42 アイツが見た、恋の始まり
――正直に言わんほうがよかったかいな。
ミツキは、あのあと、
ルイにこってり絞られてしまった。
好奇心だけで来るな、とか、
まだなんともなってない、とか、
お前が見てどうするんだ、とか、
そんな理由で家を離れるな、とか。
「……そうは言っても、なあ?」
ルイが女に興味持つとか、
何年ぶりだよ?って事態だし、
そもそも、あの葉子のお眼鏡に叶う女なんて、
そうそういるもんじゃない。
だが……
「部外者から見んとわからんこともあるやろ?」
ルイは、あの通り、
恋愛ごとに関しては中学生レベル。
――いや、最近の中学生のほうが進んでるかもしれん。
それに、葉子さんの親友の孫?とか言ってたか?
こうなると、
葉子さんの目もまるっとは、信頼できひん。
あの人、身内には激甘やからな。
そんなこんなで、
ルイの過去の恋愛?遍歴を隅々まで知るミツキが
馳せ参じたのである。
「あー俺ってええ親友やなあ…」
ミツキは、そう言って
縁側に腰掛けた。
桐ケ崎家の整えられた庭がよく見える。
「ルイが、
都のこと
上書きできたらいいねんけどな……」
そのつぶやきは木枯らしに運ばれて消えた。
「……ん?」
そのままぼーっと庭を眺めていたミツキの目の端に
セーラー服が映った。
「お?あれかいな?」
ルイは、部屋にこもって執筆中。
今のところ、愛禍も顕現していない。
「今しかないやろ。」
ミツキは、満面の笑みで立ち上がった。
=========
「よし!松木さんに伝えたし、
これでOK!」
ライナは、勉学に励むためという理由で
長期のお休みを頂く挨拶に桐ケ崎家に来ていた。
ルイ、には会いたいけど……
やめておこう。
やることがたくさんある。
ここでまた、
あんなことが起きたら集中できない。
と、
寝ぼけたルイに抱きしめられたことを
思い出して顔が熱くなる。
「ダメダメ、ダメーーー!!!」
――はっ!!!
おもわず叫んでしまった……。
誰も聞いてないことを願いながら
ライナは辺りをキョロキョロ見回す。
『よかった、誰もいないな』
誰もいないことを確認して
ふぅーと息を吐いた。
次の瞬間――
「何がだめなん?」
「ひっ!!!」
真後ろから呼びかけられたライナは、
とりあえず心臓が天井にぶつかるくらい
驚いた。
バッ!と振り返ると
これまたイケメンの部類に入る
愛想のいい笑顔を浮かべた男が立っていた。
瀧佐賀ミツキ、その人である。
だが、ライナは初めて見る顔に
誰だこいつという表情を浮かべている。
「び、びっくりさせないでください!!!」
とりあえず、
人を驚かすな、ということだけ伝えておく。
「そないびっくりした?
そら、すまんかったわー」
ケラケラ笑っている。
――こいつ全く反省していないだろう。
ライナの中の《コイツはヤバイ奴》メーターが
振り切れた。
どれだけイケメンでも、
性格悪いやつはお断りである。
パッと見た感じ、
カジュアルだが、いい服を着ている。
桐ケ崎家の者ではない。
少なくともライナの記憶にはない。
――客か?
そう当たりをつけたライナは、
背筋を正して、綺麗なお辞儀をする。
「……お?」
思いがけない反応だったのか、
間抜けな声が、男の口から漏れた。
ゆっくりと顔を上げたライナは、
よそ行き仕様の微笑みを浮かべ、
「先ほどは、驚きすぎて、
大変失礼いたしました。
なにか御用でしたでしょうか?」
さらりと告げる。
いや特に、と言われた瞬間
とっとと退散する構えである。
「――ふぅん。」
男は、ニヤニヤしながら、
ライナを舐め回すように見ている。
――大概失礼なやつだな。
そう思い、冷めた目を向けようとした瞬間……。
「君が――ライナちゃん、やろ?」
「――ん!」
なんでこんなやつが私の名前を知っているのだ?
何処かで会った?
――いや、そんなはずない。
こんな仕事をしているから、
ライナは、人の顔はよく覚えている方だ。
疑問の嵐に見舞われながら
「そうですが。なにか御用でしょうか?」
と、素っ気なく答える。
相変わらず男はニヤニヤしながら、
ライナを見ている。
『胸くそ悪いやつだな。』
不満がどんどん顔に現れようとした時、
男は告げた。
「あ、俺ね、瀧佐賀ミツキ、言うねん。
ミツキって呼んでな。」
「はぁ。ミツキさん、ですか?」
「そうそう!
俺、ルイの友達やねん。
んでな、
こないだうちに来てくれたけ、
久しぶりにルイんちに遊び行ったろおもてな、
今朝、京都からこっち来てん。」
「……そうですか。」
何やら息をつく暇を与えない人だな。
早口でまくし立てるミツキに半ば呆然となる。
そう言えばこないだしばらく出かけていた。
この人に会いに行っていたのか。
ライナは、訪問先が女性ではなかったことに
少しだけホッとした。
――まあ、私のことなんて眼中にないやろうけど。
「ほいでな、そん時に、
ライナちゃんのこと聞いてん。」
「――え?」
なんで私の話!?
てか、どんな話したんだよ!
気になる!!
けど聞きたくない!!
でも、気になる!!
ライナは、
バクバクなっている心臓の音が聞こえないように
努めて落ち着いたふりをした。
「私のような使用人のお話をですか?」
ミツキがそれを聞いて
ニカーーー!と笑う。
「だって…
ルイの――弟子、なんでしょ?」
――!?
「――なんで知ってるんですか!?」
「えー?
ルイが言うてん。
俺らの仕事は、家で継ぐもんや。弟子なんて前例、ない。
それなのに葉子さんにも気に入られて――って。
そんなふうに、ルイの弟子におさまったんが
どんな子かおもてな。
まだ高校生って聞いて、
そりゃ、あの顔で、こんな家に住んどったら
玉の輿乗りたなるんやないかなーとかな。
どんな技、使いはったんやろな?」
ニコニコしてるのに、全然掴めない。
なんだこの人……!?
ライナはミツキから全く好意を感じなかった。
むしろ、
敵意しか感じない。
「私が、ルイを騙してる、っていいたいんですか?」
ライナは何とか言葉を紡ぐ。
背筋を嫌な汗が伝う。
確かに、最初の動機は不純だが、
決して、ルイを騙しているわけではない。
ライナはミツキをキッと睨んでいた。
「おーこわ。
そんな顔したらルイに嫌われるんちゃう?」
あーコイツ、
くっそムカつくやつだわ。
完全にライナのことを、
玉の輿狙いのド阿呆と思ってやがる。
ライナとしては、
ルイに自分のことを正しく理解してくれれば問題ないが、
ルイの友達というやつが、
ライナの悪口をルイに吹聴するのは
甚だ我慢ならなかった。
それは、本当の私じゃないから。
だから、年上とか関係なく、
きちんと自分のことを伝えなくては。
伝えた上で誤解されたらしょうがないが、
伝える前に勘違いされるのはどうにも納得いかない。
「――あの!」
「んー?」
ミツキは相変わらず軽薄な笑顔を向けてくる。
「大変な誤解をされているようですが!
私はルイの顔とか家とか、
興味ないですから!
あ、最初は多少イケメンだな、とか思ったりしました。
でも、あの性格ですよ?
初対面から、
あんな奴いらんとか言われて、
アイドルみたいにファンになると思います!?
無理でしょ!
確かに桐ケ崎のお家は大層立派ですが、
私は身の丈に合った生活に満足していますので
働かずにのうのうと暮らすとか
まったく興味ないんですよ!
むしろ、働いた対価としてお金をもらうほうが
使い甲斐あるでしょ!
私が、弟子にしてもらったのは、
葉子さんの口添えがあったからですけど、
確かに、葉子さんには可愛がってもらってますけど!
別にお小遣いもらってるわけじゃないですし!
介護して恩売って、財産ぶん取ろうとか、
一ミリも考えてないんですよ!」
「……は、はあ。」
ミツキは、ライナのすごい剣幕に圧倒されていた。
ライナはライナで熱くなりすぎて
息が上がってゼイゼイ言っている。
「……だから!
ただただ!
ほんとにルイが好なの!!
ルイが好きだから!
ルイを助けてあげたいの!!!」
――ハッ!
言い過ぎた!!
言葉が、先に走った。心が追いつかない。
ライナが気づいた時には、
その言葉は宙を舞い、ミツキの耳に届いていた。
「――へっ?」
ライナは恥ずかしさで
全身の身が逆流したかと思った。
「そういうことなので、
ルイを騙したりしてません!
それでは失礼します!」
そこまで言って、
ライナはとっとと逃げた。
もう、絶対あの人に会わない!
と固く心に決めて。
=========
「……へぇぇぇ。」
こりゃ驚いた。
思った以上の収穫だ。
ライナは、ルイのあのどうにもならない
子供っぽい性格を知っていて
それでも好きだと言う。
「助けたい、かぁ……」
ルイの周りに寄ってくる女は、
家柄、顔、金が目当ての女ばっかりやった。
でも、あの調子やから、
最初はまともに相手しよったが、
途中から自分を見てくれないことに諦めを覚え、
気づけば、心のない付き合いばかりになっていた。
そしてある日、
すべてがどうでもよくなっていた。
「そんな奴が気になる子、
なんて騙されたんちゃうかって思うよなあ」
ハハッ。
あの子なら、ルイも先に進めそうや。
意地悪してわるかったなぁ。
あの負けん気、葉子さんが気に入るはずや。
ミツキは笑いが止まらなかった。
そして、ライナの去ったほうを見ながら呟いた。
「ありゃ、尻に引かれるの確定やないか。」




