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03 愛しすぎるのもほどほどに。


ライナは、その光景を見た瞬間、

目が離せなくなった。




ルイが、机に突っ伏している。




しかも、死にそうな声でブツブツとつぶやいている。

いつもの余裕綽々な様子は、カケラもない。

よく見たら寝癖もついている。




気になる。

激しく気になる。




あの、天上天下唯我独尊てんじょうてんがゆいがどくそん男が

あんなに弱っているなんて!

これは強請(ゆすり)のネタでしかない!


不謹慎ながら、完全にワクワクしてしまったライナは

コソコソと松木女史に尋ねる。




「ルイ様、どうかされたんですか?」

「ああ、いつものことよ。締切よ。」



あっさりと松木女史はいう。


付き合ううちに分かってきたのだが、

松木女史は、ルイを

またなんか言ってるな、しゃーねーな

と思いながら、お世話をしていることがわかった。


この人は私と同類だと認定した。

酒を飲みに行ったら、盛り上がりすぎそうだ。

まだ酒は飲めないが。




「締切…?」


「ああ、あの人小説家なんてやってるのよ。

金持ちの暇つぶしかと思いきや、意外と売れてるわよ。


ペンネームは、桐谷 紅(きりや こう)だったかしら。」


「ええー!!!!」


「こらっ!声が大きい!」



松木女史に、フガッと口を押さえられ息ができなくなる。

苦しい…。


しばらくして、もう大丈夫と判断されたのか

ゆっくりと手を離してくれた。

あと十秒遅かったら、

死んだ父と同じところに行っていた。

助かった。



息を整えたあと、

ヒソヒソ声で再度話しかける。



「桐谷 紅って、あの直木賞作家の!?」


「そうそう。見えないわよねえ。

ってか、天は二物を与えすぎでしょ。」


「まったくですね…」


真面目に働いているのが、

馬鹿らしくなってくる。


かたや、金持ちの御曹司で、イケメンで、人気作家。

かたや、使用人、平凡な顔に平坦な身体、貧乏学生。


全くもって不公平である。


再び、唸りにうなっている姿を見ながら

ライナは、心の中でザマーミロと連呼していた。




=============




今日の仕事も終わり、さて今日の報告をと思って

ルイの部屋に向かった。


すると、二時間前と同じ姿のまま、しかし、

さらに混迷を極めた様子で唸り続けるルイがいた。


こんな姿を見ていると、年上にみえなくなってきた。

気がつくとライナは、

弟でもあやすような気持ちで話しかけていた。


「ルイ様、大丈夫ですか?

締切くらいで死なないですから、

そこまで思い詰めなくても…」


そこまで言うと、

ルイはぐるんと音を立てて振り返り、

イノシシのような勢いでライナへと詰め寄った。


寝ていないのか、目は限界まで見開かれ、

血の筋が浮かんでいる。

今にも首根っこを掴んで、

「運命を共にせよ」と命じられそうな、

鬼気迫る表情だった。



「ひっ!」



おもわず、ゴキブリを目撃したかのような

声を上げてしまうライナ。

こいつはいつも以上にヤバい。

さっさと報告して帰れば良かった…。

そんな事を考えても後の祭り。


とにかく、普段の十倍はヤバいやつと

向き合わなくてはならない。




「な、何を悩んでいらっしゃるんですかぁ?」




目を合わせないように

天井の一箇所を見つめながら

到底心配しているとは思えない

裏返った声で尋ねた。




「お前、バカにしているだろう…」




いつものイケボは、

地を這うような低いドスの効いた声になっていた。

ライナはゴクリと喉を鳴らした。



「いやぁ~滅相もごしゃいません。」



――噛んだ。バレバレだ。

ルイは、ギロリと一睨みしたあと、

はあ……と深ーいため息を漏らした。



「俺だって、必死なんだよ…」



びっくりした。

そんなしおらしい言葉が、コイツから出てくるなんて…





――そうなのだ。




こんなふうに、不意打ちが重なったせいなのだ。

おもわず、助けたくて。

何か話のネタになればと思って。


昨日、りんに

『探りたいことがある』と言われたことも

吹っ飛んでしまっていて。


相変わらず、

ひどい眠気とたちくらみに悩まされていて

冷静な思考ができていなくて。




「お、お話のネタで悩んでいらっしゃるんだったら…。


大事にしていたものが、

人の形になって、

持ち主と話ができる…


とかどうですか?」




それを聞いた瞬間に、うなだれていたルイは、

目の色を変えて、ライナの肩をつかんだ。




「――それは、お前の思いつき、か…?」




人を射殺さんばかりの視線で、

ライナを見つめながら、そう問うた姿は、

いつもの凛とした姿とも、

先程までのうなだれた姿とも違っていた。


獣を狩る虎のような、

その場を切り裂くような殺気をまとい、

ライナをジッと見つめていた。


ライナはゴクリと喉を鳴らした。

目を逸らしたいのに逸らせない。


墨色の瞳の奥に、

炎に似た燃えるような激情が見える。

背中を嫌な汗がつたう。

ライナは、虎に睨まれたネズミの気分がよくわかった。


りんのことを話すべきではなかった。

私の、たった一言のせいで。


――りんが、殺されてしまう(・・・・・・・)……?


いつものように淡々と業務報告をして

立ち去るべきだった。


目を逸らせないまま、

唇を噛み締めて動けないライナに、

ルイは言った。




「あの手鏡だな?」




ライナは驚きに目を見開いた。

言葉にせずともそれが答えだった。




「どこにある?今は手元にないな?」


――なんでそんなことまでわかるのだ。




「い、家に、自分の部屋においてきました…」



なんとか口を開いて、必死に声を絞り出す。


そう、昨日、カバンに入れておくよう言われたが

いつも夜にしか姿を現さないりんが

初めて、今朝、姿を現して言ったのだ。


『嫌な予感がするから、部屋に置いておいて』と。


ライナがここで、

鬼気迫るルイに問い詰められている、ということは

その予感は当たっていたということだ。

ぜひとも外れていてほしかった。




ルイは、サッと立ち上がると、

奥のクローゼットに行き、

ライナがいることなど全く気にせず、着替え始めた。


ライナはまた別の意味で驚き、

慌てて両手で目をふさいだ。


――!!!


「な、何してるんですか!?」

茶会(ティータイム)の準備だ」

「はあー?!」




ライナには、全くもって意味がわからない。


素早く着替えたらしいルイは、


「行くぞ」


とライナに、声をかけた。


恐る恐る手を目から離したライナが見たのは、

全く違う雰囲気になったルイだった。



まるで十八世紀の英国(イギリス)から

タイムスリップしたかのような、

英国紳士がそこに立っていた。



闇夜のような漆黒の燕尾服スワローテイルドコートを羽織り、

同じく漆黒のスラックスを身に着けている。

前髪を上げて簡単に後ろへ撫でつけ、

シルクハットを身に着けた姿は、

先程までの和服姿と全く違う。

まさしく英国紳士そのものだった。




ライナは、先ほどとは別の意味で、

声が出せなくなった。

合わせて、腰も抜けているかもしれない。


ライナの思考回路は全く追いついていないが、

ルイがそれを許すはずもなく、

左腕をつかまれ、無理やり立ち上がらせた。

立ち上がったのを確認して、

何も言わずに玄関へ向かう。



ついてこい、という代わりに、

ちらっと目配せしたルイに、

ライナは、大人しくついていくしか選択肢はなかった。






========





お抱え運転手に送ってもらうのかと思いきや、

ルイ本人が運転した。

運転できるのだなと思ったのも束の間、

アクセルベタ踏みで、街なかをかっ飛ばした。


捕まらなくてよかったが、

自宅に着く頃には、ライナは車酔いで

真夏のアイスのようにデロデロになっていた。




「さっさと案内しろ」




自分だけ涼しい顔しやがって。

ライナは、

おもわず吐きそうになった悪態を、口の中に押し留めた。




「――こちらです。」




マンションの七階の角部屋。

愛すべき我が家ドアの前に立った瞬間、

ルイの顔つきが変わった。


先ほど私を問い詰めた時よりも

更に鋭さを増して、

闇夜を切り裂くほどの殺気を放っていた。


ライナは、吐き気なんて感じている場合ではなくなり、

その殺気に全身を強張らせた。



ガチャガチャ。



いつものように鍵を開けようとするが、

後ろに立つルイからの殺気に当てられて

体がうまく動かない。


鍵が開いていないところから察するに、

いつものように、

母は、まだ帰っていなさそうだ、


と全く関係ないことが、頭をよぎった。


ようやく鍵を開けると、

ルイは、ライナが案内するのも待たず、

靴のままライナの部屋に向かった。


ルイが部屋の扉を開けると

そこにはりんが、既に人型になって、

ベッドに腰掛けていた。


そこには、いつものガラス細工のような儚さはなく

地獄から這い上がってきた極悪人のような

不気味さが漂っていた。




『あらあー、ばれてしまいました?』




言葉とは裏腹に敵意まるだしの声色で

りんはルイに話しかけた。



「――コイツ…」



ルイの気配が変わったのに気づいて

ライナは声の限り叫んだ。




「りん!逃げて!!」


「なっ!?お前見えるのか!?」




ルイは驚いたように、ライナの方を振り返った。

その一瞬の隙に、りんはルイとの距離を詰めていた。

そして、その右腕から、

信じられないほどの殺気が噴き出していた。




キィン!




次の瞬間、

ガラスの(つるぎ)と化したりんの右手が

ルイの喉元に突きつけられていた。

右手のステッキが反応していなければ

ルイの首は飛んでいただろう。


ギリギリ、とりんがさらに力を込める。


『ほお、まずまずの反応だな…

だが、片手とは限らん、ぞ!!』


りんは、もう片方の手も同じように形を変化させ

ルイの急所めがけて、振りかぶった。


ルイは先ほどの(つるぎ)を力で押し返し、

もう片方を、間一髪のところで避けた。


シュッ!!と(つるぎ)が空を切る音だけが残った。




「ちっ…

愛禍(アロモス)め、かなり成長しているな…

コイツのせいか…」




ルイはチラッとライナを見やった。


恐ろしくて恐ろしくて、

ドアの前にへたり込んでしまったライナは、

なんのことかわからない。

むしろ、思考回路ショート中である。

そんな目で見られても、困りすぎる。


怖すぎて全くみていられない。

なぜ、りんとルイが戦っているのかわからない。

両手で顔を覆ったまま、

かと言って全く見ないのも、逆に恐ろしくて、

指の隙間から二人の様子をうかがっていた。




――しかし、


二人の動きが速すぎて、全く追えない。




時折、金属音が激しい響く。

六畳一間の狭い空間で何か大変なことが起こっている。

腰なんてとっくに抜けている。

体の震えは止まらない。

逃げ出したいのに逃げ出せない。

恐怖でライナの目からは、涙があふれていた。





『アハハハ!!!』





突然の笑い声に、

ライナはビクッ!と身体を大きく震わせ、

声がした方を見た。

りんが恐ろしい形相でそこに浮かんでいた。




『オマエ、本当に邪魔だよ…

全てうまくいっていたのに…』




その眼つきだけでも人を殺せるのではないか。

その、りんの視線の先には、ルイが平然とした顔で立っている。




愛禍(アモロス)よ、

ただ大切にされた"モノ"であったお前が、

その姿になった時点で、

(あるじ)を喰らうただの化け物でしかない。


(あるじ)からの愛を一身に受け、

己も(あるじ)に恋焦がれた成れの果てが

今の姿だ。


持ち主の命を削って、何がうまくいっている、だ。

オマエのやっていることは、

自分自身を滅ぼすことと同義だぞ。


(あるじ)が滅べば、お前も道連れだ。」




こちらも、負けず劣らずの鋭い眼つきで、

隙など一ミリも見えない。


――愛禍(アモロス)ってりんのこと…?


大事なものがりんのように話せるようになったら

だめってこと…?

りんは私の命を奪おうとしていた…?




『おのれええ!!!!!』




空気が一瞬で凍りついた。


怒りに震えたりんは、全力でルイに襲いかかった。

ライナは声のない悲鳴を上げ、ギュッと目をつぶった。

どちらが傷つくのも、もう見てはいられなかった。





「阿呆め。――かかったな。」





トンとステッキが床を叩く音がした。

バッと顔を上げると、

床には白い魔法陣がいつの間にか描かれ、

そこから光があふれている。

その中にりんがいた。



『――な!くそっ!想鎮士(ソメンター)ごときが!』



魔法陣の端に両手でステッキを立て、

ルイは唱えた。



(あい)(とら)われしものよ――

我が言葉(ことば)契約(けいやく)

我が()(かぎ)


漆黒(しっこく)誓約(ティータイム)のもとに、

その魂を優雅(ゆうが)なる束縛(そくばく)へと導かん。


招待(いざない)を拒むな、


――これは命令(オーダー)だ。」




途端に黄金の光が部屋いっぱいに溢れ、

ライナは目の前が真っ白になった。





――そして、意識を失った。


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