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05 愛は一方通行のときもある





ルイは追い詰められている。



――目の前にライナの顔。






ものすごくものすごく

粘着質な目でこちらを見ている。

……朝からずっとだ。


時は既に、昼の14時を回っていた。

今日は土曜なので、

学業が本分のライナも

朝からずっと、我が桐ケ崎家で奉仕している。


愛禍(アモロス)が昇天したからか、

以前の青白い顔色は消え、血色が良くなっている。


そのせいか、粘着質な視線にも妙な迫力が……

いや、活力がみなぎっている。


そして、

朝から仕事なのをいいことに

ずっとつきまとってくる。




ことあるごとにルイの視界に入り

こちらをジト目で見つめてくる。

どれだけ顔をそらしても、

そらした先に移動するほどのしつこさである。





――わかっている。


説明を求められているのだ。

先日の愛禍(アモロス)との戦い、鎮魂について。





――あの日、





茶室(ティールーム)から戻ってきたあと、

ライナは、スイッチが切れたかのように倒れ込んだ。





「おい!大丈夫か!?」





慌てて抱きとめると、

スースー寝息を立てていた。


ルイは、はぁー、と安堵の息を漏らし、

ホッとしてライナの顔を覗き込んだ。


顔は青ざめ、鎖骨がくっきり見えるほど痩せ、

一目で衰弱しているのが分かる有様だった。


ルイは、

ライナが愛禍(アモロス)に生気を削られ、

生きるか死ぬか

ギリギリの状態だったことを悟った。





――なんでこうなるまで、気づかなかった…!!!





ぶつけようのない怒りが、足元から沸き上がる。


自分が想鎮士(ソメンター)になったのは

彼女のような人間を

『救うため』ではないのか?




自分の不甲斐なさに吐き気がした。




ベッドに寝かせようと抱きかかえると

十歳も下の、よく働く少女は、

――びっくりするほど軽かった。




時計を見ると23時。


この時間に家族は誰も帰宅していない。

家族構成までは知らないが、まだ学生だ。

さすがに、親、もしくは親代わりはいるだろう。




――十八歳、

大人とも子どもとも言えない歳の頃ではあるが…




ルイは愛禍(アモロス)が漏らした

ライナの抱える『孤独』が頭から離れなかった――





===============






桐ケ崎家は、古くは皇族の血を引く

日本でも有数の名家である。


また、国家最重要機密の

想鎮士(ソメンター)』を受け継ぐ筆頭家系である。


歴代当主とその妻のみに伝えられてきた

その役目は、


『モノが主を愛したが故に、

化け物と成り果てた成れの果てである愛禍(アモロス)


その愛禍(アモロス)から、

思いの丈をすべて聞き出し、

この世への未練、後悔、恋慕を

すべて手放させて、昇天させる』



ことである。



愛禍(アモロス)は、

人には見えず、その声も人には聞こえない。

もちろん愛しすぎるほどの(あるじ)にも届かない…


それ故に、

発狂し、(あるじ)を喰らうことになる。




――嫉妬に狂う女みたいなものだ。






制限時間は72時間。






持ち主を、愛禍(アモロス)から救うには、

茶会(ティータイム)を催すしかない。


茶会(ティータイム)は、

想鎮士(ソメンター)と契約を交わした

魔道具――紡具(スピンドラ)によってのみ開かれる、狭間の空間でしか開催できない。


また、茶会(ティータイム)を開けるのは

高位の想鎮士(ソメンター)のみだ。

本部のある英国(イギリス)の承認議会によってのみ

その資格が授与される。


そもそも、

受け継がれている家も数えるほどなのに

さらに承認やらなんやら面倒なことが重なれば、

慢性的な人手不足は目に見えている。


これだけモノが溢れる日本において

高位の想鎮士(ソメンター)は5人しかいない。

労働基準法などお構いなしだ。


そんなこんなで

高位の想鎮士(ソメンター)たちは

はたから見たら道楽としか思われない仕事に就いている。

基本的には、バカでかい家に住んでいる

金持ちしかいないのだから。




ルイも例に漏れず、

道楽のつもりではじめた物書き仕事であったが、

――当たってしまった。

本人が腰を抜かすほどには、衝撃的だった。


そんなこんなで

ただでさえサービス残業だらけの家業と

不規則極まりない小説家業、

どちらかが山場の時には、

片方が注意散漫になることは見逃してもらいたい。




そう思ってここまで、のらりくらりとやってきた。






――そのツケがこれだ。






何が筆頭想鎮士(ソメンター)だ…

目の前にいる人間すらまともに救えないなんて…


ルイは血がにじむほど、強く唇を噛んだ。


どうにもならない想いを抱えたまま、

起こさないよう静かに

ライナの自宅をあとにしたのだった。





だが、

ここまで問い詰められることになるとは…



「――確かに、

茶会(ティータイム)に参加までしているのに

何も教えないのはなぁ……。」




ルイは愛用の文机に肘をついて


「――はぁーーーーーー…。」


と長い長いため息をついた。




全く関係がない、と言ったら嘘になる。

ライナは、どう考えても当事者(・・・)なのだから。



「――しかも、見えるし、聞こえるって

どういうことだよ……。」



一般人には見えないはずの

愛禍(アモロス)が見える。


しかも、

会話ができる人間は、

想鎮士(ソメンター)以外で

これまで会ったことも聞いたこともない。



どんな生い立ちなのか、

めちゃくちゃ気になる。

本当に、一般家庭の出身なのか?


――実は、

何処かの想鎮士(ソメンター)の隠し子…?



「……さすがに、ないか…。」



想鎮士(ソメンター)》については、

最重要、国家機密となっている事項だ。

ルイ単独の判断で、ペラペラと話せるほど

軽いものではない。



ルイとしても、

色々明らかにして、

ライナを問い詰めたい部分はあるものの

自分から墓穴を掘りたくないというわけである。


そういうことで、

ルイはライナの猛攻から

のらりくらりと逃げているのである。






=======






そんなこんなしていると、松木がやってきた。

珍しく慌てた様子だ。




「どうした?」

ルイは声を掛ける。




ライナも通常通りを装って、部屋の掃除をしている。


昨日のことについて

説明を求めるタイミングを見計らいすぎて

全然ルイから離れない。


もはや、ストーカーの域である。




松木は、前置きする時間すら惜しいかのように

そそくさと口を開いた。




「申し上げます!

葉子様がルイ様にお話があるとのことです。

既にこちらに向かわれています!」






――がたーーん!!!!






ルイは派手に転んだ。

いや、座っていたのだが、転んだ。

それくらいの衝撃を受けていた。




普通に掃除をしているフリをしていたライナは

派手に転んだルイの様子に

目と口をポカーンと開けている。




――ルイは焦った。





ライナに構う余裕など

1ミリもなくなってしまった。

真っ青に青ざめたルイは叫んだ。




「お、おばあさまが!?」




何か、なにかしたか!?

いや最近はそんなに

変なことはしていないはずだ。


頭をかきむしりながら、

思考をぐるぐると回しているルイに

松木もソワソワしながら答える。




「そうでございます。

もう5分もたたないうちに、こちらにいらっしゃるかと。

せめて身だしなみだけでも整えくださいませ。」




そういうが早いか、

ササーッと足音も立てずに、廊下の奥に消えた。


ルイは

『逃げたな…』

と更に青ざめて絶望した。





何も知らないライナが

間延びした声で聞いてくる。


「葉子様って、ルイ様のおばあさまなんですよね?

なんでそんなに、怯えていらっしゃるんですか?」




ものすごい勢いで、

正座したままターンを決めたルイは

両手を使って器用に正座のまま畳の上を滑りながら

ライナに詰め寄った。




「お、お前は何も知らないから…

そんな……

の、のんきなことを言えるんだ…!!」




ルイは、真っ青な顔で

両目に涙をためながら

もうなりふり構わない姿で

ライナの肩をガシッと掴み、ぶんぶん揺らす。




「ちょ、ちょっと、ルイ様!

やめてください!」




ルイの思考回路はぶっ飛んでしまった。

ライナが何か言っているが……

構っている場合ではない。


お祖母様に比べたら、

愛禍(アモロス)なんて

締め切りなんて

かわいいもんなのだ――



な、何か!

何か対策を……!!!




そんな事を考えていると……





「――ルイ。」





いつもの聞き慣れているが聞きたくない、

凛とした声が名前を呼んだ。



ルイはビクッと体を揺らした。



そお――っと振り返ると、

いつものようにおだやかな微笑みをたたえた祖母、

桐ケ崎 葉子がそこにいた。





「久しぶりね、会いたかったわ」





ルイは祖母の顔を見た瞬間

その微笑みの奥に宿る、獣を射殺すような視線に

もう逃げられない……と悟った。

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