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帰省  作者: isa
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はじまり

東京都内の私立T大学へ進学した樹理は、漫画喫茶の一室で漫画を読み耽っていた。

高校生活が終わり、華々しいはずの大学生活。

実態は思うほどではなかった、というのが樹理の感想だ。

ぺら、と次のページをめくる。目は漫画のページを滑るばかりで頭の中に入ってこない。

重症だ、と樹理は独り呟いた。

大学の授業は早くて難解。

教室では独りぼっち。

サークルには入っていない。

バイトはしなければとは思っているが、応募すらしていない。

「……何の為に進学したんだっけ」

樹理は溜息を洩らした。

どこまで読んだかも分からない漫画を片づけ、パソコンを起動する。

ドリンクサーバーで注いできたメロン味の炭酸飲料を啜りながら、ブラウザを起動する。

見慣れた検索エンジンで地図機能を呼び出す。

内向的な樹理だが、趣味が一つもないわけではない。

その一つは神社の朱印集めだった。

朱印というのは神社に参拝しましたという証拠を記入してもらう、と考えてもらえればいいだろう。

朱印帳というものがあってそれに記入してもらうわけだ。

樹理が所持している朱印帳は湯島天神と言う学業成就の神様を祭った神社で購入したものだ。

梅をモチーフにしたデザインで、樹理のお気に入りである。

「新宿区の神社も結構回ったなー……っと」

クリックしながら、次の史跡巡りに想いを馳せる。

そろそろ前期も終了で長期休業に入る。

理解していたかどうかはさておき、樹理は授業には真面目に出席していたので単位は優とはいかないが落としてはいない。

夏休みには遠出が出来る。

鈍行で三重の伊勢神宮にお参りするのもいいだろうし、

山口の出雲大社まで遠出してもいいだろう。

神社ではないが、奈良や鎌倉の寺院を見てきてもいい。

実家は裕福ではないからお金は掛けられないが、学生だから時間はある。

夏休みの計画を練りながら、樹理はわくわくしていた。


夏休み。

樹理は実家に居た。

理由は簡単だ。自動車の免許を取れと親が煩かったせいだ。

自動車学校への申し込みも入学金と授業料の振り込みも既にしてある。

少なくない金を無駄にするわけにはいかないし、車の免許は無駄にはなりにくいと考え直してなんとか仮免許を取得した。

どうやら高校や中学の知り合いが多数いるらしく、友達もいた。

「ねーねー、樹理。直也と千秋が付き合ってるって知ってた?」

樹理に話しかけてきたのは麻衣だ。

明るくて綺麗で社交的。それから恋愛の話が大好きだ。高校生の時は誰それが付き合っているとかの情報は全部麻衣頼りだった。

学校の成績は良くなかったのでどこかのスーパーでレジ打ちのアルバイトをしていると風の噂に聞いていたが、今は蕎麦屋の看板娘なんだからと胸を張っていた。

樹理は内向的なせいで接客なんか絶対に出来ないと思っていたが、それを事も無げにこなしている麻衣を見て少し羨ましかった。

「全然。麻衣こそ美人なんだから、私に隠れて誰かと付き合ってるんじゃないの?」

「え? ああ。残念! どっかにあたしの魅力に気付いてくれる王子様はいないかしら?」

そう言ってウインクする麻衣。亜麻色の髪を弄るのは麻衣の癖だ。高校時代から変わっていない。そうするときは大抵彼女が困ったときなのだ。

「麻衣なら彼氏の二人や三人その気になればすぐに出来るよ」

「ありがと。でも二人や三人も彼氏を作ったらそれって完全に浮気よね」

「そうかも」

「そうかも、じゃなくてそうなの。そうだ樹理。折角再会したんだし、どこかに旅行しようよ。いつもの面々も誘ってさ」

いつもの面々。樹理は少し考えてから頷いた。

樹理と麻衣の間で「いつもの面々」といえばどのメンバーかは想像がつく。

齋木直人。

藤田健太。

高野良平。

の男三人と、

風間樹理。

長津麻衣。

本田葉月。

の女三人。計六人のグループを指す。

樹理は人と話すのが苦手で大体は本を読んでいるかネットをしているかの二択だったが、この六人で行動するときは別だ。

葉月と直人は高校時代から付き合っていて、この二人を中心にして六人が集まった形だ。

高校卒業と同時にバラバラになってしまったがこの面子で旅行ならアリかな、と樹理は考えて麻衣にオッケーの返事をした。



自動車学校の休憩室に六人が集まる。

地元だけあって集まりが早かった。

樹理以外の5名は地元に就職しているので当然と言えば当然の結果であるが。

「よう樹理。久しぶりだな」

「そうそう。東京行って垢抜けてくるかと思ったら全然かわんねーし」

「だよな。俺もそれ思ったわ。それと少しはこっちに連絡寄越せよ。電話とかメールとかいろいろあるだろうが」

「むしろわたしは樹理は樹理のままでいてくれてうれしいよ―」

発言した順に、直人、健太、良平、葉月。

直人は大工。健太は土建。良平は配送業だ。三人ともやや日焼けしているのか肌が黒かった。

樹理に抱きついた葉月は今も直人の彼女で、介護の資格を勉強しながらコンビニでバイトをしているそうだ。

男子の三人は高校卒業と同時に自動車学校に入学してさっさと卒業したらしいので自動車学校にいるのは本来良くないのだが、この学校はそういうところにはルーズなのだろう。

「はいはーい。再会の挨拶は後で後で。何処に行くか決めよーよ」

麻衣が音頭を取る。

直人が胸ポケットから煙草を取りだすと葉月が100円ライターで着火する。

そのまま煙草を燻らせた。

そういう配慮のないところは変わらないな、と煙草の苦手な樹理は思った。

「温泉、キャンプ、海水浴、いろいろあるよ! ささ、案だして案」

「夏だしな」

「夏だからね」

健太の声に同意する樹理。

「じゃあ……私キャンプか温泉がいい!」

「キャンプって……俺らの家が山の中なんだから味わうものなんてないだろ」

葉月が言って、直人が制す。

「えー。皆とわいわいやるのがいいんじゃん。それにバーベキューしたいしぃー」

不貞腐れた感じで言う葉月の茶髪をくしゃ、と直人が触る。

「ますます家で出来るだろうが」

「それなら温泉?」

「暑いのに温泉かよ。どうせ温泉行くんなら冬にしようぜ」

「んー、確かに」

良平に麻衣が同意する。

「でも夏の温泉もなかなかいいぜ」

健太が言った。

「いっそのこと、全部すればいいんじゃない?」

樹理が思いつきに、

「それだ!」

全員が同意した。



お盆前の八月十一日。

休日を調整した結果、この日になった。

車で樹理の住む市から一時間程の距離にあるキャンプ場。

小学生の時から何度か学校の行事で利用してあるので樹理にも馴染み深い場所だ。

現地集合では楽しみが減る、という直人の言い分で朝九時に公民館前に集合する。

「コンビニの廃品パクッてきた」

というのは葉月。

袋4つにおにぎりとか刻んだ野菜のパックやドレッシングが入っている。

お菓子や飲料水は駄目にならないだろうから、それは葉月が自腹を切ったのだろう。

良平は趣味が釣りだ。クーラーボックスに入れた鮎を塩焼きすると言っている。

麻衣と直人は肉、野菜とバーベキュー用品をきっちりと用意してきた。

健太は車。送り迎え担当だ。

樹理は私も何か……と言ったが、学生だからお前は大人しくしていろと言われて着替え以外は手ぶらだ。

「まあ俺ら職持ちだしな」

「そうそう。バイトすらしていない大学生さまは俺らのすごさを良く見ておくこと」

良平と直人が笑った。

樹理もつられて笑った。

大学生になってからこんな風に自然に笑った事がなかったな、とそれから少しして樹理が気付いた。

ワゴンで向かった先は富阪キャンプ場だ。

全員が車に乗り込んでから三十分ほど立つ。

「わたしテレビ見るー」

かちゃかちゃとカーナビのスイッチをいじる葉月。

ニュース番組に画面が切り替わる。

『惨劇! 山中の村落、一晩で全滅か』

というテロップが流れている。

冷えた空気が車内に漂う。

『鈴木レポーター。現地の様子を教えて下さい』

『はい。現地から中継してお伝えしています。ご覧ください。問題の村の入り口は厳重に封鎖され、撮影が許されていない状況です』

『警察の発表は?』

『はい。警察は連続誘拐事件もしくは連続殺人事件の可能性を疑って捜査を進めております』

『なるほど。当然ですね。殺人事件とする根拠は何なのでしょうか』

『はい。たびたび致死量とみられる血痕が残っていることが殺人事件とする根拠です。血は確かに人間の物で野生動物や家畜の物では有り得ないということです』

『となると、死体は何処に消えたのか気になりますね』

『はい。消えた住民の安否、残された住民の安全、被疑者の特定など課題は山積しています。警察の捜査の進展が望まれます』

「つまんないのー」

葉月がチャンネルを切り替える。

「こえーな。この事件の場所どこだよ」

直人が筋肉だらけの上腕をさすった。

「俺朝テレビをちらっと見てきたけど、広上村だって。現場は隣の隣の市」

健太が答える。

「まあ二つくらい隣だったら大丈夫か。それよりさあ」

今までの寒い空気を無理矢理暖めるように馬鹿な話題を繰り返していく。

高校の思い出。それから近況。話すことはあまりにも多くて。

これからのことなんて、まるで考えてなかった。


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