50 茶会への誘い、再び。
「陣を描くまでは、俺が加勢する。」
ミツキが先程とは打って変わった、
力強い瞳でライナに告げる。
ライナとしても、
ミツキの手助けがあるのは心強かった。
人払いをした部屋の中で
愛禍は、相変わらず、
ルイのそばに侍っている。
その顔は、ガラスの様に儚げで、
その目は、ルイ以外を映さない。
ルイにまとわりつく、
蛇のような異様な恋慕が、
形になって見えるようだった。
その空気は、畳の隙間にまで充満している。
集中していなければ、
その空気に当てられて、
その場に崩れ落ちてしまいそうだ。
そんな空気に満たされた部屋で、
ミツキが口を開く。
「彼奴は茶会を開こうとすると、
それを阻止しようと襲いかかってくる。
――まずは、
《陣》を編むこと
に集中してくれ。
その間、俺が引きつける。」
「わかりました。」
ライナは、ミツキの真剣な目を見て
しっかりと頷く。
正直、ミツキさんが、
手助けしてくれるのはありがたい。
ライナは、《陣》を紡ぐことに集中できる。
頭が真っ白になり、手は震えた。
そもそも、実戦が初めてのライナにとっては、
荷が重すぎる相手。
――しかし。
目の前に、
静かに横たわり、
人形のように微動だにしない、愛しい人。
桐ケ崎ルイ。
ルイをこのまま見捨てる、
なんて、
そんな選択肢は、
ライナには存在しなかった。
「おや?
懲りない奴らがいるようだねぇ?」
こびりついて取れないガムのような、
ねちっこくて煩わしい笑みを、
愛禍がライナに向ける。
シャツの隙間に、生温かい嫌な風が流れる。
ライナは、
静かに目を閉じ、
一つ、息を吐いた。
私は想鎮士。
愛禍に負けない――!!!
ライナは、
鋭い視線で愛禍を睨む。
「へぇ。」
その視線に、愛禍が唇の端を上げる。
ライナと愛禍の視線が、
絡み合う。
その時、空気が震えた。
「まあ、そう言わんと、
俺と遊んでください…よっ!!」
ライナの覚悟を目に焼き付けた、
ミツキが華麗に宙を舞う。
そして、
愛禍がミツキに視線を移す。
「……ルイ様の呼吸を奪う瞬間まで、
私だけの時間なのに!」
先程までの愉悦の表情から一変。
愛禍は、
触れれば身を引き裂くような、
凄まじい殺気に身を包み、
ミツキに襲いかかる。
その手は、光を割くほど鋭く、
冷たい剣に変わっている。
「ちょっと、動きが単調じゃあらしまへんか?」
「なんダト!!」
愛禍が大きく一歩を踏み出す。
『ええ感じや。怒りに我を忘れろ!!』
愛想のいい笑みで、
ミツキが愛禍を挑発する。
キィン!!
鈴の音のような高い音が響く。
ミツキは、涼しい顔で、
刃を扇で、受け流す。
――速すぎて見えない!
目で追えないほどの速さで、
愛禍とミツキは、打ち合いを続ける。
その様子に、ライナは、ミツキと自分、
はたまたルイとの実力差を思い知る。
悔しい……!!
唇を強く噛む。ザラリとした鉄の味がする。
私には、まだ、愛禍と戦う技術はない。
でも。
これは、ミツキさんが、
私のために作ってくれた時間。
私は……
私に、できることを!
ライナは、《陣》を紡ぐことに集中する。
それなのに、なかなか進まない。
気持ちばかりが焦る。
『もっと早く紡ぐ練習をしておけば、
ミツキさんの負担を減らせたのに!』
必死で紡ぎながらも、
過去の自分への後悔が止まらない。
この時間が一秒でも短くなれば!
なんでこんなに遅いのよ!
そうして、集中力が落ち、
さらに《陣》を紡ぐのが遅くなる。
――早く…!ハヤク、早く!!!
「ライナちゃん、焦ったら負けやで!」
ライナは、はっと顔を上げる。
声のする方には、にっと笑うミツキがいた。
心に、ひとつ、明かりが灯る。
コクリと一つ息を呑む。
自分の刻んだ《陣》を見下ろす。
「違う!
まずはしっかりと《陣》を紡ぐんだ!!」
ミツキさんは、
私が全く想鎮士としての経験がないのに、
私にルイのことを託した。
私は――今の全力で、その期待に応えるしかない!!
「後、もう少し!」
やっと終わりが見えてきた、
その時――。
「うぁっ!!!」
――はっ!
声のした方に視線を向けると、
ミツキの首元に愛禍の刃が突きつけられている。
ミツキはかろうじて紡具で耐えている。
しかし、
愛禍は、
己の持つ全ての力で、刃を押し込む。
その刃は、ミツキの喉元に食い込む。
ミツキの喉元に、赤い血が滴る。
「――ミツキさん!」
「こちらに構うな!!!!」
ライナは、ビクッと肩を震わせる。
「こちとら、何度も死線をくぐっとるから、
こんなもんお茶の子さいさいや。
まずは、自分のやることに集中しいや!!!」
ライナはハッとして、
再び目の前の完成間近の《陣》に向き合う。
ミツキさんだって大変なのに、
私のことまで気にかけてもらってる。
集中しなきゃ。
すうっと大きく息を吸い込む。
自分の鼓動が聞こえる。
――私のやるべきことを!
ライナが集中力を取り戻りたのを見届けて、
目の前の敵に向き直る。
浴びれば凍りついてしまいそうな吐息が、
ミツキの頬をかすめる。
「……くっ!
かっこええこと言ったけど、
こっちもかなりしんどいなぁ!」
愛禍は、
今にも、ミツキの喉元を食いちぎらんばかりの勢いだ。
「だけど、
こんな時こそ、先輩が何とかせんとなぁ!」
最後の力を振り絞って、
愛禍の刃を跳ね除ける。
「……コゾウ!!」
愛禍の怒りは、最高潮に達していた。
――次は、完全に仕留める気で来る。
ミツキは、迎え撃つ覚悟を決める。
――頼むで、ライナちゃん!!
「……できた!」
ライナの眼の前には、
光り輝く魔法陣が現れた。
誰のものでもない。
ライナの陣だ。
――よし!!!
息を吐く。
身体が熱い。
何かが自分の奥から溢れ出てくる。
震えは、消えた。
場は、静寂で満たされた。
何を言葉にすればいいのか、
分かる――!
茶会への召喚呪文は、
ライナではない誰かが、唱えているかのように、
勝手にライナの口から紡がれた。
まるで、ルイがライナに
力を貸してくれたかのように。
「愛に囚われしものよ――
我が言葉は契約、
我が名は鍵。
漆黒の誓約のもとに、
その魂を優雅なる束縛へと導かん。
招待を拒むな――」
静寂が音を呑んだ。
「これは命令だ!!!」
ライナの口から
呪文が空に刻まれた瞬間。
ライナと愛禍の目が合う。
「――し、シマッタ…!」
光り輝く渦に部屋が包まれる。
愛禍の声も、ライナの声も飲み込まれる。
世界が白に塗りつぶされる。
そして、
茶会は、再び幕を開けた。




