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新選組−隠し刀未目~同舟相救う

作者: はらべー

秋霖(しゅうりん)の、

しとしとと降る秋時雨は気紛れに時折はたと止んだ。正午の九つ時だが鼠色の空に日は見えず、しかし端麗(たんれい)な彼女の立ち姿に蛇の目傘がとてもよく似合うと思った。

新選組三番隊隊士・村上剣吾は今これでも内々の任務中である。芦川長屋の隣りに住まうナミを連れ『大坂』の南瓦町にまで足を運んで来ていた。

道頓堀近くこの辺りは演芸の街と言われるだけある。いろは茶屋が其処(そこ)かしこに並び役者絵を飾った版元(はんもと)の店頭の内には硝子(ガラス)窓の建具(たてぐ)を特注に誂えた家屋もあった。天候のせい人は疎らだったがナミはそれらを歩き眺めているだけでも愉しそうであった。

たまにはこの様な役得があっても良いだろうと、彼女のその横顔には霧雨(きりさめ)かかり麗しく剣吾もふと任務を忘れそうになるが。隊内での役割がありナミには剣吾が新選組に所属していることを教えていない。

「ほら剣吾さん、ご覧おくれやす。蟹どすえ」

見上げると大きな蟹の形を模した装飾を軒先の上に掲げる店舗がある。

「これはまた面妖な造形物ですね…」

海産物を取り扱う店だろうか、近く神戸湾もありそこから水揚げした海の幸を売りにしているのだろう。蟹は傷みも早くまして生食では寄生虫の危険性(リスク)もある為、ズワイガニのような高級なものでもない限り基本的に漁村辺りでしか食さない。が元々は半分漁師だった村上家の剣吾にとって蟹は秋の味覚として幾分慣れ親しんだものだ。

「食べますか?蟹」

実は新選組から調査費用として幾らか持ち合わせている剣吾。その懐には余裕がある。

「おおきに」

言ってにっこり笑うナミだが、これは「遠慮しておきます」の方の意味だ。京都人というのは特に女性にはこういう心の読み難さがある。

「そうですね、昼は俺が先に言った甘味屋の方へ行きましょうか」

「そうそう」

女性らしく甘いものは隔てなく好きらしい。

然るに、そちらの甘味屋の方にこそ新選組隊士として今日の調査対象とするところである。

朝方に人力車を頼んだ。なんでも江戸のからくり発明家が西洋馬車に着目し最近開発した遊覧用の乗り物というが、女性を乗せる移動手段としては申し分なかった。

ナミには大坂で歌舞伎を観ようと外出を誘いそれから午前中で最初の公演に間に合うと土産に助六(すけろく)役のなんとかと言うもう名前も忘れてしまった近頃有名らしい立役(たちやく)の役者絵を彼女に買い、その後に道頓堀の法善寺に参った。京都の寺院と比べると大坂のものは御神灯(ごしんとう)の掲げ方にも幾分威勢の良さの様なものを感じた。

近頃剣吾の上司である三番隊副組長の志木が、

「大坂に土佐勤王党の残党が組みする一派があり、これがある『ぜんざい屋』を根城としている」

などと言う情報を聞きつけたというが、何しろその甘味屋にむさ苦しく男二人で入るとなると「当たり」だった場合にどうにも怪しまれはしないかという結論に至り、ならばと志木は剣吾にナミを連れて現地視察に行って来いと言い付ける。

不確定な情報にも関わらず総長・山南敬助(やまなみけいすけ)から体良く経費を頂戴できたのは普段剣吾や志木は他の隊士が京都警備の合間に遊廓等で女遊びに豪遊する分を二人は常々遠慮するのでこれが任務ならばと根回ししてもらったものだ。

石蔵屋、

店先の看板を確認しその暖簾(のれん)を二人が潜る。店内は雨天から逃れて入って来た者達だろうか存外に客足があり席がまま埋まっている。

「らっしゃい、お二人さんでっか?」

茶屋娘が一人寄ってくる。

「ええ、他と相席でもいいですよ」

相席自体はごく自然なことではあったが、

剣吾にはここの客層をしかと把握しておく必要があった。そこはかとなく店内に目を配り『それらしい』者が居ないか探ると、

「あの人の前の席にして」

この甘味屋で一人席に座る男の姿があった。

ただの甘党だろうか、しかしなかなかに長身の者で何よりその腰には太刀と脇差しを帯びる。

大小(だいしょう)二本差しは武士の正装であり特権だ。農民上がりが武士のふりをして道中差しを一本腰に帯びるのとはこの男、どうやら雰囲気が一味違った。

違和感、と言えばもしそうで無ければ相手に対して失礼だが剣吾には何処(どこ)となくこの場に不釣り合いな者のように見えた。何より納める鞘の質からしても業物(わざもの)と伺えるか。

池田家襲撃の件と同様にだが、攘夷浪士達は各々が属していた組織が瓦解するとまた別の窓口に群がる習性がある。大坂は京都よりもまだ治安は良かったが特に成り上がりたい『ごろつき』連中に関して言えば組織の旗頭等、慎重に行動している者の足取りを自分達の都合で思慮無く追うので関わり無い者だとしても一つ追跡する価値があった。

要は誰でもいいから威勢の良さそうな者を少し調べると何か当たりがあるやも知れぬと。

「前の席、失礼しますよ」

先にいたその客人に剣吾が言うと、

「おう、構わんぜよ」

キレの良い土佐訛りで返事をする。警戒心が無いというより(やま)しい感情を持っていない事の裏付けのようにも捉えられた。

だがこの辺りの者、それも(れき)とした武士なればこそ得られる情報があるはずである。

「この店は何がお勧めなんでしょうか?」

少し間合いを詰めてみるかと剣吾が声をかけるとこの土佐の男、聞かれたのを嬉しそうに答える。

「そらおまん、ここで頼むならあんみつぜよ。じゃきに儂もさっき頼んだが普通のあんみつと違うき」

「何が違うんですか?」

「しょこらーとが入っちょる」

聞いたことがない、と剣吾が首を傾げているとナミがああと知っていたようで、

「剣吾さん、西洋菓子の甘味剤でっしゃろ」

「そうじゃ、嫁さんの方が博識じゃったのう」

ナミを嫁さんと言われて思わずぎょっとする。

「なんじゃ、違うのか?」

言われてくすくすと笑うナミに、剣吾はこの男の押しに少々 辟易(たじろ)ぐ。するとこの男がははあと勝手に何かを勘ぐった様子で、

「おまん甘い物で女子(おなご)の機嫌を取りに来ちょったか、すまん野暮ったいことを言ったな」

「下心があるみたいに言わんで下さいよ『そういう茶屋』じゃないでしょう此処は…」

出会い茶屋とは所謂(いわゆる)男女が(もつ)れ合う時に使われる場所であったが。参ったというふうにして剣吾が言うと、

「いやいや、なんぞ心に上も下もあろうぜよ。下心も立派な心じゃ」

堂々という。正直剣吾はこの男を初見だか羨ましいと思ったほどだ。

不思議な求心力のある男だった。

三人が頼んだあんみつが席に来るまで差して他愛ない話しをしたがこの者、土佐人によくある頑なな島国根性を殆ど感じさせないほどの大らかさを併せ持ち、また人の話しをよく聞きよく喋る。

男は坂本と名乗った。

「するとおまんは一旗上げに上総(かずさ)から京都に来たっちゅうわけか」

「はい、それで『この辺り』にそういう集まりがあると伺っているのですが…坂本さんは大坂にも詳しいようですし、何かご存じではありませんか?」

「いや儂は知らんな、知らんが…」

何かを思った坂本。

「おまんが今の日の本でどういった見識を持つのか、儂には分からんが敢えて一つ言うちゃるなら…」

「…なら?」

「ざまな攘夷運動には関わらん方がよかぜよ」

やはりこの男何かを知っているというふうに剣吾には聞き取れた。

しかしこれ以上余計な詮索は小聡明(あざと)さが少々目立つか。ナミも側に連れる故に攘夷云々の質問を投げるのは色々と制限をされる。然るに考え(あぐ)ねる剣吾のその様を坂本はなにやら曲解したようで、

つまり仕事にありつけない者の様に見えてその姿をどうにも不憫に思ったらしい。

「そうじゃのう、実は儂はな其処(そこ)の神戸で海軍操練所(かいぐんそうれんじょ)の塾頭をしちょる」

「…え、坂本さん軍人さんなんですか?」

「ちぃと違うき、まあ似たもんごて」

今更だが坂本が僅かに襟を正して言った。

「もしその気がありようなら、訪ねてみい」

剣吾はその時まだ、

この男があの土佐の坂本龍馬である事を知る由もない。


不味い事になった。

昨日の大坂南瓦町のぜんざい屋『石蔵屋』の調査報告へ壬生寺駐屯所に来た剣吾だが、山南の元には先に着いていた志木と何故か一番隊組長・沖田総司の姿があった。

どうも沖田を呼んだのは総長山南らしい。

「やっと来たね村上君」

「どうしたんです、沖田さんまで居て」

「それが剣吾よ、少し面倒な事になった」

志木に一通り話しを聞くなり、

新選組七番隊組長を谷三十郎と言った。

この七番隊、上から三十郎そして副組長に次弟の谷万太郎、更に二男の谷周平を隊士にと実兄弟を同隊で一括りにし副局長・土方歳三は彼らを扱う。

元々この谷家、備中松山藩士であった者だが不祥事により系譜を断絶されると大坂に移りそこで種田流槍術の道場を構え営んだという。京都へ浪士組が上洛し程なく新選組へと分隊し京都へ残るとこれに呼応し加盟をした。

勿論、お家再興が彼らの目的であっただろうがその槍術に関して言えば間違いなく新選組には欲しい使い手であり、殿(しんがり)隊を専門とした十番隊組長・原田左之助に槍の手ほどきをしたと言うほどだ。

しかしこの谷家、再興に焦るあまりか近頃活躍する新選組に(あやか)り事もあろうか局長・近藤勇への養子として二男の周平を預けるのである。

里親となった近藤もこの辺りの思慮が少々足りなかったようにも思えたが、谷家も一度断絶されたとは言え元名門とは伺えただろう。しかし、

試衛館出身の義士、即ち新選組幹部の者達からすれば納得するはずもなく何しろ試衛館を継ぐのは沖田総司だと皆思っているからだ。

「敬助兄さん、僕は近藤さんが決めたことなら何でもいいんですよ」

と沖田は自分の事にはあまり感心無い様子だが。

「いえ総司、あまり谷さん達に新選組を引っ掻き回されてはね良くないんですよ」

普段温厚な山南にしては珍しい物言いだと剣吾は思った。

弟を案じるような、元々沖田と山南は相性が良くとても気兼ねない仲のようであった。試衛館出身といえば近藤土方沖田が特に結束された信頼関係を築いている兄弟弟子というふうに見えそれ自体は実際そうだが、元来持つ本質という部分で言えば、

近藤勇と永倉新八は軍記書物や兵法書を広く嗜み、

土方歳三と斎藤一は日本(ひのもと)の行く末を熱く議論し合い、

沖田総司は山南敬助によく学識や世の見聞を習った。

そういう沖田にだからこそ山南も新選組の内にあっては『華』を持たせてやりたいと思っているようである。

「谷さんが大坂は自分達の管轄だから上に報告する前に譲れと言ってきたのだ」

なるほど、どこで嗅ぎ付けたのか。元々大坂に道場を構えた経緯があり七番隊はその土地勘がある為土方が選んだ配属である。

「しかし確たる証拠も無く勝手に討ち入りされては困りますね。それに志木君が先に調べてきた情報に図々しく横から入って幹部に報告もせず処理しようとは」

やれやれと山南が頭を抱える。

「谷さんの好きにさせては?相手にすると口が達者で面倒なんですよあの人は」

どうも沖田はこういうところは消極的だ。

「周平君が手柄を立てると後々面倒になります。谷さん達がわざわざ出しゃばってくるぐらいなら、総司がこの件をやってもいいんですよ私は」

なるほどそれで山南は沖田を呼び付けた訳だ。

「実際どうだったんだ、其処のぜんざい屋は」

志木に聞かれた剣吾。

「ぜんざい屋を石蔵屋と言いました。そこの店内で土佐藩士らしき者と同席し、話しを伺いましたが…かなり黒に近いですね」

「土佐訛りがいたのか」

「はい、海軍操練所の塾頭をしてると言っていました。坂本と名乗っていましたが」

言うと志木と山南が顔を見合わせる。

「幕府の操練所の、坂本だと?」

「土佐の坂本龍馬では!?」

まさかと剣吾。

隊内では明かしていないが剣吾自身が土佐の出自である。その名は勿論 幾重(いくえ)にも聞き覚えがあったがよもや昨日自分が接触していようとは想像もしていなかった。

坂本龍馬の名を知ったのは武市半平太が決起し尊皇攘夷を唱えた土佐勤王党が一大組織となったからだ。

元々坂本と武市は遠戚であり幼い頃からの間柄である。武市は坂本を「土佐のみには収まらない男」とまで評価していたようで、この苛烈な攘夷運動が始まると早速坂本を組織に導いたようだ。坂本自身、土佐によくある勤王思想は持ち合わせていたようで噂によると武市の使いとなり長州の桂小五郎や久坂玄瑞(くさかげんずい)とも当時に交友があったらしい。

しかし世に過激な動乱が起こり始めると坂本は土佐勤王党の度重なる『天誅』という方策とも言えない大業に疑問を抱いたのか、程なく脱藩しかつて学んだ江戸の千葉道場にその身を寄せることになる。その後の経緯が不明瞭であったが、

「幕臣の勝海舟に師事していると聞きました」

と山南は言う。

なんでも勝の働きにより坂本は今や脱藩も赦免(しゃめん)され、勝が新たに推し進めている海軍養成の献策である神戸海軍操練所、つまりこれの塾頭となっているわけだ。

「ですが坂本は未だ長州や薩摩とも何か繋がりを持つ者ではないのか、という話しもあります」

「我々には預り知らぬ人脈を持っているようですし、実際あの石蔵屋にいたのが本当にその坂本龍馬なのか…」

だとしてこのまま七番隊に討ち入りされては新選組が幕府に咎められるような事になるかもしれない。

すると沖田が意外な事を言う。

「僕は分かりますよ、坂本龍馬」

「え?」

他の三人が呆けた声を出した。

「村上君も一度その顔は見ているのでしょう?僕と一緒に七番隊が動く前に大坂へ行きましょう」

よもや一番隊と任務を合同することになるとは思わなかった剣吾と志木である。


坂本龍馬が勝海舟に出会ったのは土佐を脱藩し二度目の千葉道場へ居候していた頃、幕府政事総裁職の松平春嶽(まつだいらしゅんがく)から紹介状を得たからである。春嶽が宛てた文とは恐らく近く土佐からの脱藩者にあって頭角を見せていた者達に対する勧誘とも言うべきものだろうか、近藤長次郎等も含まれていたようだ。

春嶽は黒船襲来以降兼ねてより幕府には開国が必要不可欠であると認識していた為、大老・井伊直弼(いいなおすけ)が行った安政の大獄においては謹慎を余儀なくされていた者だが、井伊が桜田門外にて暗殺されると朝廷との公武合体を強く勧めた。 幕府軍艦奉行並であった勝の屋敷へこれら多くの土佐藩士を招いたのは、勝が施策していた海軍操練所の構成員として彼らを登用し海防の強化と航海術の知識を図ろうとするものである。

当初、この面会に土佐脱藩の義士一同は坂本を含め場合によっては勝を暗殺してしまおうという見解すらあったが。勝の国力強化の主張や西欧との交易など幅広い解釈に感心し今では坂本は勝を「日本第一の者」とまで称賛している。

「盛況なのは良かことじゃきに、儂は店の(おろし)にしか関わらんぜよ」

石蔵屋の二階に招かれていた坂本、内心彼等には騙されたという思いであった。神戸海軍操練所の塾頭を勤める傍ら、交易術も学ぶ為に坂本は古巣の者の誘いを受けて往来品を根回している。

が彼等の殆どは元土佐勤王党員で構成されており坂本自身にも幾ばくと見知った顔があった。どちらかと言えば坂本は知らなくても相手の方が坂本を知っている、という者の方が多かったが。

どの道彼等からすれば坂本を自分達の内に引き込みたいというのが有り体であった。

政右衛門(まさうえもん)も坂本さんに調達して頂いてるしょこらーとと砂糖には名一杯の感謝をしているようで」

土佐勤王党員であった田中 光顕(みつあき)は吉田東洋を暗殺した実行犯である那須信吾の甥にあたり、本人もその関与を疑われていた。

「そうか、ほいたら儂はもう居ぬるぜよ」

「まあ坂本さん、ちょっと待って下さいよ」

坂本を止める大利鼎吉(おおりていきち)は剣には少々覚えのある者だ。

「だいたい田中、おまんは長州の高杉に弟子入りしたんじゃなかがか?こんな所で油売っとる場合じゃなかぜよ」

禁門の変を引き起こした長州に対し朝廷が幕府へ勅命を発した『長州征討』今はその中にある。

先の下関戦争で謹慎したはずの高杉晋作を獄中から引き摺り出し下関防衛に起用した長州藩である。八月十八日の政変以来この『二度目』の長州征討において高杉に一軍を率いらせない訳がない。

「実は高杉さんは下関防衛の解任の後に脱藩し京都に潜伏していた時期があるんです」

奇兵隊と正規兵との間にいざこざがあり総督としてその責任を問われた高杉が長州から罷免(ひめん)された、という経緯があった。

「…そやが、どういたが?」

「こちらで動く事も考えていらしたらしく…そういえば岡田以蔵に金貸しもしたらしいですよ」

岡田が京都にまだいると聞いて坂本は少し安心したような、しかし武市が動き出せる日が来る事を未だ待ち望んでいるのだろう僅かに残念な気持ちもある。

坂本からして武市も岡田も旧知の仲であったが、武市を強く盲信する岡田を坂本は常々危ういと思い何か別の道は示してやれないのかと密かに心残りであった。

だがやはり高杉が土佐勤王党と接触していたという事実が坂本には気になった。そもそも土佐脱藩者であるこの田中にしてもだ。

「今日は坂本さんに我々の策を聞いて頂きたくお呼びしました」

「儂はおまん等の仲間じゃなき」

拒絶する態度を取るが構わないと言ったふうの田中に、大利も坂本の前では敬意を払うのか姿勢を正し意に介さず毅然とする。

謙虚な男だ、と坂本は大利を評した。がその体であっても勝から学んだ今の日本(ひのもと)の見識を決して軽んずる訳にはいかないと同時に強く思う。

だが田中は、

「我々は大坂城の奪取を計画しています」

呆れ果てた、今や幕臣である勝海舟を師事する坂本を前にして言う事がこれである。

「儂にそれを言ってどうしちゃる、手などまして貸さんき。此処(ここ)御上(おかみ)に訴えるやもしれんぜよ」

ははと田中が己を卑下したように笑う。坂本の言葉を冗談としてとらえるのか馴れ馴れしい様だ。

自分達の味方だとそう信じて疑わないのである。

「そんなことはしないでしょう坂本さんは、それに…我々の仲間は土佐勤王党だけではありません」

心当たりは、

「長州がか…さしずめ高杉が言いちょる正義派らへんのもんじゃろ」

「長州征討に対し向こうでも勢力が集まりつつあります。これを期に正義派が大坂城を手に入れれば俗論派にも幕府にも対抗しやすくなります」

長州征討が起こると俗論派筆頭の長州重役・椋梨藤太(むくなし とうた)は禁門の変の主導となった長州藩家老・福原元僴(ふくばらもとたけ)を始めとした長州三家老を切腹させる形で幕府への恭順を示した。

当然これには反発があり、まして高杉晋作が黙っているはずもなかった。

かつて下級藩士であった吉田松陰(よしだしょういん)やその松下村塾一門を抜擢した周布政之助(すふまさのすけ)は長州藩家老相当の幹部であり、高杉達にとって掛け替えのない恩人である。禁門の変が起こる前、長州の正義派の暴走を鎮めるべく高杉と周布は福原や真木保臣(まきやすおみ)を諌めようとしたが、結果上洛を決行され周布は椋梨に自害へと追い込まれた。

今の長州がこの土佐勤王党員と徒党を組めば大坂城への討ち入りも確かに行いかねないと坂本は思った。だが、

「おまん等が思っちょる以上に此処の集会は外に漏れとるぜよ、そういうのが昨日も一人 ()ったき。土佐も長州も辺りをごちゃごちゃと彷徨(うろつ)き過ぎとるのう」

「京都よりはマシでしょう、あれだけこぞって攘夷運動を起こしていれば」

「それにじゃ…」

坂本は結局、彼等には相容れない様子。

「勝さんに弟子入りしてから儂も長州には狙われちょる、土台無理な話しじゃ」

「我等に組みすればその心配もなくなります」

「下に長次郎を待たせとるき、儂はもう行くぜよ」

一階客席には操練所構成員であった近藤長次郎が有事の際に居座る。端から坂本は彼等など信用に足らないとしていたわけだ。

だが然るに、ばたばたとこの階段を駆け上がって来る者がある。

その近藤長次郎であった。

「坂本さん!新選組が御用改めに参った!」

「なんだとっ!」

言わんことはない、慄く田中を尻目に坂本がやれと溜め息をつく。

先程までとは打って変わり焦る田中と大利は迫真の様子だ。新選組は例え相手が女連れでもその双方を構わず容赦無く斬りつけ、肩で風を切り街を我が物顔で闊歩する。その様はさしずめ六方(むほう)者共と言えたか。

「いかんぜ、田中と大利はここでじっとしちょれ」

「いや、しかし…」

自分は仲間ではないと言い切った坂本だ。

「こがな真昼間(まっぴるま)に刀を抜かせる訳にはいかん、客も()る。儂に任せちょき」

悠然と階下へ降りていく坂本の後ろ姿を神妙に息を潜め見送る田中と大利であった。


天下の台所とは『大坂』の事。

()()と言い上流階級に負けず劣らずの羽振りの良い商人もこれに含まれ、それらが中核となり此処大坂は日本の物流と経済の中心となった場所だ。

街を歩く伊達者着流しも多い大坂で、こちらも目立つだろう誠の一文字が入る薄浅葱(うすあさぎ)のダンダラ羽織りに袖を通した四名は剣吾に志木に沖田、そして近頃入隊した一番隊隊士の大石 鍬次郎(くわじろう)であった。

入隊して早々に剣の腕が立つと隊内で評価された大石は早速沖田の指揮する一番隊へと配属された。

とはいえ大石を連れただけでこのたった四人が胴丸等の防具は一切装備せずに普段の帯刀を腰に帯びるだけである。

「沖田さん、どうするつもりなんですか?」

南瓦町まで来た四人だが沖田には何か思惑があるのだろうかと剣吾が聞くが、

「どうするって?」

いや剣吾だけではなく志木も気になったのは坂本龍馬の名が上がるなり途端にやる気を見せた沖田に対してだ。あれだけ谷兄弟には関わり合いたくないとした沖田である。七番隊組長であった三十郎は二男の周平を近藤の養子に出してからというもの隊内に置いても幹部の体であり次男の万太郎は兄弟で最も槍の腕が立つとは言えその傍若無人な振る舞いは谷家が家督を断たれた原因と噂され他の隊士からも忌み嫌われていた。

勿論、坂本は新選組にとって大捕物になるやも知れぬ人物ではある。これに沖田は息巻いているのだろうか?然し今は神戸海軍操練所に属しているとなるとこの坂本を佐幕派と見る事も出来た。

実際彼の人脈は土佐勤王党員の時期のみならず、江戸の千葉道場に住み込みしていた頃に至っては師範である千葉定吉の娘の千葉 佐那(さな)とも婚姻し、そもそも松平春嶽から紹介状を受けた彼だ。

北辰一刀流の流祖・千葉周作が定吉の兄であり千葉道場は定吉の開いたものを桶町道場と言い「小千葉」とは称されたがまず神田に構えた周作の玄武館とは一体のもので「大千葉」の方は門下を三千と抱える大規模道場である。

玄武館の千葉一族は多く水戸藩に仕官し、ともすると勤王思想の見識には連なる可能性はあった。門下には京都に浪士組を掻き集め攘夷決起しようとしたあの清河八郎も居たが、実は新選組総長・山南敬助と八番隊組長・藤堂平助も北辰一刀流でありこの大千葉の出自だ。つまり坂本龍馬は端から新選組とは不思議な(えにし)を持つ者には違いなかった。

しかし当の沖田は他の三人の意を介さないようで、

「まあ、僕に任せて下さい。ただ…」

「…なんでしょう?」

「刀は抜かないで下さい」

唖然とした。

一体どういうつもりなのだろうか、皆が分からないままに沖田は彼等を連れ石蔵屋の店先まで来ていた。

この暖簾の向こう側から既に四人は店内の客達の視線を一身に集めている。

「御用改めである!店主はいるか!」

沖田でもこのような声を張ることもあるのだな、と剣吾が今更ながらに感心すると、奥から少しおどおどとした小男が出てくる。

店主の政右衛門だ。

「あ、あの、新選組様がわいの店になんや御用ですか?」

「坂本龍馬は居るか」

「え、あいや、坂本さんとは…知らんお人ですが…」

単刀直入である。

居るかと言われて出てくるわけがないだろうと流石に他の三人が呆れたが、

ここによもや、である。

「いやいいんじゃ、政右衛門」

客室ではない二階からゆらりとした足取りでその姿を見せる坂本に周囲がざわつく。

本当に彼がそこ此処にいたのだ。

「儂が坂本龍馬じゃが?新選組がなんぞ用事か?」

傍らの長次郎は坂本とは対象的に身構えた様子だ。

これに反応するように大石が前へ出ようとする。

「やはり二階に…!?」

「此処まででいいんです、大石君」

「え、何故…?」

大石を制する沖田。二階には上がらなくていいと言う。

訝しく四人を見やる坂本が剣吾に気がつく。

「おまんは…昨日の」

「やはり坂本龍馬さんだったんですね」

「いちいち物騒じゃのう、おまん等は」

「ええ、ですがまさか貴方が直接出てくるとは思わなかったんです」

此処で坂本本人が出てきた事には意外だったという沖田。

その坂本、袂に収めて腕組みをする振りだが剣吾が気付いている。その腰に短銃を隠し持っている様子だ。

「沖田さん」

「分かっています村上君…坂本さん『此処は』とても危険な場所なので我々が保護しに参りました」

「…なんじゃと?」

「海軍操練所までお送りしますよ、そちらの方も。それとも今我々が此処の二階も改めた方がよろしいですか?」

余計な詮索はしないから言う通りにしろ、ということなのだろうか。

「む…おんし、どういうつもりじゃ…」

坂本等を含め他の新選組隊士三名もが案じ顔である。沖田は皆をどう扱おうというのか。

「近くこちらの店へ別の新選組隊士が参ります、坂本さんは今後この店舗にはお近付きならないようお願いします」

そう言って一同を表へと出した。


石蔵屋の二階で聞き耳を立てていた田中と大利だが、坂本が階下へ降りるなり喧騒やかましく、そうでなくとも店の周囲を野次馬が囲み始めると坂本と新選組の様子を把握しかねていた。

顔を覗かせることも出来ずまごつく二人が、ややともしてか新選組が坂本と近藤長次郎を連れて店から出て行ったのに気付いたのはそれから数分遅れての事だった。

「しまった…坂本さんはどうなった!?」

やはり坂本を行かせるべきではなかったのか、田中は彼の身を案じる気持ちが半分と、結局は勝海舟に取り込まれ遂に佐幕へと転じているのではないのかと、疑心暗鬼する気持ちが交錯している。

大利は後を追うべきだと田中に主張したが、坂本が新選組とどう取り交わししたのか分からぬ為、石蔵屋を空けるのは早計と見て自らは此処に残るとそう言った。

「政右衛門!」

「…た、田中様…新選組が坂本様を連れて道頓堀へ向かっとった」

開削された淀川が運河として機能するのは安井道頓の手によるものである。

船路(ふなじ)を使って大坂湾へ向かうつもりか!?坂本さんと新選組で何か取引でもしたのか?」

「…いえ、わいにはその様なふうには聞こえんでしたわ」

田中には連れて行かれた坂本や新選組のその動向を未だ汲み取れずにいたが、兎に角、急いでその跡を追う事にした。店を出るとその先の大通りを西に向かう。

ところが田中、此処で今は鉢合わせたくない連中と行き会ってしまった。あれだけ新選組が目立ったのだ、辺りで観察していたのだろう。

田中が組みしているのは、禁門の変以降も帰藩出来ず関西に残る長州浪士の一派である。

「やはり坂本龍馬は引き抜けんか」

「違う、だが向こうで坂本さんが新選組に斬られるやもしれん」

「ちいとも信用にならんな、坂本は奴等に取り込まれたんじゃ。やはり坂本は俺達で斬るべきだ」

幽霊の正体見たり枯れ尾花、もはや朝敵となった長州藩である。何もかにも猜疑心に囚われ話し合いにならない。

「大橋、私の話しを聞け。そんな事をしたら高杉さんや桂さんだって黙ってないはずだ」

「いいや斬る、長州にはもう味方など無い。田中、お前は追うなよ、どうせ煩わしい事を吹聴するからな」

七人の長州浪士達が坂本龍馬と新選組を追う。


浄瑠璃(じょうるり)は三味線の伴奏による語りもの演芸の総称であり、これに人形を用いた人形浄瑠璃の内で所謂(いわゆる)『忠臣蔵』は兼ねてより著名(ポピュラー)な演目であった。

赤穂(あこう)事件と呼ばれる大石内蔵助(おおいしくらのすけ)率いる赤穂浪士組が行った吉良上野介(きらこうずけのすけ)討ち入り事件である。

人形浄瑠璃の演目にあたってこの忠臣蔵では主役となる赤穂浪士組に派手なダンダラ羽織りを着せて立ち合いさせるが、この演出が人気を博し広く世に知れ渡った。

大石内蔵助は忠義の為切腹覚悟の討ち入りを決し、この背景を新選組局長・近藤勇は義挙した自分達の幕府に対する誠忠(せいじゅう)に重ね合わせ、つまり誠の旗とはそういう流れのものである。

副局長・土方歳三が近藤のそういった趣向を介して創作(イメージ)し誂えたものが誠の一文字が入る薄浅葱のダンダラ羽織りであり鬼の副長と呼ばれる体からは想像出来ぬような美的 感覚(センス)を持ち合わせていよう。

新選組のダンダラは平時より目立つものではあったがこと歌舞伎や浄瑠璃が盛んな演劇の街である道頓堀内においては、さしずめ『歩く忠臣蔵』である。

「おまん等、ちいと目立ち過ぎじゃなかがか?」

「まあ今は目立つ方が良さそうですよ、流石に道頓堀辺りだとちょっと恥ずかしくはありますが」

ただ一人、新参であった大石は姓が同じという事もありこの羽織りには早速奇妙な愛着が沸いたのだが口には出さないでおいた。

伊達者、洒落者、傾奇者と道頓堀には派手な連中がまま歩くがそれに勝るとも劣らずの新選組の出で立ちである。

「じゃきに一番隊組長の沖田君と言うたか、ほんに儂らを逃がす気か?」

此処まで連れられた坂本の疑問も最もだろう。

然し沖田、坂本には目も合わせずながらに街を鑑賞ときた。歓楽街としてはまた趣向は違ったが江戸なら浅草に近い雰囲気なのかもしれない。

「そうですね、土方さんには怒られそうです」

「なら何故?」

大石が聞くが、

「変ですか?坂本さんは勝海舟さんへの師事をしているんでしょう?」

「…そやが…おまんは、よくよく掴めんのう」

ともすれば、沖田は坂本龍馬を知っている。その様な言い方を壬生寺駐屯所では剣吾や志木に話したが、坂本の様子を見る限りあちらは沖田の事はどうにも初見だと伺い知れる。

「近藤さんなら出来れば坂本さんは斬りたくないと思っているだろうと、そう思ったからですよ」

沖田が何故そのように思うのか、新選組は政治(まつりごと)に関わるような集団ではない。土方は分からないが少なくとも一般の隊士はそうだ。皆にはよく分からなかったが、これに坂本は驚いたようで、

「近藤勇が…そう言いおったのか?」

「いえ、聞いてはいませんけど近藤さんの考える事なら分かりますよ、僕は」

近藤の名が出ると坂本は何故か妙に慎ましいような態度をする「そうなが、近藤さんがか…」よく聞き取れなかったが坂本は何かを漏らしたのだが。

単に、新選組局長を手合いとした畏怖だろうか、だとしても坂本は他にも狙われる勢力など多くあろう。実際、捕物としては桂小五郎に匹敵していいぐらいの人物には思える。

そうこうしている内、六人は淀川に架かる戎橋(えびすばし)の目前へと着いた。

その傍らで簡素な桟橋(さんばし)の渡し場があり、そこで待機する渡船から船頭が明らかに目立つこちらへ目配せし「乗るのか?」と言った具合だ。

「…さて、此処までのようじゃのう」

これに乗り込むかと思いきや。

正に脱兎のよう、

一目散、薄浅葱のダンダラ羽織りを着た四人を置いて二人の浪士が路地裏に駆ける。


店内の騒ぎを伺っていた長州志士の大橋慎三は他六人の仲間を率い新選組と連れられる坂本龍馬等を尾行していた。

道頓堀へ向かうことは既に遠巻きに分かった事だが道中で彼等に刀を振るには先ず逃げられない状況に追いこみ仕掛ける必要があるとみた。人数で僅かに勝っているとはいえ新選組相手にわざわざ斬りかかるのでは流石に割が悪い。

そこで大橋は、渡船に乗り込む際に渡し場の桟橋で切り捨てるのが一計であると論ずる。他の皆もこれに同意し戎橋以近までは新選組との距離を空け保ち、その跡を追った。

そろそろ橋が近い。

彼等の後ろから間合いを詰めるべく大橋が少し離れて歩いた他の浪士へ顎でしゃくるように指示を出す。

追ってやや足早に大橋と数名の浪士も跡に続こうとするなり、

「あっ」

思わず声が漏れる。

渡し場の直前に来て新選組を置き去り坂本と長次郎が駆け出したのだ。

疾走る二人は上手く町人を掻い潜りこれを追えずに新選組の四人が慌てふためく様が先に見える。大橋は咄嗟の手招きで先行した浪士を呼び戻した。

「どうする、大橋?」

「坂本の方を追うぞ、新選組の相手をしなくていいのは寧ろ幸いじゃ」

確かにと、一同は直ぐさまその場を離れた。

二人が逃げた先を追う長州浪士七人にはこれは都合が良かった。戎橋を南下した先の難波は藩の管理が細やかには行き届いていない貧民村である。

享保(きょうほう)大飢饉(だいききん)とはウンカの大量発生による害虫の蝗害(ローカスト)である。この飢饉に対応するべく、幕府は直轄の救援米備蓄蔵を難波に建てこれを難波御蔵と呼んだ。

災害対策の拠点となった難波だがその周辺には救済米を求めて民が群がった。米蔵への水路を開削する為にこの集まった人々を登用し難波新川を引いたが、これにより難波には寄り集まった人々の新たな貧民村が出来上がっていた。

道頓堀中心部から僅か南だが街の雰囲気はあちらとは段違いだ。飢饉の程ではないが未だ名残があるのか生活窮困者が場所を求めてやって来る。

しめたと、大橋は腹の中で笑った。

日中、他の場所であれば目立ったところだが此処であれば坂本を斬り捨てるのには絶好の場所である。お誂え向きか、跡に続けぬ新選組のその姿は見えない。

追う二人のその背を捉えた。

「発破しろ!」

だんっ、と、

一つ筒から抜ける火薬の音。だが精度の悪い短銃の所謂、威嚇射撃程度である。

咄嗟にか、二人は近く藁葺(わらぶ)きの貧相な古民家に逃げ込み、その戸口を閉める。

「虎の子の一発だぞ」

「良か、もう其処に潜んどるぜ」

言うや大橋が刀を抜き片手で裏に回れと三人に手振りをする。農村ではよくある田の字形の間取りの家屋だ。玄関口と縁側を塞ぐと逃げ場は一切無かった。

潜む二人へ大橋達がにじり寄る。

「袋の鼠じゃ、逃れられんぜ」

ぴしゃりと、戸を威勢よく開ける。

だが屋内は静まり返り居間(でい)の障子戸は閉められ、奥では身構える音さえ聴こえてこない。

いるはずだ、眼前でこの家屋に逃げ込んだのだ。

日中だが生活の貧しさが不気味に投影された土間に錯覚をする。今から人を斬るという呼吸が血と暗い闇を感じさせた。

大橋が先の上がり(かまち)に足を掛けると、

「ぎゃっ」

と背後で短い悲鳴がした。

咄嗟に振り返ると、続けざまもう一人が袈裟斬りを受けて大橋がその返り血を浴びる。

「なんだとっ!?」

怯むなり、今度は障子戸を蹴破る弾き割りの一刀石をもう一人が頭蓋へ喰らう。

更に残心短く斬り上げる二の太刀、たんっと大橋の右小手が宙を舞った。

「……っ!!」

声が出せずその場に(うずくま)る大橋。

慌ててか、裏の縁側に回っていた三人が座敷(おもて)を跨いで駆け付けたが、

此奴(こいつ)等!?坂本達じゃなか!?」

やられた仲間の不様に愕然と、そしてこれを追っていたのが村上剣吾と沖田総司であった。

「僕と坂本さん、背丈が似てましたからね」

まずまず長身の沖田、坂本より僅かに低いぐらいか。

「貴方方の頭は彼でしょう、これ以上は無意味な斬り合いになりますよ。退いてくれませんか?」

酷く出血した大橋はもはや誰が見ても助かるようには思えなかった。

「大橋っ、許せ!」

言って駆け出す三人の長州浪士達。この二人だけに一瞬で四人もやられたのだ、相手が悪いと思ってだろう。

やれと刀の油を払い鞘に納める沖田。

「彼はもう立てませんね」

大橋を見やるがもう事切れる寸前であった。

彼等が新選組と距離を開けていた時、坂本と長次郎に二人のダンダラ羽織りを貸せて着させ、渡し場で駆け出したのが剣吾と沖田だったのだ。

「しかし村上君、鈎縄(かぎなわ)まで使うとは思いませんでしたよ。剣士より曲芸師の方が合ってるんじゃないですか?道頓堀で職探ししてみては」

大橋等が侵入してくるより前に腰に帯びた細い鈎縄で家屋の通し梁に跳び上がり、頭上で待ち伏せていた剣吾である。

「勘弁して下さいよ…」

しかし内心は漁師が一番肌に合っているなと思っていた剣吾である。


これは数年前に(さかのぼ)る話し。

免許皆伝に至るには他流試合にて己が流派の心技を魅せそれを奥義と成す事であるが、それ以前の段階にて他流稽古というのが避けては通れない過程であった。

さりとて、江戸時代初期の頃にて流派毎の『道場破り』というものがこと深刻な遺恨を双方に残すものであり、この流れから他流試合や他流稽古は限られた正式な手順を踏んで行わなければならないものとされている。

免許皆伝を目前としていた試衛館の近藤勇は、江戸三大道場と呼ばれる内の一つ北辰一刀流の千葉道場にて近く他流稽古を開催するという知らせを受け出立した。千葉道場は門人を数千と抱えており、この手の大規模道場では頭目の名誉に(あやか)ると共に、また剣術界隈へ還元すべく、平時制限のある他流稽古を折々こういった形で(おおやけ)に受付ける事があった。

試衛館のような小さな道場にしてみれば願ってもない催しである。

この頃の沖田総司は未だ十三の少年、近藤に連れられ竹刀と木刀を担ぎ小さな荷造りを背負い込む。

徒歩で一刻僅かに無いほどであったが、今二人は千葉道場の門前に立っていた。

しかしながら不思議なことに、数千の門人があるとされる此処の道場はそこまでの敷地を構えておらず、それどころか門前はしんと静寂し、人の気配すら感じられぬほどであった。

「御免!」

門を潜った近藤が玄関先で気組(きぐみ)を発する。

すると中から道着袴を身に纏った、しかし出てきたのは女性だった。それもかなりの美人だと少年の沖田が思った。

「何か御用ですか」

少し不機嫌な感じだ。

「こちらで他流稽古を催していると聞いて馳せ参じました」

近藤が聞くなり、女性がああと面倒くさそうな表情をした。

「たまにいるのですが、こちらは桶町千葉道場でして、よく『小千葉』と呼ばれている方です。本日出稽古の募集を受けているのは『大千葉』の玄武館の方ですよ」

「あいや、これは相済まん!」

どうやら場所を間違えたらしい。

これはどうするかと近藤、今からその玄武館に向かうのは出遅れてか先の北辰に失礼になるだろう。日を改めなければならないなと沖田が思っていると、道場の内から一人男が飛び出してくる。

「まあ待ちい、佐那(さな)

土佐訛りの男だった。

千葉道場と言えば水戸の出が多いとは聞いていたが、よもやの土佐とは意外である。

「儂も他流稽古はなかなか無いき、どうじゃ?儂で良ければ相手をするぜ」

「ちょっと坂本様、勝手に他流稽古等しては父上に叱られますよ」

「儂ももう北辰は中伝じゃき、そろそろこういったもんにも、慣れとかにゃならんぜよ」

この坂本と佐那と呼ばれた者同士、やや痴話喧嘩のように見えた沖田だったが、

「よろしいのですか?」

近藤は至って真面目だ。

「良か良か、今から大千葉に行っても無礼じゃろうし、ここも向こうとは一体じゃけんの」

言うなり坂本の勢いで道場に案内された二人は美しく清掃行き届いた床板の隅で荷造りを降ろす。

大きな道場とは言えなかったが、それでも何故か此処にはこの坂本と佐那以外の他の門人の姿はなかった。

「今日は皆、あちらに行ってしまったんじゃ。儂らは留守番ぜよ」

「ああ、それで。坂本さん、竹刀でよろしいでしょうか?」

「ああ、構わんぜ」

沖田が包みから竹刀を取り出し近藤へ渡す。しかし依然、佐那の方はこれに納得のいかない様子であった。

竹刀稽古であるが試合ではなく打ち合いになる。佐那はもう知らぬといったふうで傍らで正座し、二人を静観することとなった。

然し、いざ打ち合うや否や、

近藤の圧倒である。

沖田からしてこの坂本という男もかなりの使い手ではあったが、永らく他流に恵まれなかった近藤はもはや皆伝の域には既に達しているのであった。

元より天然理心流の宗家・近藤周斎(こんどうしゅうさい)に認められその養子縁組となった近藤である。道場は小さいながらもその技は他に類を見ないほど洗練されたものに今では成っていた。

「まだまだ参っとりゃせん!」

打ちのめされる坂本は尚も立ち上がるが、

「待ってくれ坂本さん、これは稽古だ。試合じゃない、少し竹刀を納めませぬか」

近藤が(ただす)が坂本は引き下がらない様子。

ややともしてか、

「坂本様!少しは懲りたでしょう」

これを諌めたのは佐那の方だ。

側で見ていても痛々しいぐらいだろう。留守中に勝手に他流稽古を始め、しかも手痛い指南を近藤から受けたのだ、師範の定吉が帰ってこれを見ては只では済まないかもしれない。

「近藤様、別間に支度をご用意しますのでご休息のほどをお願い申し上げます。お連れの小僧さんも、坂本様もですよ」

佐那の表情は少し怖い程であったが、ここまで言われて坂本も諦めざるを得ないのか。

「ぬう…近藤さん、いつかまた儂と手合わせしちょくれ!」

「勿論です、坂本さん。誤って訪問した挙げ句、厚遇(こうぐう)して頂いた御恩、この近藤生涯忘れることはないですよ」

妙な珍客になってしまったなと、少年の沖田はこの時思うのであった。


壬生寺駐屯所に呼び付けられた村上剣吾。

何を言われるのかは大体察しが付く。昨日、大坂のぜんざい屋「石蔵屋」での沙汰だろう。

総長山南は学問は朝飯前に昼には隊士の時務を見、それから金策等の各所方面へ往返(かよい)詰めたりと剣を振る以外の事は特に率先して行い、また近藤土方と新選組主脳として策をまとめる他、彼等の個人的な相談役ともなった。

表門を潜ると直ぐ側に阿弥陀堂があり、ともすると新選組は浪士組の頃より浄土真宗の恩恵を賜っていた。山南はこちらで執務にあたるのが随時である。

剣吾が明け五つ刻に早速山南の元へ訪れると、もう一人、想像していなかった者が其処には居た。

新選組局長・近藤勇である。

志木沖田大石は居らず、何を言われるのかと剣吾が内心身構えていると、

「村上、昨日はご苦労だったな」

意外にも労われる。

「あ、いえ、然しまた近藤さんまでどうしたんですか?」

「歳がな、それはもう御立腹でなぁ…」

ああ、やはりと、

山南によれば昨日はあの後、谷率いる七番隊が石蔵屋へ討ち入りを行ったらしく、然し二階に居たのは大利鼎吉という土佐浪士を一人斬っただけで「大坂城乗っ取り計画を阻止した」のだと大騒ぎだという。

浪士を一人斬っただけで七番隊を総動員という騒ぎに立証性の薄い計画の阻止を主張に加えて、沖田は坂本龍馬を海軍操練所まで保護し、追撃のあった長州浪士組は半分を見逃したとあって副局長・土方歳三は怒髪天ものだったという。

これを宥めたのが近藤と山南の二人で、沖田には数日間の謹慎を土方から言い渡されたらしい。

しかしこれで終わりということもなく、

「実は…村上君、これを見て下さい」

山南の前に置かれていたのは葡萄文蒔絵刀箱(ぶどうもんまきえかたなばこ)

装飾の施された刀箱の中身はやはりそれ相応の物だろう「失礼」言って剣吾がその箱を手元に寄せ箱を開く。

中身を見て驚いた。

「これは…一文字 則宗(のりむね)ですか!?」

中には柄の無い、しかし見事な刀身の一振りが慎重に納められていた。

(なかご)に菊の紋が銘打ってあるのがわかりますか?『菊一文字』という名だそうで」

やや細身の刀身ながら、それは最上級大業物と誰が見ても思うだろう輝きを放っていた。

剣吾がこれまで見た刀の中でも、これが最も優れた一振りではないだろうか。

「これと一緒に感謝状が贈られてきまして、坂本龍馬から」

「え」

思わず間抜けな声が出る剣吾。

「手紙には総司の判断と采配に対する謝礼と、この刀を彼に贈呈しますと。他に『近藤さん』にもよろしく伝えてくれと書いてあります」

そういえば沖田は、近藤であれば坂本龍馬を斬りたくないだろうと、あの時そう言っていたが。

近藤はその刀をただじっと見つめ、いや何かを懐かしんでいたのか「そうか…坂本さんがな」と、どこか情景に浸っているふうであった。

「で山南、その刀はどうする?」

改めて近藤が聞くが、

「蔵の奥に仕舞っておくしかないでしょう。こんなものと感謝状が坂本龍馬から贈られてきたなんて知ったら、今度は土方さんを止められませんよ」

恐らく日本(ひのもと)一の名刀となるはずだろうこの一振りが、

よもや駐屯所の蔵の奥底でひっそりと眠ることになる。

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