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43 対峙のとき


「なんや、ひまやのー」


ミツキが畳の上でゴロゴロしながら呟く。

ミツキが来て一週間。




――まったく愛禍(アモロス)が現れない。




そんなこんなで、

締め切りに追われるルイの後ろで、

ぐうたら猫の体裁で

ミツキがけだるそうに寝っ転がっている。




「何もないなら、それが一番平和じゃないか。」




ルイが地を這う声で応対する。

こちらは締切で頭が吹っ飛ぶ勢いだ。



「京都では、大層おもてなししたたったのになぁ。」

「……んんっ!」



――暇だ、どこかに連れて行け。

そういうことである。




「……今日が締め切りだから無理だ。」


ルイは、精一杯あがいてみる。





「えー?」

ミツキは、相変わらず小憎たらしい返事しか返さない。


ルイは、完全無視を決め込んで

ひたすらキーボードを叩く。




その背中を見つめていたミツキが


「あ!そや!」


と切り出した。




「あ?」

ルイは、いい加減黙れよ、

というオーラを隠そうともしない。

そして、爆弾を投下した。






「こないだライナちゃんにおうてん。」


「はぁ!?」






ルイは、ザザザッと畳の上をスライディングして、

ミツキに詰め寄る。


「……お前…余計なこと…いってないよなぁ?」


ミツキを問い詰めるルイの後ろには、

般若が見える。


ミツキはチラリとも動じず、

相変わらず軽薄な笑みを浮かべながら答える。


「ああ、ちょろっと立ち話しただけやで」


「……ホントか?」


ルイは顔色を変えないまま、

ずずぃっとミツキに詰め寄る。

ミツキは気にもとめない。



「いや、ちょっとカマかけたんやけど

思った以上の成果やったわー」


「何だそれは?成果ってなんだ?」



ルイはさらに詰め寄る。

ミツキは、笑いながら続ける。


「お前がそんなに興味持つなんて珍しいな!

ライナちゃんのこと、ほんまに気に入っとるんやな!

カカカカッ!」


「なっ!」


「ほらほら、顔真っ赤やで。」


「くっ!!」




口ではどうやってもミツキに勝てない。



そう判断したルイは、

ぷいっと文机に向き直り、

キーボードを叩き始める。


文章なんて叩けていないが、

仕事をやっているふりをして、

とりあえずこの場から逃げたかった。



そんなルイのことはお見通しかのように

背中から声がする。




「オレもあの子、賛成やわ。」


――は?


「え?」

ルイは、慌てて振り向く。




そこには、さっきまでのからかうような笑みではなく、

本当にうれしそうな笑顔を浮かべたミツキがいた。


「あのくらいの勢いがないと、

お前みたいなヘタレな引きこもり

一生彼女できひんで。」


「お、お前それ言い過ぎ!」


「ちゃんと

つかまえとかんと……」



ミツキが一歩距離を詰めた。

呼吸の熱が耳をくすぐる。






「――俺がもろてくで。」






「――っ!!」


バッ!とルイがミツキから離れる。


「お前何言って!」


それを見て

にんまり笑ったミツキはこういった。


「ルイ、

好きなものは好き、って、

ちゃんと言わへんとあかんで。


――誰かに取られても、文句言われへんで?」





==========





全然東京観光できなかったー、

と文句たらたらなミツキを

新幹線に放り込むと、

ルイは、身体にどっと疲れを感じた。



桐ケ崎家の車の後部座席にドカッと座り込む。



「おつかれのご様子ですね、ほほほ。」

いつもの運転手が、声を掛ける。


「アイツはほんとうるさい……。」


「まあまあ、坊っちゃんの数少ない

気心知れたお友達ですからね」


「数少ない、は余計だ。

あと、坊ちゃんじゃない。」


「ほほほほ。」


運転手にサラリと交わされ、

ルイは窓の外を眺めた。


いつもの街並みがゆっくりと流れていく。





ミツキはヘラヘラしてるのに

核心を突くから嫌いだ。


嫌いだけど、憎めない。





祖父も父も母も

誰もいなくなったとき、

支えてくれたのはアイツだった。


葉子には絶対言えない。


私がどれだけ苦労したのかわかってる!?

と、ぼやかれて説教される。


考えただけで背筋がゾクゾクする。



祖父も父も母もいなくなったとき、

支えてくれたのはアイツだった。

葉子には言えない。

感謝している。


けど、それと“救い”は違う。



だからこそ、

ミツキには頭が上がらないのだが。





「――好きなものは好き、か。」





しかし。




ミツキは、ライナの生い立ちを知っても

同じことを言うだろうか?


ルイは流れていく街並みを

ただ見つめていた。



空には、今にも暗闇に溶けそうな金糸のような月が

静かに浮かんでいた。



========



同じ糸のような月がなんとか己の姿を知らせようと

必死にもがくような月明かりの下。




「――っく!!」


ドサッ!


ライナはベッドに倒れ込む。


「こ、こないだより、めちゃ大変だわ!」


ライナは以前の修行で

想鎮律(ソーチュネート)は撚り上げることが

できるようになっていた。


本来なら、その後、

撚り上げる精度を高める修行を

何度も何度も繰り返す。


そして、

自分の意のままに想鎮律(ソーチュネート)を操れるようになってから

次の段階に進むのだが、


ライナは想鎮律(ソーチュネート)を撚り上げるまでの

期間が恐ろしいほど早かったので、

葉子さんは、その修業をぶっ飛ばすことにした。


ちなみにルイもこの方式だったらしい。

流石というか、なんというか。


大変なのは分かっていたが、

何より力が欲しいのは、ライナのほうだ。


二つ返事でその修行に挑むことにした。





想鎮律(ソーチュネート)から

自分の茶室(ティールーム)を創る


という修行である。





まずは手のひらサイズの空間から。


何だそれなら簡単そうじゃん、と思ったのも束の間。

《空間》を創るのは、想像の千倍難しかった。


球よりも立方体が遥かに難しい。

球ならなんとなく全体を同じ力で

包み込むイメージで編んでいくと

それなりに形になる。



「何回やっても、角がつぶれる!」


イライラしすぎて

髪の毛がボサボサになるのも構わずに

頭をかきむしる。


立方体は、それぞれの面に

同じ力を編んでいくのが

難しい。

難しすぎる。


葉子からは

『立方体ができれば、

あとは大きくしていって、

同じ要領で中の空間を作り上げていくだけよ』

と言われたが、




言うほど簡単ではない。




ルイの作った《空間》は、

ライナが走っても全然端につかないくらい広かった。





「――全然だめじゃん。」





泣きたくなる。

泣きたくなるけど、今じゃない。


私は強くならなきゃいけないんだから。


ライナはガバっと起き上がると、

机に向かい猛烈に勉強し始めた。


この修行に比べたら、

正解がある問題なんて、

簡単すぎてしょうがなかった。





==============





「なんで、アイツが帰った途端、

また愛禍(アモロス)がまた湧き出すんだよ!」



ルイは夜道で悪態をついていた。



ミツキが帰った途端、

連日連夜愛禍(アモロス)が顕現し、

ルイはまだ睡眠不足で瀕死の状態になっていた。


「くそっ、締切終わった途端これかよ!」


しかも、ルイに何も言わず、

ライナは休みをもらっていた。

道理で最近見かけなかったわけだ。


あまりにも見かけないので、

意を決して、松木に尋ねたところ


『受験のためお休みをいただくそうです。』


とあっさりと返された。


しかも、

『知らなかったんですか?』

と小首を傾げられた。





「くそっ!!」





思い出したらまた、腹が立ってきた。


確かに!

俺は、ただの雇い主だし!

別に、使用人がいちいち主に断る必要はないし!

顔が見れないから残念だ、なんて……




「……最悪だ。なんで俺こんなに……。」




『ちゃんとつかまえとかんと、おれがもろてくで。』

ミツキの言葉が頭をかすめる。



「まさか、アイツに焦らされるとはな。」



もう、ルイだってわかっているのだ。

ルイはライナが好きなのだ。

何をしてても、思い出すくらいには。


そのくせに、

ウジウジと年齢やら立場やらを気にして

言い訳しているだけなのだ。




「……藤凪と関係なければ、言えたのか?」




おもわず呟いた言葉に、

思いがけない方向から返事があった。






「藤凪って僕のこと?」






バッ、とルイは声の方を振り向く。

その声の主は、塀の上に腰掛け、膝に黒猫を乗せていた。





――あの時、黒猫を通じて話した少年の声!





あの日の公園で、

黒猫を通じて接触してきた、

アイツだ。


「僕が藤凪って、よくわかったね。

さすが桐ケ崎家の当主だね。」


男の子は足をブラブラさせながら

呑気に呟く。

膝の上の黒猫は気持ちよさそうに

喉を撫でられている。






「こんな時間に、

こんな場所で、

何か俺に用でも?」





抑えているつもりでも、

殺気が止まらない。

地獄の底から響く声が

物音一つない暗闇に静かに響く。


コイツが愛禍(アモロス)を操作している。

こんな子どもでも――藤凪家だ。

侮るな。


ルイは自分に言い聞かせる。


「わー、お兄さん怖い顔。

僕泣いちゃうよー。


でも、一応名乗っとくね。

初めて会う人には挨拶しろって

いつも言われるからさー。」



「……。」




暗闇でよく見えないが、小学生か中学生か?

こんなクソガキが

こんな時間に

こんなところにいるなんて

親の顔が見てみたいな。


ルイは、手を握っては広げる動作を繰り返す。

胸の奥のざわつきが止まらない。

そんなルイにお構いなく、

男の子は話し続ける。




「僕はね、

藤凪 リュウ っていうんだ。

一応、次期当主ってやつ。」


「へぇ。

それはそれは。

藤凪家の次期当主がなんの用で?」


「うん。

僕ね、アンタを傷つけたいんだよね。


そして――、





ライナの悲しむ顔が見たいんだよね。」




「――は?」






そう思った瞬間、

銀糸のような光がリュウの指先から伸び――

空気が鳴った。

陣が焼きつくようにステッキへ刻まれた。






「しまった!」



「ふふふっ。


しっかり見ておくね、

お兄ちゃんが苦しむ姿と

ライナが悲しむ姿。



ああ、楽しい。



泣く顔が。歪む声が。

ぜんぶ、僕のステキな時間を彩る音楽だ。」




そう言って、リュウは暗闇に消えた。




「――待て!!」



次の瞬間、音が、消えた。

発した声は闇に吸い込まれ、






――ルイの意識も闇に落ちた。

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