なんで私じゃないの?
渾身の力を込めた俺の剣が、魔王の防御障壁と激突する。
かつて絶望した鉄壁の障壁。
だが今日の俺には、薄氷の如く脆く感じた。
体の奥底から、力が無尽蔵に湧き上がってくるのだ。
——届く!
勇者としての誇りをかけた一撃は、ついに魔王の喉元を貫いた。
☆
凱旋パレードは歴代でも最大のものとなった。
誰もが興奮して、花道を歩く俺たちに手を振ってくる。
こちらが右手を挙げて応えれば、地鳴りのような歓声がわきあがった。
「ふふ、凄い人気ですね。さすがリュウゼル様です」
パーティメンバーの一人で回復職のフィリナが、天使の微笑みをする。
俺と同い年の二十四歳。
清楚系で可愛らしくて、俺は彼女のことが心から大好きだ。
「やっぱりリュウゼル様が一番人気ですね」
「そりゃ王子で勇者でイケメンだもんよ。俺たちとはまず身分と顔面力が違う」
同じくメンバーのロウヤとオウゼンが俺のことを立ててくれる。
「加えて魔王軍の将軍クラスはすべてリュゼル様が撃破ですし」
「だな。俺たちはなにもできず、情けない……」
恥じ入る二人の肩に、俺は優しく手をかける。
「なーに言ってんだよ。俺一人だったら、魔王にたどり着けもしなかったさ。お前らのおかげだ。ありがとな」
感謝を告げると、二人とも照れくさそうに笑顔を作った。
メンバーはあと一人いる。
振り返って最後尾を歩く彼女を確認したが、笑っているのか不明だ。
顔が見えないから。
前髪が非常に長く、顔面を完全に隠してしまっている。
「ミザリー、君も楽しんでくれてるよな?」
ミザリー・オーディンは優れた魔術師なのだが、少々コミュニケーションに難がある。
それゆえ、メンバーであっても俺以外はまともに意思疎通をはかれない。
コクリ、とわずかに頷いてくれたので喜んでいるのだろう。
大いに盛り上がった凱旋パレードを俺たちは心から楽しんだ。
お祭り騒ぎから一週間後。
王都も落ち着いてきたところで、もう一つ盛り上げる発表を行うことにした。
大勢の人の前で、結婚の発表を行う。
「俺は来月、結婚します。相手は彼女です」
パーティメンバーの中から一人が楚楚として動き出す。
「わたしなどが、リュウゼル様のお相手として相応しいかどうか……」
フィリナはどこか遠慮がちだったので、彼女の肩を抱き寄せる。
「相応しいかどうかは、みんなの顔を見ればわかるだろ」
王族や貴族、有力商人たち。
なにより苦楽を共にしたメンバーが満面の笑みを湛えている。
ミザリーだけはわからないが、多分祝福してくれているだろう。
「……はい。わたし、リュウゼル様の妻になって生涯支えたいと思います」
その宣言に場がわき上がる。
みんなに見守られる中、俺たちは誓いの口づけを交わした
父親である王の涙腺が緩む。
「おぉ、リュウゼルよ、よくぞここまで立派に……。お主らが未来の王と妃だ」
「父上、気が早いです。なにより俺は第三王子です。兄たちの方がふさわしい」
謙遜ではなくて、本気でそう思っているのだが、兄二人も父の意見に賛同する。
「おれたちじゃない。お前がふさわしい」
「そうだよリュウゼル。君が王の器だ」
まいったな。
俺は後頭部を指でポリポリとかく。
正直、せっかく自由になれたのだ。
すぐに王の座について色んな制約がつくのは避けたかった。
「俺も、もう少し休みたいんです」
「わかっておる。数年後の話だ。彼女と一緒に旅行にいくのもよいだろう」
俺は父に感謝の言葉を述べて、もう一度フィリナに口づけをした。
☆
なにもかもが順調だった。
結婚式の準備も滞りなく進み、国をあげての挙式になるのも間違いない。
フィリナと同棲を始め、一足先の新婚生活を始めた。
「はい、リュウゼル様。あーん」
「あ〜ん」
口を開けてフィリナの作ってくれた料理をあーんしてもらう。
少し前まで勇者をやっていたとは思えないほどのバカッぷりだが、二人きりの空間だからいいんだ。
しばらくイチャイチャしていると、フィリナが出かける準備を始める。
「また今夜も出かけるのか?」
「病気のみなさんを放ってはおけません。先に眠っていてくださいね」
回復魔法の名手ということもあり、彼女を求める声は少なくない。
それに応えて、毎晩のように人々を治癒して回る。
帰ってくるのも朝方になることだって多い。
遊び回っている俺とは大違いだ。
彼女が出かけた後、ベッドに横になって瞳を閉じた。
——ぴちょん
……なんだ?
ぴちょん、ぴちょん。
顔になにか液体のようなものが当たった感じがして、目を覚ます。
長い前髪が俺の視界を覆うようにしている。
すぐに、誰かに乗っかられているとわかった。
「ご、強盗か!?」
「……なんで?」
「え?」
「なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでぇ私じゃないのぉぉぉぉ——」
魔王軍の誰と戦ったときよりも深い恐怖が俺を支配する。
……殺される。
そう悟った俺は死ぬ気で腕を払って、マウントポジションから逃げ出す。
すぐに壁にかけていた剣を取って構えるが、相手を見て力が抜ける。
「——は? お前、ミザリーか?」
「……ひっく、えっく……ひっく……なんで私じゃないの」
「私じゃないって、どういう意味なんだよ」
「なんでリュウちゃんの結婚相手が……私じゃないの……」
衝撃を受けるポイントは二つあった。
まず俺のことをリュウちゃんと呼んでいること。
そして異性として俺を見ていたらしいこと。
「俺のことが好きで、俺と結婚したかったという解釈でいいか?」
ミザリーはコクリと首肯した。
意味不明すぎて膝が震えてくる。
「リュウちゃんがあんな女に取られるのだけは、絶対に許せない」
「フィリナをあんな女呼ばわりは、さすがに見逃せないぞ」
「……いまからでも考え治してほしい。私と幸せな未来を作ろ?」
「ふざけるな、なんでお前なんかと結婚しなきゃいけないんだ!」
感情的に怒鳴りつける。
言い切ってから、お前なんかはさすがに悪口が過ぎたと後悔する。
ミザリーはしばらく動かなくなった後、音もなく踵を返す。
とても寂しそうな背中で、思わず声をかけてしまう。
「……すまん、さすがに言い過ぎた」
「また来るね、リュウちゃん。私は諦めないから」
頼む、そこは諦めてくれ……。
彼女が出ていった後、すぐに鍵をロックする。
一晩中、武器を抱きしめながら眠った。
翌日の昼、町中を歩いていると、背後から歪な視線を感じる。
振り向くと、建物の影にミザリーの姿を確認できた。
「勘弁してくれ……」
追跡を振り切ってやろうと、全力で走り出す。
魔術師の体力では追いつけるはずがない。
町中にある橋の前で背後を確認すると、ミザリーの姿はない。
安堵の息を漏らしながら前を向く。
「うわああああ!? なんでいるんだよっ!?」
橋のド真ん中に彼女が立っていたのだ。
しかも、息一つ切れていない。
意味がわからなかった。
「リュウちゃん、どうしても私と結婚したくない?」
「したくない」
即答すると、彼女の方から鼻をすする音が聞こえてくる。
顔は見えないけれど、泣いていると推測できた。
「……じゃあせめて、フィリナとは別れて」
「なんで別れて欲しいんだ?」
「嫌いだから」
「なぜ嫌いになれる? あんなに良い子を」
この問いには応えず、ミザリーは短めの杖を取り出す。
彼女が魔法を使うときのものだ。
こちらも反射的に剣を抜く。
「リュウちゃんの分からず屋。無理矢理にでも従わせる」
「勝てると思うのか。俺の絆魔法はまだ健在だぞ」
俺の固有魔法【絆魔法】は、決めた相手との関係性をパワーに変える。
現在の対象はパーティ四人にしてある。
仲間と心から信頼していれば、あらゆる面で能力がアップし、逆に信頼が薄ければマイナス効果で非常に弱くなる。
ミザリーとの関係は悪いのでマイナスだが、他の三人との情に変化はない。
十分戦える。
「リュウちゃん、なんでまだ絆魔法解除してないの……?」
「解除する必要ないだろう。俺を強くしてくれるんだから。それに解除するにも決定から完了まで三日かかるんだよ」
「わかった。リュウちゃんを傷つけたくなかったけど、本当のこと教えてあげるね。かかってきて」
「お前と手合わせをするのは初めてだな。手加減はしないぞ!」
地面を強く蹴り出す。
同時にミザリーは障壁を張った。
俺とて、彼女を本気で斬るつもりはない。
障壁を破壊し、実力をわからせる。
袈裟斬りがいい角度で入っていく。
無残に砕け散ったのは障壁——ではなく俺の剣だった。
「なん、で……!? 魔王の障壁だって破ったのに……」
「うん、かっこ良かったね。でもあれは、私が魔力を貸してたんだ」
「ハ? ミザリーが? 俺に?」
「魔王戦だけじゃない。ずっと、そうしてた。リュウちゃんは絆魔法のせいで、すごく弱くなっていたから」
言ってることに頭が追いつかない。
絆魔法は俺を強くするもので、弱体化させるためのものじゃない。
心臓が早鐘を打つ中、ミザリーのトーンが同情染みたものになる。
「絆魔法は双方向で信頼しないとダメ。リュウちゃんは信用してたけど、あいつらは馬鹿にしてた。だから弱体化するの」
「婚約破棄させるための嘘だ」
「信じて」
「信じられるか! 俺は、お前の笑顔一つだって目にしたことないんだ。あいつらの笑顔を信じる!」
自分でも驚くほど強い口調だった。
怒りが伝わったのか、ミザリーはうつむいたまま静かに去っていった。
すぐさま、城にいる剣術指導の先生のもとへ向かう。
彼に俺の剣の素振りを見てもらう。
「どう感じますか?」
「ふっ。殿下もそういう冗談をやるようになったのですね」
「冗談?」
「……え!? あっ、いえ、あの、先ほどのは全力で……?」
これ以上は聞く必要がなくなった。
魔王を倒せたとは信じたい剣──
そう感じていたのは明白だった。
自宅に帰ると、フィリナが帰っていた。
ミザリーの件はまだ話さず、彼女についてどう思うかを尋ねてみた。
「ミザリーさんですか……。一言も話したことはないですけど、すごい魔術師なのはわかります」
「一言も話したことがない?」
「逆にリュウゼル様は、会話したことがあるのですか?」
あるに決まってるだろ。
喉元までそう出かけたが、ここで重大なことに気づく。
あいつは、俺と二人のとき以外は絶対に声を発することがなかった。
誰かが来ると、急に無言でのジェスチャーに変えていた。
「私たち三人は、彼女は喉が潰れていると思っていました」
「ミザリーは変わってはいるが、普通の子だ。ただ、変なことを言い出してる」
思い切って、ここ最近の出来事を伝えてみた。
三人が俺のことを小馬鹿にしていたという話も含めて。
フィリナは口元を引き結び、眼光鋭く前を見据える。
こんなに怒った顔は初めて見た。
「……リュウゼル様を奪いたいのですね。だから嘘の刷り込みを。絆が弱まっていたとすれば、彼女が原因です」
「どういうことだ?」
「リュウゼル様の絆効果は、結んだ者全員の関係性が重要になります。彼女がわたしたちを嫌っていたとすれば、弱体化も納得がいきます」
俺と彼らではなく、メンバー間の感情がマイナスに作用していたと。
フィリナは付け加える。
「正直、嫌悪は彼女の一方通行ではないかもしれません。わたしたちも、彼女は苦手でしたから……」
頭を殴られたような感覚だ。
親友とは言わずとも、最低限の信頼はあると信じていたから。
本当はいがみ合っていたのに、俺一人だけお気楽に旅をしていたことになる。
「わたしたちがリュウゼル様をお慕いしていることに嘘はありません。彼女もおそらく、本当に好きなのでしょう。彼女はいま、どこにいますか?」
俺は首を左右に振る。
本当にわからないのだ。
仲間に誘ったときも、ミザリーは住所不定だった。
「どうか、惑わされないでください。わたしは心からリュウゼル様を愛しております。ミザリーさんには負けたくありません」
「ああ、わかってるよ。わかってるんだ」
そんなことは。
その夜は、今後のことについて方針を決めた。
ミザリーがやってきても取り合わないこと。
しつこいときは、不敬罪を含めた処罰でもって対処する。
曲がりなりにも王子なので、その辺の権力はある。
無論、それは最悪の事態の話だが……。
☆
一週間が経ってもミザリーは姿を見せなかった。
橋の上での一件がよほど堪えたのかもしれない。
もう忘れたいはずなのに、気づくと俺はまたあの橋の上にきていた。
午前中の青空を、ぼんやりと眺める。
「俺って、なんなんだ一体」
自分の絆魔法すら、きちんと理解していない。
だから誰のことを信じていいのかの判断もつかない。
「あの……」
横から声をかけてきたのは、若い女性だった。
「ああ、サインかな」
王都を歩けば日常茶飯事だ。
それにしても美人な子だな。
透き通るような白皙で、葡萄色のつぶらな瞳。
小顔で輪郭も良く、非の打ち所がない。
「なにに書けばいい?」
「……えと、リュウちゃん、私だよ……」
俺のことをリュウちゃんと呼ぶ人間は、この世に一人だけだ。
「ミザリーなのか!?」
コクリ、とうなずく仕草は間違いなく彼女だ。
顔を隠していた前髪はばっさりと切られている。
あのメドューサみたいな毛髪も、お洒落で艶々のボブヘアーに変わっていた。
「顔が見えないと、信用できないって、言ってたから……」
指をモジモジと動かし、視線はあちこちを彷徨っている。
緊張と恥ずかしさは十分伝わってくる。
依然と比べると、明確に可愛いと感じる。
でもそれは、あくまで外側だけの話だ。
「いくら可愛くなっても、俺は騙されないぞ」
「騙す? 私がリュウちゃんを?」
「絆魔法のことだ。ミザリーとフィリナたちの仲の悪さが、俺を弱体化させていた」
「違うよ! リュウちゃんの魔法に私たちの感情は関係ないよ!」
俺は顔を背けてミザリーと目が合わないようにする。
「どうであれ、俺の気持ちは変わらない。君と付き合うことはない」
「……じゃあ私と結婚しなくてもいい。でも彼女と結婚はやめてほしい」
「フィリナは毎晩、患者のために身を削って治療を行うような子だぞ」
「……リュウちゃん、やってないよ。あの人、治療なんてしてない。下品に遊んでるんだよ」
頭に血がのぼっていくのを感じる。
誰だって自分の婚約者を下品呼ばわりされたら、そうなるだろう。
ミザリーが俺との距離を詰める動きをしたので、すぐに剣を抜いて牽制する。
「近寄るな。誰が許可したんだ?」
「リュウちゃん……」
「その呼び方もやめてくれ。俺は仮にも王子だぞ。殿下と呼べ」
人生で誰かにその呼び方を強制したのは初めてだった。
剣を鞘に収めて、ミザリーに背を向ける。
歩き出しても声がかからないので、背後を一度だけ確認すると、目尻に珠の涙を浮かべていた。
なぜか胸が苦しくて、喉元が締まる。
魔王は倒した。
でも魔王が生きていたときの方が、俺は幸せだった。
空虚な時間が流れていく。
旅の思い出の数々が脳裏を流れては止まらない。
気づけば、夜になっていた。
せっかくフィリナが作ってくれた料理も喉を通らない。
「体調が優れないのですか? 魔法をかけますね」
「いや、それには及ばないよ」
自分の心の問題であり、これ以上誰かに迷惑をかけるのは心苦しい。
彼女の出かける準備を眺める。
「今日は早めに戻ってきます。ゆっくりと休んでくださいね」
「フィリナも無理しないでくれ」
彼女が出ていった後、壁に掛けてある剣に手を伸ばす。
それを腰に帯びて、静かにドアを開ける。
姑息だとは思ったが、それでもフィリナを尾行することにした。
どうしても真実が知りたかった。
「──廃墟?」
ぼそりと呟いた独り言が夜風に流れる。
いまは誰も住んでいない家に、フィリナが入っていった。
より慎重に、音を殺して後を追う。
ドアを開けて、廊下を忍び足で進む。
半開きになったドアの奥から光が漏れており、声が聞こえてくる。
「ミザリーは見つかったの?」
フィリナが誰かに話しかけている。
「どこにもいねぇ。あんな見た目だし、すぐに見つかると思ったのによ」
この話し方は、オウゼンで間違いない。
「見つけたとして、僕らで勝てますかね。彼女はあのボンクラ勇者と違って、本当に強いですから」
ロウヤの発した言葉に心拍数の加速が止まらなくなる。
ボンクラは俺のことだろう。
いや、それより三人はミザリーを襲うつもりだっただと……。
「あーあ、面倒よねえ……。あとはあの馬鹿と結婚して、大金を得る予定だったのに」
指が掌に深く食い込むくらい、俺は強く拳を握りしめた。
「あいつには、気づかれてねえだろうな?」
「平気よ。テキトーに愛してるとか言っておけばなんとかなるし」
「まあ脳天気だしな。いつも英雄気取りで剣を振り回して。俺たちが心の中で馬鹿にする度、動きが鈍るのは面白かったな!」
「傑作でしたね〜!」
ドッと三人の笑い声が重なる。
全身の血が逆流するような感覚を覚えた。
本当の敵は身近にいたのだ。
ごめん、ミザリー。
お前が正しかった。
「……で、いつやるんだ。結婚式の後か?」
「そうね。幸せの絶頂で毒を盛って、病死扱いにするわ。魔王の呪いを受けていたことにするの」
「いいですね。僕らで口裏合わせればいけますよ」
「その後は、悲劇の未亡人として王家から金を引き出すわ」
どうやったら、ここまで腐れるのか。
絶望に支配されて座りたくなったが、逃げなければまずい。
ギシッ。
最悪なことに、古い床が鳴ってしまう。
「誰だ!?」
三人が勢いよく飛び出してくる。
「リュウゼル……様っ!? どうしてここに?」
フィリナの態度もいまとなっては安く映る。
「ボンクラの馬鹿で悪かったな」
剣を抜く。
ここから逃げるにはもう戦うしかない。
オウゼンやロウヤは、やっちまったと手で目元を押さえている。
「こうなったら、仕方ねえ。捕らえるぞ」
三人が襲いかかってくる。
歯を食いしばって、死ぬ気で抵抗した。
が、絆魔法で弱体化している俺では勝ち目などなかった。
痛めつけられて、部屋の中に連れ込まれる。
「……フィリナ、俺に対するすべてが嘘だったんだな」
フィリナは深いため息をつく。
「当たり前でしょ。王子で勇者だから清楚なフリしてただけよ。それがなければ、あんたに価値なんてないわ」
悔しいけれど、なにも言い返せなかった。
「こいつ、もう殺すしかねえよな」
「やりましょう。そうしなければ、いずれ王族に我々が殺されます」
「ってわけだ。悪いが死んでくれ、しょぼい勇者さんよ」
オウゼンが俺の首を狙って、素早く剣を振り下ろす。
こんなんで俺の人生は終わりか……。
しかし凶刃は、急に変な軌道を描いて吹き飛ぶ。
どこからか飛来した光線が直撃したのだ。
「なによ、いまの!?」
「リュウちゃんに、なにしてるの」
部屋の外に、杖を持ったミザリーが立っていた。
「……ミザリー、来るな。逃げて、王家に知らせてくれ……!」
声を絞り出す。
いくらミザリーでも、こいつら三人を同時に相手にするのは厳しい。
「あんた、ミザリーなの? 嘘でしょ……」
フィリナたちが髪を切ったミザリーの姿にショックを受けている。
オウゼンが落ちている剣を拾いながら言う。
「お前、そんなに美人だったのかよ。なんで顔を隠す必要があったんだ」
「うるさい。お前たちと話なんてしたくない」
「ああそうかよ——」
目配せをして、三人は陣形を作る。
オウゼンとロウヤが左右に開き、ミザリーを牽制する。
さらに妙な動きをしているフィリナを俺は視界の端に捉えた。
口元には薄い笑み。
ミザリーから見えないよう後ろに回した手に、攻撃魔法の光が収束していく。
まずい……。
近接と遠距離。
このままでは、ミザリーがどちらを倒しても残った方に討たれる。
「わたしより綺麗になりやがって。殺してやる」
小声で醜悪な言葉をつぶやく。
……させるか!
体は鉛のように重く、激痛も酷い。
それでも彼女を死なせたくない一心で立ち上がる。
オウゼンたちがミザリーに斬りかかる。
同時にフィリナが腕を前に出して、攻撃魔法を発射しようとする。
「——ォオオオオ!」
獣が如く咆吼をあげて、俺はフィリナのがら空きの背中に一太刀入れる。
「ぎゃああああああっ!?」
汚い絶叫。
くそ、力が足りなくて浅かった……。
それでも鮮血が舞い、フィリナの魔法を中断することには成功した。
「痛い痛いっ! なんでゴミが動いてんのよっ」
フィリナは振り向きざま、高速で発動できる氷柱状の魔法を撃ち出す。
左腕でそれを受ける。
氷柱が刺さったまま、右手の剣の柄をフィリナのみぞおちに叩き込んだ。
すると短い悲鳴を上げ、気絶した。
俺もまた限界で床に倒れ込む。
「おいフィリナ!?」
オウゼンとロウヤが気を取られた刹那、二人の太ももを光線が貫く。
「ああぁっ……!?」
二人とも耐えられず、すぐに転倒した。
不思議なことに痛がっていたのはほんの数秒で、すぐに深い眠りに落ちてしまった。
「催眠効果を付与した」
ミザリーは急いで俺のもとにきて、抱き起こしてくれる。
「リュウちゃん……殿下、大丈夫?」
「なんで、ここがわかった?」
「私、昼にあんなこと言ったから……。リュウちゃん殿下がフィリナを追うかもしれないと思って」
「俺を尾行してたと?」
コクリ、と申し訳なさそうにうなずくミザリー。
急に愛おしさが沸いてきて、彼女の頭を撫でる。
「やっぱ殿下はいらないや」
腕の氷柱を抜こうとするが、ミザリーに止められる。
「私に任せて」
彼女が手をかざすと淡い光が生まれ、氷柱が溶け出す。
それどころか傷口も一瞬で塞がった。
「回復魔法も使えたのか……」
「あまり得意ではないけど」
「十分すごいよ。ありがとう」
腕も良くなったので、自分の足で立ち上がる。
床に倒れた三人の顔を順に見ていく。
こみ上げてくる感情を抑えられず、俺は壁を殴りつけた。
視界がゆがみ、床に涙の跡がいくつもできる。
「こいつらはクズだけど、ミザリーのことを理解していた。ミザリーも、こいつらを理解していた。俺一人だけが、誰のこともわかっちゃいなかった」
ふいに引かれる感覚あって確認すると、ミザリーが俺の服の裾をつまんでいた。
「リュウちゃんはなにも悪くない。私はちゃんと知ってる」
「……ミザリーは、俺みたいな男のどこを好きになったんだ?」
「私は幼い頃に虐待されて育ったから、人のことが怖いし嫌い。だから前髪で顔を隠してたけど、みんな気持ち悪がる。でもリュウちゃんだけは声をかけてくれて、仲間にも誘ってくれた」
ミザリーの方に体を向け、俺は本音を伝える。
「俺は英雄になりたかった。その私利私欲のために、ミザリーの力を求めただけなんだ」
「魔王が討たれてみんな喜んでる。どんな理由で魔王を倒したとしても。私も同じ。そうしてくれたことが嬉しかった」
こちらの目を見つめながら、ミザリーは初めての笑顔を見せてくれた。
「傷つけるようなこと色々言って……本当にごめん」
理性を飛び越えて、気づくとミザリーを抱きしめていた。
あれだけの強さが嘘に思えるほど、細くて華奢な体だった。
「うん、許すよ」
背中に回されたミザリーの腕に優しく力が入っていく。
体の奥深くにつけられた傷ごと、許されている気がした。
☆
三人は死罪となった。
死ぬ前に泣いて命乞いをしたり、後悔を口にしたり、開き直って悪態をついたりと酷かったらしいが、俺はその様子を一切知らない。
処刑の場に居合わせなかったからだ。
醜悪な奴らだが、首を切られるシーンを見たいとは思えなかった。
混乱を避けるため、世間には三人は旅に出たと発表された。
「……そろそろか」
事件から一週間後、まだ夜があけきらない薄暗い中を歩く。
最低限の荷物を詰めたリュックを背負い、腰にはしっかりと剣を帯びている。
俺は、国を出ることにした。
父上や兄上には止められたが「世界を回りたい」と押し切った。
本当は、ここに染みついたフィリナたちの記憶から離れたいだけもしれない。
「リュウちゃん、遅かったね」
城門の前で、ミザリーが待っていた。
フードを深めに被っているが、口元が緩んでいるのがわかる。
「悪いな。父上たちへの挨拶が長引いた」
「いいの、待ってる間も幸せだったから」
二人だけの旅は初めてなので、お互いにわくわくしている。
「父上が戻ってきたら、王と妃の座を渡すってさ。……戻ってくるか、わからないのに」
「先のことは考えないで、目の前のことを楽しもうよ」
「その通りだ」
口角を上げて、うなずく。
門番に身分証を見せ、二人一緒に外の世界へ踏み出す。
朝焼けが大地を照らし始めていた。
幻想的な光景を前に胸が高鳴る。
「少し走るか」
「あっ、待ってよ!」
そう長くない距離を全力疾走してみる。
「……あれ?」
すぐに気づいたのは、全然息があがらないこと。
羽が生えたみたいに体も軽い。
試しに剣を振れば、風を切る音が以前とはまるで違う。
魔王を倒したときですら、ここまで力が漲ることはなかった。
「もしかして、これが絆魔法の本来の力なのか……」
「いまは私だけだから。純度100パーの愛の力」
ミザリーが俺の腕にそっと抱きついてくる。
彼女の体温を心地良く感じながらも、驚きは隠せなかった。
まさに諸刃の剣だったんだな。
「もし私みたいなのがあと数人いたら、リュウちゃんは世界征服もできるよ」
「俺が次の魔王に……? フッ、なら世界を手に入れてしまおう。ついてくるか?」
「どこまでもついていくよ」
顔を見合わせて、一緒に破顔する。
世界なんて欲しくはない。
もっと大切なものを手に入れたから。
正直、心の傷痕はまだ痛む。
でも、俺の手を引くこの小さな手が離れない限り、もう二度と道を間違えることはない。
「冒険の始まりだ。準備はいいな、ミザリー」
「うん! ……あ、でもリュウちゃん。もし他の女と仲良くしたら、絆が沸騰して爆発するからね」
「呪いかよ!?」
まあこんな感じで、俺たちはゆっくり進んでいけばいい。
彼女の小さめの歩幅に合わせて、歩調を緩める。
ようやく昇ってきた太陽が、痛いほどに指を絡ませた俺たちの手を照らし始めた。
終わり




