第三章 — 皮膚の下で、火が鳴る
街は、翌日の顔をしていた。
静かだ。
でも、気を抜いていない。
露店は数が減り、声は低い。
歩く者は、一度は後ろを見る。
石畳の血は洗われた。
記憶は残る。
リリア・ヴェンスは城壁沿いの通路を歩いていた。
市場から離れても、空気が重い。
息が、詰まるほどじゃない。
でも、軽くもない。
「……嫌な感じ」
独り言だった。
剣より先に、気配を見る。
それが、彼女が生き残ってきたやり方だ。
今日は特に。
世界が、薄い皮一枚で裂けそうに思える。
◆ 灰の痕
安宿の一室。
銀色の瞳をした青年が、目を開けた。
天井。
知らない染み。
喉の奥が、じん、と熱い。
夢の中では、火があった。
燃え広がる火じゃない。
皮膚の内側で、鳴る火。
青年は上体を起こし、荒く息を吐いた。
「……またか」
磨かれた金属片を手に取る。
鏡代わり。
喉元。
昨日より、はっきりしている。
灰色の痕。
火傷じゃない。
刺青でもない。
それでも、消えない。
青年は名を名乗らない。
名は、縛りだ。
ローブを羽織る。
布が、体に馴染む。
外で、街が動き出す音がする。
荷車。
呼び声。
金属。
その奥。
何かが、近づいてくる。
皮膚の下で、火が跳ねた。
◆ 見てしまった子ども
リコは昨日より静かだった。
噴水の縁じゃない。
建物の影。
玩具の竜を膝に置き、角をなぞる。
少し欠けている。
隣で、ハリックが荷をまとめていた。
「……昨日の人、死んだんだよね」
声が小さい。
「そうだ」
「悪い人だった?」
ハリックは、すぐ答えなかった。
尾が、揺れる。
「……分からない」
「でも、悪い場所にいた」
リコは考える。
眉が寄る。
「じゃあさ」
「僕も、そこにいた」
「僕も……?」
「違う」
即答だった。
「お前は、見てただけだ」
リコは、竜を見る。
「見てただけでも」
「起きること、あるんだね」
ハリックは、何も言えなかった。
◆ 広がる噂
昼過ぎ。
街のあちこちで、小さな話が転がり始める。
粉売り。
星刺繍のローブ。
銀の目の若者。
どれも曖昧。
どれも、決定打がない。
でも、一つだけ同じ。
火を使わずに、燃やす。
ソリンは書類を閉じた。
深く息を吐く。
「……嫌な符号」
混乱は見慣れている。
でも、これは整いすぎだ。
火種が、置かれている。
街の、奥に。
「探しなさい」
執行官に告げる。
「名も身分も要らない」
「灰の痕を持つ者を」
◆ 視線
夕刻。
銀の瞳の青年は、人混みにいた。
ぶつからない。
覚えられない。
でも、確実に進む。
周囲だけ、空気が冷たい。
視線を感じる。
屋根の上。
エルフの女。
剣士。
互いに、何も言わない。
その瞬間。
喉の痕が、熱を持つ。
リリアは分かった。
――人間じゃない。
青年が、わずかに口角を上げる。
「……見つかったか」
挨拶じゃない。
挑発でもない。
確認だ。
街の下で、火花が散り始めている。
まだ、炎じゃない。
でも。
燃える準備は、もう始まっていた。




