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オンラインにいない君へ 〜第一章〜

学校という場所には、光と影が同じ数だけ存在している。

笑い声が響くその裏側で、

静かに息を潜めている誰かがいる。


私は、その「静かな誰か」を、

ずっと見ていたような気がする。

教室の窓の外から、

あるいは机の下の暗がりから。


不登校という言葉は、

単なる「欠席」ではない。

そこには、誰にも見えない戦いがあり、誰かに見つけて欲しいという祈りがある。


この物語の主人公・真尋は学校に、

「行けない」ことを恥じず、

「行かない」ことを選べずに揺れる。

その揺れの中で、真尋は自分の影と向き合い、

世界に“見られる”ことを少しずつ受け入れていく。


物語の登場する凛や“白いアイコン”は、

現代社会の中で私たちが知らず知らずのうちに持ってしまう

「他人の視線」や「もう一つの自分」の象徴でもある。


誰かからのいいねの通知を待ちながら、自分の存在を確かめようとする私たち。

その光の中には、暖かさと同じくらいのの孤独が潜んでいる。


この小説は、そんな光と影の間を歩む物語です。

“生きづらさ”という言葉に名前うぃつけるのではなく、

その感情を、ただ一緒に見つめていたいと思って書きました。

また物語内の真尋の心情には過去実際に不登校だった私の感情を吹き込んでいます。

実際の不登校生と思って読んでみてください。


もしあなたが今、誰にも届かないと思っている場所にいるのなら、

この物語がほんの少しでも、

窓の外から射し込む光になりますように。

第一章 朝のベルが鳴らない


朝の光は、静かに部屋を浸していく。

薄いカーテンの隙間から差し込んだ日光が、床に細い帯を作り、それがゆっくりと壁を這い上がっていく。

私はその動きを、まるで時計の代わりのように眺めていた。


目覚まし時計はとっくに止めたままになっている。スマホのアラームも解除している。

それでも体は毎朝、同じ時間に目を覚ます。

習慣というのは皮膚の奥にまで染み込んでいて、もう抜け出せない何かのように思える。


時計の針は八時を指している。学校はもう始まっている時間だ。

窓の外からは、遠くで誰かの笑い声や犬の鳴き声、トラックのエンジン音が混ざり合って聞こえる

それらはどれも、私のいない世界の音だ。


布団の中で私は体を小さく丸める。

動こうとすると、胸の奥で重いものが沈むような音がする。

息を吸っても、肺が自分のものではないような違和感がある。

外の光が眩しく、それを見るたびに「置いて行かれた」という感情が湧き上がってくる。


ドアの向こうで母の声がした。

「真尋、起きてる?もう八時よ」

返事をする気力すら湧かなかった。声を出そうとすると、

喉の奥が渇いて、「うん」という音が空気の中で溶けて消えていく


母はしばらく黙っていた。

その沈黙が、朝の日差しより痛い。

そして少ししてから、母の足音が遠ざかる。

足音を聞きながら、私はようやく息を吐いた。


(今日も行けなかった…)


そう頭の中でつぶやくと、胸の奥に何か冷たいものが落ちる。

昨日も、その前も、そのまた前も同じだった。

この部屋は、世界で唯一時間が止まった場所のように感じる。

だけどスマホの画面を覗けば時間は確かに動いている。

世界は進み続けている。私だけが、ログアウトしたままだ。


机の上には、教科書とノートが開いたままになっている。

前回使ったのはいつだったか、もう覚えていない。

ノートの余白には、「行かなきゃ」という文字が何度も書きかけで止まっていた。

鉛筆の跡が掠れていて、まるで消しゴムで半分消されたように見える。

その文字を見ていると、何かを『消してきた』自分の手の感触まで思い出してしまう。


私はスマホを手に取り、通知を確認する。

『出席確認』『課題提出』『欠席理由の入力』など、

画面に並ぶ文字達はどれも冷たく指示のようで、

人の言葉ではなく、機械が吐き出す命令のようの感じる。


その通知の一つを開く。

:出席日数が足りません。このままでは進級に支障をきたします。:

文末にある句点が、まるで冷たい石のように胸に沈んだ。

指先で『閉じる』を押すと、光が消える。

だけど、胸の中ではそのメッセージの残像が、

まるで目に焼きついた広告のように離れなかった。


SNSを開く。

そこには、教室で撮られた写真が並んでいた。

クラスメイトたちが笑って、ピースをしている。

体育祭の集合写真。

『#青春』『#最高の友達』

その言葉達には、フィルターのかかった光の中で輝いている。


私は指先でスクロールを止める。

心の奥がざわつく。

それは嫉妬でも羨望でもなく、

ただ“自分がそこにいない”という感覚が、

ひどく現実的な痛みとして襲ってくるのだ。


もう一度スマホを伏せ、天井を見上げる。

白い天井には、午前の光が薄く広がっている。

その光を見ていると、

世界の全てが何かに属し、自分は何も属してないように思えてくる。


「どうして行けないんだろう」

小さく声に出してみる。

でもその問いは、空気の中で溶けてゆく。

答えは返ってこない。

代わりに、心の奥から別の声が轟く。


(行けるなら、とっくに行っている)


その声は、私自身のものでありながら、どこか他人の声にも聞こえた。

二人の自分が、同じ体で言い争っている。

片方は行こうとし、もう片方は布団を握りしめて必死に抵抗する。


昼が近づくと、母の足音が再び聞こえた。

ドアの外から、静かな声で言う。

「お昼どうする?食べられそう?」

「あとで…」

声は掠れていた。

母は少しの間黙り、

「うん、わかった!」と言って去っていった。

私の母はいつも変に明るい。でもそれが私にとって対照的な存在であり、辛かった。


午後の光が少し傾き始める。

部屋の中の空気が、午前とは違う匂いを帯びる。

その変化に気づくたび、外の世界が確かに動いていることを実感する。

それが痛い。

世界が動いていると感じるたびに、自分が止まっていることがはっきりしてしまう。


私は再びスマホを手に取り、メッセージアプリを開いた。

未読の通知が一つ。

クラスのグループチャットだ。

『明日、文化祭の準備誰か来れる?』

その“誰か”の中に私の名前はなかった。


名前が書かれてもないのに既読をつけてしまった。

心臓が小さく跳ねる。

誰かに見られたかもしれない……そんな不安が胸に広がる。

すぐにアプリを閉じる。

光が消えた画面の中に、ぼんやりと自分の顔が映る。

その顔は、どこか遠くの他人のようだった。



夕方が近づくと、部屋の隅に沈んでいた影がゆっくりと伸び、

床の上を這い上がりながら、まるで時間の形をなぞるように動いていく。

私の時間は止まったままなのに、

影だけが、確実に一日の終わりへと進んでいる。


机の上のデジタル時計が『17:04』と示したとき、

遠くから下校中の子供達の声が聞こえてきた。

笑い声、ランドセルの金具の音、

そのどれもが、もう自分とは別の世界の住人のように思えた。


スマホをもう一度開く。

メッセージの通知は増えていない。

ただ、画面上部に『バッテリー残り3%』という表示だけが赤く光っている。

私は充電器をつなぐ気にもなれず、そのまま画面を伏せた。


その瞬間、玄関の扉が開く音がした。

父が帰ってきたのだ。

思い靴音が廊下を進み、居間へと消えてゆく。

母の「おかえりなさい」という声が聞こえた後、

しばらくして低い話し声が続いた。


聞き取れないほどの小さな声。

けれど、その聞き取れないほどの話し声は私にとって、

煉獄の炎に包まれるほど苦しかった。

さらにその会話の中に私の名前がうっすらと聞こえるたびに、

さらに槍で突かれたような痛みが心へ走る。


(また話してる。私のことを。)


何を話しているかはわからない。

でも、わからない方がいいかもしれない。

扉一枚隔てただけなのに、世界が二つあるようだった。

家の中の“外”と“中”

私の部屋はどちらにも属していない。


やがて足音がこちらに近づいてきた。

ドアが二度ノックされる。

「真尋、少しいいか。」

父の声だった。


その声を聞いた瞬間、私の心拍数は一気に上昇した。

まるで誰かから命を狙われているように。

心拍数が上がると同時になぜか体がこわばった。


「話があるんだ」

再び父の声がドア越しに響いた。

私は再び心拍数が上昇した。

私は咄嗟にドアノブの鍵を閉めた。

カチリ、と鍵のかかる音がした。


「…そうか」

父の声が少し低くなった。

「また、明日話そう」

その言葉を残して、足音が遠ざかっていった。


部屋が再び静寂を取り戻す。

今聞こえるのは私の心臓の音だけだ。

それもやがて静まった。

しかし静まった後の部屋はまるで世界に見放されたような冷たさだった。


私は天井を見上げたまま、ゆっくり息を吐く。

その時、不意にスマホが震えた。

画面には見慣れない名前…… 『中原先生』

私の担任だった。


通知が点滅する。

『心配しています。話だけでもできませんか?』

その一文が、胸の奥に刺さる。

優しさのようでいて、どこか言葉の端端から冷たさを感じた。

心配という言葉の中に、“責任”というどこか職業的な言葉を感じた。


(話すって、どうするんだっけ?)


何を話せば、何が変わるのか。

指が震える。

結局、返信は打てず、画面を閉じた。


夜になった。

外の景色がゆっくりと闇に沈み、

窓の外に映る自分の姿が、だんだんと濃くなっていく。

その姿を見つめていると、

まるで別の誰かが、暗闇の中からこちらを見返しているように感じた。


母が、静かにドアの前に皿を置く音がした。

「ここに置いておくわね!」

また変に元気な声……その声だけで私の心は一気に沈んだ。

すぐに足音が遠ざかる。

しばらくしてから、私は立ち上がり、

ドアを少しだけ開けて、皿を引き入れた。


皿の中には、冷めかけたカレー。

湯気はもう消えていた。

スプーンwk持つ手が震え、

口に運ぶたび、喉の奥で何かが詰まる。

味はしない。

それでも、食べなければいけない気がした。


テレビの音が遠くから聞こえる。

ニュースキャスターの声が、淡々と1日の出来事を語っている。

“今日、都内の学校でー”

その言葉を聞いた瞬間、心が硬くなる。

チャンネルを変える音が聞こえ、

やがてチャンネルはバライティー番組に変わる。


私は息を吐き、

そのまま皿を机の上に置いた。


しばらくして、

布団に潜り込むと、

まぶたの裏に教室の風景が浮かんだ。


黒板、チョークを引く音、クラスメイトの笑い声、廊下の窓から差し込む光。

そのどれもが懐かしいのに、同時に胸の奥がざわめく。


思い出そうとすると、どこかで映像が歪む。

教室の中に“空席”が一つだけ見える。

そこには誰も座っていない。

その空席の背中が、自分の形をしていることに気づきた。


目を開けると、部屋の天井が再び現れる。

時計は、もう深夜を指していた。


スマホの画面がまた光る。

『未読:3』

全て、クラスのグループチャットだった。


“明日こそ来いよ〜!”

“真尋どうしてんの笑”


その文末の「笑」が、

焼き入れしたばかりの刃で斬られるような感じがした。


胸の奥で、何かが軋む。

指先が震える。

返信したい気持ちと、したくない気持ちがせめぎ合う。

そして、何もできないまま、スマホを裏返した。


スマホの裏側の冷たさが、掌に残る。

それは、まるで“世界の温度”だった。


私は天井を見つめながら、

心の中でつぶやいた。


(明日は、行けるかもしれない。)


その言葉を信じるように、自分に言い聞かせるように。


けれど同時に、もう一つの声が轟く。


(その言葉、昨日も言ったよ。)


静寂の中で二つの声が混ざり合い、

やがて眠りの淵へと沈んでいった。


やがて朝が来る。

また同じ光がカーテンを透かして射し込む。

同じ部屋、同じ空気、同じ息。


ただ、一つだけ違うのは……

窓の外の世界が、

私のいないまま進んでいくことを、

もう、はっきりと知っているということだった。





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