とれたてみったん
「高志ーっ。奥からみかん箱ひとつ取ってきてくれー」
学校から家に帰ってくるなり、店先の親父が良く通る声で俺に向けて怒鳴った。
「りょーかい。凄いな。もうひと箱売り切ったんだ」
現在ウチの八百屋では、近所にできた大手スーパーに対抗して、絶賛みかん安売りセール中である。みかん程度で客寄せになるとは思っていなかったが、意外な売れ行きに俺は少し感心した。今は客が見当たらないけどな。
「売ったというか、店の前通る人に無料で配ったんだ」
――って、おいっ。
「はっはっは。これでスーパーでみかん買う客もいなくなるだろう」
豪快に笑う親父に背を向けてため息をつくと、俺は倉庫に向かった。奥の薄暗い小さなスペースには大量一括仕入れのみかん箱が山積みになっている……はずだった。
「……なんじゃこりゃ」
みかん箱はあった。ただ山積みではなく、肝心のみかんが抜かれた状態で、ばらばらに散らばっていたのだ。
まさか泥棒か? みかん泥棒……ってそんなのいるわけな――っ
変なのがいたよ……
倉庫の奥の茣蓙の上、大量のみかんに囲まれて、小学生低学年くらいの奇妙な少女が正座していた。みかん柄の和服姿に、薄緑色の袴。おかっぱ頭のてっぺんに結ばれた同じ薄緑色のリボンが、みかんの葉っぱのように見えた。
少女は俺に気づいた様子も見せず、目の前に転がっているみかんを一つ、小さな両手で取った。そしてみかんを顔の前に持ってゆき匂いをかぐ。少女は小さくうなずくと、彼女から見て右側に置く。そこには大量のみかんが山積みになっており、その山の前には黒ペンで「おいしいの。」と書かれた紙切れが置かれていた。少女から見て左側にも同じようなみかんの山ができていて、同様に紙が置かれていた。こちらは「いまいちの。」と書かれている。
ちなみに、みかんの山は「おいしいの。」の方がやや優勢だ。大量一括仕入れの安売りみかんだが、品質はそれほど悪くなかったようだ。親父にしては珍しく、良い品を仕入れたようだな。
「……じゃなくて! 誰だお前はっ」
俺の声に、少女はようやく俺に気づいたようだ。
「わっ、わっ。す、すみません。お邪魔しています。私、みったんと申しますっ」
慌てて立ち上がって頭を下げる少女。身長は130センチほどだろうか。
「い、いや。ご丁寧にニックネームを名乗られても」
少女は頭の上のおっきなリボンを揺らしつつ、不服そうに頬を膨らませた。
「本名ですよ」
そうなのか?
まぁそれは置いておくとして……
俺は少女を前にして言葉が詰まった。言っておくが一目惚れじゃねぇぞ。つっこみどころが多すぎて、なにから質問していいかわかんねーんだよ。
「とりあえず年齢と職業は?」
「えっと、年齢は非公開設定です。職業はみかん柑橘系のマスコットキャラクターをしていますっ」
「…………」
これは、答えなのか?
「普段は和歌山県湯浅町のとあるお店で働いているのですが、休暇をいただいたので小旅行していました。その道中、ついみかんの香りにに引き寄せられて……こう、つつつっと」
みったんとやらは片足で立って、身体を斜めに傾け軽くジャンプしながら横に移動した。これが「つつつ」らしい。
「とあるお店って、お前んちも八百屋なのか?」
「いいえ。800年の伝統を誇る醤油屋さんです」
「柑橘系マスコットキャラなのにっ?」
よくわからん。
「さて、じゃあ、この床いっぱいに積まれているみかんの山は何なんだ?」
「それは、つい本能的に……。私得意なんですよ。美味しいみかんとそうでないみかんを仕分けるの」
「なるほど。さすがにみかんのマスコットキャラクターだな。だが……」
俺はびしっとみったんを指差した。
「『いまいちの』の評価されたみかんの気持ちはどうなるっ?」
がーん、とみったんが崩れ落ちた。
ふっ。勝った。
「私としたことが、間違っていました。美味しくないみかんも酸っぱいみかんも腐ったみかんも、全部みかんですよね!」
「いや、腐ったみかんは一緒にしちゃだめだけど」
八百屋として。
「それにしても素晴らしいみかんの品ぞろえです! もしかしてみかんマイスターさんですか?」
なんじゃそりゃ。
「そーじゃねーよ。まぁちょっとした事情があってだな」
近所にできた大型スーパーに客を取られ、親父が家族の反対を押し切ってみかんセールを始めたことを話した。すると、みったんは「はいっ」と手を挙げて発言した。
「大手スーパーに対抗するためには、イメージキャラクターを用意して知名度・愛着度で勝負するといいと思いますっ」
「なるほど確かに一理あるかも……」
「たとえば、萌えキャラとか」
「――だが、お前が言うなっ」
と俺がつっこみを入れたときだった。
「高志ーっ」
店の方から野太い叫び声が届いた。
いけねっ。親父のこと、忘れてた。
「それでは私は失礼します。紀伊半島にいらっしゃったときは、是非お店まで足を運んでくださいね。そうそう、いんたーねっとで通販もやってますよー」
「はいどうも。っておいっ、このみかんの山を片づけてから行けよなっ」
俺はとりあえず「おいしいの。」のみかんを数個手に取ると、みったんに背を向けて店にダッシュした。
「何をやってたんだ、おい」
相変わらず客のいない店内で仁王立ちしている親父に、俺は手にしたみかんを一個手渡した。
「まぁまぁ、これ美味いらしいぜ。マジおすすめ」
「ほぉ。それなら味見用に剥いてみるか」
親父が野太い手で器用にみかんの皮をむく。
俺は閑散とした店内を眺めながらぼんやりと考えていた。家業を継ぐつもりは今のところないが、経営不振で店がつぶれてしまったら、これからの生活が大変だ。
「おお、確かに美味い。さすが俺が仕入れたみかんだな。それに高志も、果物の善し悪しを見分けることができるようになったか。うむ。これで後継も安心だな」
「勝手に継がせるなっての。それにこれは俺じゃなくて……」
「ん? どうした」
「……いや」
振り返った倉庫の奥に、みったんの姿はもうなかった。
俺は親父を適当にあしらって倉庫に戻った。
みかんの山はなくなっており、ばらばらになっていた空き箱にしっかりと入れられ、倉庫の奥に丁寧に積まれていた。元通りの光景。先の出来事は、すべて夢だったのでは、と疑いたくなるくらいだ。だが俺の手には、「おいしいの。」のみかんが確かに存在している。
そのみかんを頬張りつつ、俺はぼんやり考えた。
「イメージキャラクター、か」
親友に漫画みたいな絵を描くやつがいる。作ってみてもいいかもしれないな。
モチーフは、醤油っぽい女の子で。
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※注
・みったん
某醤油屋のマスコットキャラクター。公式設定では,「素朴で天真爛漫な性格」でもって、「みかん・柑橘類系商品のイメージキャラ担当」ということらしい。なお,「とれたてみったん」とも言われるが、これはオリジナル商品シリーズの愛称・ブランド名を指す。
出典:ニコニコ大百科より
ネットで拾ったとある画像から創作意欲を頂き、話にしました。
なお、作中で表現したとある画像はこちらになります。参考にどうぞ。
http://danbooru.donmai.us/post/show/433487