第一話 紀伊との出会い
『第二話 艦魂紀伊と出会い/登場人物紹介』
<坂井将人>
役職 帝国海軍軍人・航空戦艦「紀伊」航海士
階級 少尉
出身 広島県呉市
年齢(1943年8月)19歳
誕生日5月9日
好きなもの・艦魂達、軍艦(特に戦艦系統)、人助け、
嫌いなもの・にんじん・誰かが死ぬ事・筋の通らない話・死というのを軽々しく言う奴
家族構成 父(事故死)母(病死)
本作の主人公で艦魂が見える珍しい能力の人間。
「紀伊」の航海士。海軍兵学校を優秀な成績で卒業し、航海訓練生として「紀伊」に配属された期待の新人。しかし優秀な成績にも関わらずそれを鼻にかけることがない為に皆からも慕われている
家族構成はは父も海軍軍人であったが、訓練中の事故に巻き込まれて死亡し、母は将人が生まれてすぐに病死している。
優しい性格で頼みごとがなかなか断れないという生粋のお人よし。
日本最大の軍港である呉湾に「紀伊」は停船していた
現在「紀伊」以外のは大型艦はほとんど見当たらない。そのほとんどが現在トラック環礁にいるためである
この年の2月、ガダルカナル島撤退作戦(ケ号作戦)が発動され、日本軍は多大な犠牲を払ったガダルカナル島から撤退した。
しかしその後も南方では作戦が継続され、機動部隊の中核であった空母「瑞鶴」「翔鶴」も出撃した
しかし4月18日、前線視察に向かっていた山本五十六連合艦隊司令長官座乗の一式陸攻が撃墜されて戦死する事件が起こる。(海軍甲事件)。
山本長官の死は、海軍にかなりの衝撃を与えた。
後任として古賀峯一大将が連合艦隊司令長官に就任した。
5月から内地では学徒出陣が始まり、次々と学生が戦地に送られるようになっていった。
このように戦局は悪化する一方で、日本は戦線を次々に縮小し、アッツ島守備隊は玉砕し、七月にはキスカ島から撤退した
あれから2ヵ月
日本海軍の主力である機動部隊と戦艦部隊はトラックから動けない。
そんな日本海軍に新たに加わる事となった「紀伊」では、こちらも乗組員の質向上や一日でも早く艦に慣れる為に訓練を行っていた。
その紀伊に一人の士官が着任した。
「これが航空戦艦『紀伊』かぁ・・・」
彼はそう言って嬉しそうに甲板から艦橋を見上げて笑みを浮かべる。
彼の名は坂井将人少尉。歳は十九歳。ここ呉生まれの呉育ち。小さなころから海軍に入ることを夢見てきた少年である。
海軍兵学校を優秀な成績で卒業しこの新鋭艦紀伊に配属が決まった期待の航海士だ。
強い潮風に吹かれる軍帽を抑えながら、少年は着任のために艦橋へ向かった。
そして、艦橋で数人の士官の中にいた将人は先程から「紀伊」艦内を案内してくれている上官の話を聞いていた。
「私からは以上だ。さてこれで解散とするが本艦は非常に複雑だ。迷うことのないように。では解散」
上官が説明を終えると、将人たちは自室に向かおうと思い歩き始めた。
数十分後・・・
「はぁ・・予想はしてたけど、いくらなんでも広すぎるよな・・・あれ、ここ通ったぞ・・・おかしいな・・」
彼は完全に艦内で迷子になっていた。
先ほど上官から、「迷子になるな」と言われ、迷子になるわけないと高をくくっていた自分が恥ずかしい。
背中には嫌な冷たい汗が流れる
しかし、現実は甘くはなかった。もともと戦艦というだけでも艦内構造が複雑なのに、そこに格納庫などの設備があるので余計に複雑なのだ。
「仕方ない。まずは甲板に出よう」
それが最善の策だった。それに、甲板に上がるだけなら階段を上るだけでいい。
いくつもの階段を直感で登っていくと何とか甲板に出ることができた。
道中間違って食堂へ出たり兵員室に出たりとかなり時間はかかったが・・・
いまだに衰えることのない太陽が容赦なく照りつける甲板は熱した鍋のように熱かった。
「暑い・・」
先ほどまでにかいていた冷や汗とは違う汗がだらだらと流れ出てくる。
「さて、とりあえずいろいろ見て回ろう。」
汗をぬぐいながら、広い甲板を歩き始めた。
将人は海軍軍人であった父の影響で幼いころから各地の軍港に出かけたりしていた。
その中でも威厳があり大きな主砲をそびえたたせる戦艦に憧れを寄せていた将人は戦艦が一番好きだった。
しかし、この艦は他の戦艦とは違った魅力を感じていた。
「航空戦艦か・・・どうなってるんだろう」
真之は艦橋の近くに向かった。
航空戦艦である紀伊の艦橋の上には巨大な一五メートル測距儀が置かれ、その上には敵のレーダーを探知する逆探が置かれている。
そのさらに後ろには回転式の対空電探も備えられており、この艦は一隻で最高レベルの電探が備え付けられている事がわかる。
対空電探の後ろには蜂の巣甲板を採用した煙突が傾斜で設置されており、そしてその下には防盾付きの二五mm三連装機銃三基が設置されている。
その後ろには日本海軍の最新兵器である四〇mm連装機銃が備えられている。大戦初期に鹵獲した連合軍のボフォース40mm機関砲を参考にしたもので、従来の九六式二五mm機銃と比べ格段に性能がよい。
イギリス製の毘式四〇ミリよりもすべての面において勝っている。
この紀伊には六基設置されており、紀伊の防空能力の高さがわかる。
「やっぱりほかの戦艦とは全然違うなぁ」
将人は、公園ではしゃぐ子供のように紀伊を眺めていた
以前、呉軍港に停泊していた長門などの戦艦とは違い、甲板がある分少しすっきりした印象を感じる。
そろそろ戻ろうと思い、艦内に入るための扉を探しているとき、偶然二番主砲塔の上に立っている少女を見かけた。
「・・・え?」
将人は一瞬目を疑った。戦時下の軍艦に民間人が、いや女性が乗っていることがおかしい。
さらっとした黒髪にどこかを見詰める瞳。小柄な体格で大人の女性のような魅力的な美しさではない、まるで人形のようなきれいな美しさを持つ少女。年は彼より少し下くらいの少女は海を見つめている。
彼女はどうみても軍艦に乗っているような少女では無かった。だが、着ている第二種軍装が彼女が普通の少女では無いことを思い出させる。
真之は暫くその少女に見とれていたが、直ぐに気を取り直し声をかけた。
「君、何をしているの?」
声をかけると少女は一瞬ビクッとしてこちらを見た、
少女はキョロキョロと辺りを見回して、「私?」というような目をする
「えっと、ここには僕と君以外誰もいないんだけど?」
「あのぅ・・・私が見えるんですか?」
ちょっとおどおどしたような口調で少女は聞いてきた。
「えっと、どういうこと?」
将人には少女の言っていることの意味がわからなかった。
少女は主砲塔からタンッと飛び降りると真之の近くに来た。
「たしか、坂井将人少尉・・・ですよね。」
少女は、やがてその桜色の唇を動かし、口を開いた。
「どうして名前を知ってるの?」
将人の頭は混乱していた。あったこともない目の前の少女が自分のことを知っている。
不思議な彼女の事について謎は深まるばかりだった。
少し間を置いて、少女は答えた。
「ここから見ていましたから」
「え?」
将人には全くわからない。見ていた?
必死に記憶と格闘していると、少女は今さらながら何かに驚いたのか、目を大きく見開いて将人を見る。
「坂井少尉には、私が見えるんですか?」
心底不思議そうに聞かれた。
将人にはさっきから少女が何を言っているのかわからなかった。
「少尉」
少女は凛とした声で自分の階級を呼んだ。
「ん?」
「私、さっきからここにいるんですが」
「うん」
「私の影見えますか?」
少々間が必要だったが、将人は自分の足元に影があるかどうか聞いたのだろうと解釈した。
「・・・君には影がないね。」
「でも少尉にはありますよね」
今は直射日光がぎらぎらとしていて自分の足元には大きな影が出来ている
「君は、幽霊..とか?」
「そうだったら私はお化けみたいですね。」
「だって君には現に影がないし...」
「残念ですが幽霊...ってわけではないですね」
うーん、と少し考えこんで、少女はそう結論した。
その間、将人は顔の汗を何度もぬぐった。
「すごく暑そうですね?」
少女は笑ってそう優しく言った。
「ごめんごめん。さすがにこの暑さは堪えるよ。君は暑くないの?」
「私は大丈夫です。坂井少尉はお気になさらず艦内へどうぞ」
「そうなの…?じゃあ僕は失礼するよ」
「それじゃあ」
将人は少女に会釈すると扉を開けて艦内に入った。
「さっきの子何だったんだろう?」
そんなことを考えながら将人は与えられた部屋を目指す。
いくら着任したてであるとはいえのんびりしている余裕はないのだ。
与えられた部屋に荷物を置き、航海士の集合場所へと向かう。
そこで配置や仕事内容などの指示があるのだ。
「はぁ・・・初日から疲れるな・・・」
体力に自信のあった将人だが慣れない環境では疲れは倍増するものだ。
士官である将人は個室のベッドにもぐりこむ。
今ならすぐに眠れそうだ。
しかし今夜は昼間あった出来事がずっと頭から離れなかった。
あの不思議な少女のことを思い出しながらベッドで考えこんでいるとある言い伝えを思い出した
「・・・そうか!そうだ!!」
将人は昼間の少女についての謎が解けた。
「艦魂だ」
暗い自室のベッドでそうひとりごちた。
艦魂とは、古くから船乗りの間で伝えられている伝承で、船には人格が宿っておりたいていその姿は若い女の姿をしているというものだった。
将人も海軍軍人だった父からその話をよく聞かされていた。
将人は急いでベッドから起き出し外に出る道を探す。
さっきの少女に会うためだ。
「あれ...おかしいなどこいっちゃったんだろ」
あれから何時間も経ちすでに夜も更けている。
幸いまだ消灯時間ではないので艦内をうろついても問題はないが、慣れない艦内ではまた迷子の可能性もある。
ようやく外に出る階段を見つけ外に出て昼間少女がいたところを探すが誰もいない。
「さすがにもういないか...」
どうするか...と頭を悩ませていた時、甲板の先に誰か立っているのが見えた。
もしや、と思い走り寄ると先ほどの少女が灯火管制で明かりの少ない広島の街の方向を眺めていた。
「君...っ!」
「坂井少尉...?どうされたんですか?」
いきなり声をかけられ後ろから現れた将人に驚きながら首をかしげる
「はぁはぁ・・・君は・・艦魂だったんだね・・・」
ぜえぜえ息を切らしながら将人は声を絞り出す
「はい。」
少女は昼間に将人の名を呼んだ時のような凛とした声で答えた。
「半分おとぎ話だと思っていたよ。艦魂なんて」
数瞬の沈黙のあと将人が口を開く
「そうでしょうね。見える人も多くないと聞きます」
「そうだよね。見たことあるって人にもあったことなかったし」
妙に納得しながら将人は不思議な気持ちになっていた。
父も見たことがないと言っていた艦魂に出会ったことを。
「少尉。そろそろ消灯時間ですよ。戻らなくて大丈夫ですか?」
「えっもうそんな時間?まずい初日から規則違反は御免だ」
時計の針は消灯時間ギリギリを指していた
「じゃあ戻りましょう。送って行ってあげますよ。迷子になられたら困りますし」
くす、と優しく微笑みながら少女は扉を開ける
「でもその前に。君のことはなんて呼べばいい?」
「え?」
少女は戸惑いながら首をかしげる
「これから紀伊にのるんだから仲良くなろうと思って」
将人は微笑みながら少女に答える。
「私の名前は『紀伊』です。」
「あ、そっかそうだよね紀伊の艦魂だもんね。僕は坂井将人。改めてこれからよろしくね。」
「はい少尉。こちらこそよろしくお願いします。」
改めて挨拶をすると紀伊は将人を彼の部屋へ案内するために扉の中へと入っていった。
将人も紀伊の背中を追うように歩き出す
この出会いこそお互いにとっての初めての艦魂と人間との出会いとなったのである。