



「おまえか!」


 数人の友達と買い物へ行った日、いきなり僕は店の人にそう言って腕をつかまれた。


「え……」


 その直前、バタバタと同じ年くらいの子供が駆けぬけて行った。


 ちょっとぶつかったりして、こんなところで走ったりしてあぶないなあと思った。


「ほらこれ!」


 店員はそう言うと、僕が持っていたバッグから、見覚えのない消しゴムを取り出した。


「悪がきめ! これを盗んだだろう。さっきの子供らは仲間か!」


「え、し、知らない……」


「知らないわけあるか! これが証拠だろう!」


 あまりのその店員の剣幕に、まだ子供だった僕は違うと首を振ることしかできなかった。


 怖くて怖くて、無意識に友達の姿を探すと、みんな遠巻きにして見ているだけだった。


 なに、その目……。


 その目は、あきらかに僕を疑っている目だった。


 違う!


 僕はなにもしてない。


 きっとその消しゴムだって、ぶつかられた時に入れられたんだ。


 僕じゃない。


 僕はなにもしてない。


 そう、思うのに、声が出なくて。


 怖くて、悲しくて、混乱して。


 悪事を押し付けられたこと、勘違いされたこと、信じてもらえないこと。


 いい子だって、言ってくれてたのに。


 友達だったはずなのに。


 誰も信じてくれない。


 助けてくれない。


 誰も、いない。


 怒鳴る店員に、腕をつかまれたまま店の奥へ引きずられていこうとしていた、まさにその時。


「なに、してるんですか?」


 そう言って、現れたのが、兄の雅紀だった。


 その場にふさわしくないほど落ち着いた態度に、その場の喧噪は一瞬にして静まり返った。


 兄は僕とその店員の間に入ると、もう一度言った。


「なにしてるんです?」


「そいつが万引きしたんだ!」


「祐史が?」


 兄はそう言うと、僕を振り返った。


 そして、そのままもう一度店員を見ると、首を振った。


「こいつは、してませんよ」


「なぜそんなこと言える!」


「こいつは俺の弟です」


 今でも、記憶に残る、兄の言葉。


「俺の弟はそんなことしません」


 大切な、僕の宝物。


「俺は、それを知ってます」


 あの日の兄を、僕は決して忘れない。


「ふん、そんなこと! それに、ここに証拠もある!」


「証拠? それ、祐史が盗るところ、見てたんですか?」


 そう言うと、店員は少し怯んだように言った。


「み、見てはないが、実際にその子が持ってたし……」


 兄はぐるりと店内を見渡すと、僕に確認した。


「おまえ、ずっとここにいたのか?」


「う…うん。そしたら、急に騒がしくなって、誰かにぶつかられて……」


「じゃあ」


 兄は一点を指差した。


「あそこに、監視カメラありますよね。そこに映ってるはずです。確認してください」


「し…しかし」


「確認してください」


 兄は、大人相手に少しも怯まず言い切った。


「祐史は、あんたに非難されるようなことは、なにもしてないんだから」




 結果、僕の無罪は証明された。


 兄が指示した監視カメラに、店員に追いかけられ逃げる子供の一人が、ぶつかる際僕のバッグになにかを入れる映像が映っていたからだった。


 それが消しゴムかまではわからないけれど、他の持ち物から見てもそれは明らかだった。


 店の人は平謝りで間違えたことを謝った。


 友達は、本当に驚いたよっと言って心配そうに声をかけてきた。


 だけど、そんなことはもうどうでもよかった。


 僕が疑われ、本当に怖くて、困っていた時に誰も助けてくれなかった。信じてくれなかった。


 助けてくれたのは、一点の曇りもなく信じてくれたのは、兄だけだった。


 普段、僕があんなに兄のことを見下していたというのに。


 兄はそんなこと、まったく気にとめることもなく、僕をかばってくれた。


 僕のことを、弟だから、と。


 僕は、それまでの僕のことがものすごく恥ずかしくなった。


 僕はいつも上辺だけ見て、本質を見ようとはしてなかった。


 誰よりも、僕の近しい存在である、その兄の本質も。




 それから僕は変わった。


 世界が変わった。


 後悔を糧にして、前に進む。


 誰よりも、兄にとって自慢な弟になれるように。


 兄にふさわしい、本当の意味で自慢の弟になれるように。


 誰にも言うつもりもない、僕の大切な思い出。


 兄さんが忘れてしまっていてもかまわない。


 誰も知らない、僕だけの。





 僕の、大切な宝物。





 

これが弟君のお兄ちゃん傾倒のきっかけです。

それをいろいろ拗らせてああなりました。

ちなみに、たつみんは言われてみればそんなこともあったっけ、レベルの認識です。

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