掃除人の募集
「塔で、掃除人を募集するらしい」
その噂は、あっという間にトミナミ村とトニシ村、そして商人と狩猟者へと拡がった。
まだ掲示板には載っていないが、塔の窓口でもある掲示板の管理人に聞いた者がいて、その噂が事実だと確認された。
塔が学者でない人間を雇うのは初めてだ。
もしも上手く雇用されれば、塔の技術を盗めるかもしれない。
塔に住めるなら、もうビーストに怯えなくてもよくなる。
憧れの学者と知り合えるかもしれない。
塔に入り込み国から逃げた学者を殺せば賞金が出る。
様々な思惑が絡み、トミナミ村を訪れる者が増えた。
村にあるどの宿屋も大繁盛だ。スイナも食堂で働く時間が増えた。
「ねぇ、スイナちゃん。スイナちゃんは、掃除人に応募しないの?」
ある日、給仕が終わったあとに伯母さんがスイナへ話しかけてきた。
「なりたいとは思うんだけど、こんなに色々な人が応募すると思うと、とても雇ってもらえる気がしないし。この宿屋の手伝いも気に入ってるからいいの」「でも、上手くいけば塔の中を見られるかもしれないよ?もしもスイナちゃんが塔で働くなら、うちの息子に嫁でも見繕うからやるだけやってみればいいさ」
伯母さんの笑顔と言葉に後押しされ、スイナは掃除人へ応募することを決めた。
決めたからには、きちんとした情報を集めねばならない。スイナは翌日、トニシ村へ向かった。
トニシ村の周囲には、数えきれないくらいのテントが張ってあった。塔へ潜入を目論む者と、その護衛が固まって泊まっているのだろう。これだけの数が集まっていればビーストに襲われることもない。
村の中へは臭いを嫌って入らないのだろうか。解体場の血肉の臭いやなめしに使う薬品の臭い。薬草を煎じる臭い、鍛冶屋の音。そんなものが混然一体となり、トニシ村は普段、貴族階級から嫌われる傾向があった。スイナも慣れてはいるが、あまり村の中で食事をしようとは思わない。
だが今は、村の周りのテントそばで肉屋の弟子が肉串を焼いたり、汁を作ったりして販売している。トミナミ村の住人も野菜を売りに来ていた。
まるでもう一つ村ができたかのようだ。
スイナは掲示板を見るが、やはりまだ、掃除人募集の掲示はない。そのかわり塔の窓口に、蕾がいっぱいついた花の鉢植えが柵で覆われて置いてあり、横に紙が貼ってあった。
『掃除人募集は、この鉢の花が咲いたら行います。必要な技能は以下の通り。
1、研究者の部屋を掃除できること。
2、この掲示を自分の力で読めること。
3、情報を秘匿できること。
4、先人の知識へ敬意を持っていること。
委細面談 塔』
「花が咲いたら?」
スイナは鉢植えを見つめる。これは村の前にテントを張って待つわけだ。いつ咲くかわからない。
だが。この花に見覚えがある気がして、スイナは眉をひそめる。この葉の形。葉の裏が白く、かすかに匂う清涼感のある香り。よく似た花はあちこちに咲いているが、これは父の図鑑を写したときにも見たことがある。確かあの本は。
「北方高山植物分布図鑑」
思わず呟き、スイナは慌てて口をつぐむ。情報を秘匿できるかも試されているのだ。うかつに人に聞かれてはいけない。
スイナは記憶を頼りに花の情報を思い出す。
『闇月草 雪が常に溶けずに残る地に咲き、年中蕾をつけるが花は月が完全に消える夜、星の光があたるときにしか開かない。咲いてすぐの花からは良質の香料が採れる。これを好物とする月下蜂が花を守るように飛んでいるので採取には注意が必要』
確か他にも香料の抽出方法や、熱に弱いため移植は出来ない、などとかいてあった。
塔の学者がまた何かしたのだろうか。それとも他の植物か。
スイナはしばらく悩んだが、他に心当たりもないためとりあえずこの花を闇月草だと考えることにした。
ならば次に月が消えるのは明日。天気も良さそうだ。
明日昼からトニシ村に来て、日が暮れてから塔の窓口を訪れよう。
スイナはそう決めると、近くにいた塔の窓口のお姉さんに頭を下げて帰ることにした。お姉さんは目があったことに少し驚いていたようだった。観られていた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。