30 誤算と誤算
――アイツ、想鎮士なのかよ!?
ライナの親友に愛禍が襲いかかって、
喰われる姿を観るのを楽しみにしていたリュウは、
言葉を失った。
喰われる姿を見れないばかりか、
ライナに愛禍を倒されるとは…!!
あの少女の命が尽きるのを
絶望の中で見守るしかない、
その表情が見たかったのに――。
思惑通り進んでいる出来事を
ラウラを使って安全な場所から
ほくそ笑んでみていたリュウだったが、
友人の元に現れたライナは、
いち早く愛禍に気づき、
紡具を使って、
茶会へ召喚した。
なんだよ…!
あいつはあんなに自由なのに!
なんでも好きなようにできるのに!
なんで『召喚』まで、できるんだよ!!!
クソッ!!!
パリーン!!!
闇雲につかんで投げたカップが
壁にぶつかって粉々に割れた。
頭に血がのぼったせいで、
ラウラにつけている封石との糸も切れた。
もう、アイツの様子は見えない。
「はあっ…はあっ…」
リュウは、いつの間にか立ち上がってたことに気づいた。
前髪をグシャグシャにすると、
ドサッとソファに腰掛けた。
――まだリュウは『召喚』をしたことがない。
父の茶室には
連れて行ってもらったことがある。
ただ一度だけ。
あの空間を自分で構築するには、
想鎮律を操るための高度な技術
が必要となる。
そのため、自分自身の『茶室』を持つものは、
日本に数えるほどしかいない。
父もその一人だ。
茶室を持つ能力がある想鎮士は、
代々続く『五家』に生まれることが多く、
その五家は、日本の要となる地に、配置されている。
東京には、我が藤凪家、そして、桐ケ崎家。
京都の瀧佐賀家、
宮崎の伊津井家、
青森の香泉家。
五家で、最も皇族に近い家、最も特殊任務が多い家、
それが――藤凪家だ。
僕は、その次期当主として
完璧で最強な想鎮士であることが
最低条件なのだ。
だから、だから、だから!!
こんな一人ぼっちで閉じ込められて、
毎日毎日怒られて、
講師以外と会話する機会もなく、
友達もいなくなっても、
父や母に会えなくても、
――父に笑いかけてもらえなくても!!
目指す想鎮士になるためには
この道しかないと信じて頑張ってきたんだ!
父のようになるためには
こうするしかないんだと。
「なのに…なんでだよ……。
あの女は俺の欲しいものを
全部持ってるんだよ……。」
リュウは、泣き出しそうな顔のまま、泣けずに
無意識で想鎮律を編んでいた。
程なくラウラの封石と意識が繋がる。
もう何も見たくなかったけど、
なんの物音もしない一人の空間の方が耐えられなかった。
見えてきた景色は、
何処かで見たことのある風景だった。
「――これは…桐ケ崎家?」
こちらも結界がかかっているのか、
薄くベールをかぶったように不鮮明な画像だ。
だが、五家の歴史を学んだ際に見た
門構えによく似ていた。
おそらく間違いないだろう。
「なんで和泉ライナが桐ケ崎家に……?」
リュウの頭の中をクエスチョンマークが埋め尽くした。
だから、先ほどまでの緊張感はそこになく。
そこが桐ケ崎家なら、
普段以上に気をつけなければならなかったのに。
門のところに立って、
和泉ライナと話していた男が
こちらを見た。
その目はラウラではなく、
封石の中の
――リュウを見ていた。
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「それにしても気になる――。」
ルイは声に出して呟いた。
誓って、ライナのことではない。
先日の愛禍のことである。
『糸で描かれた紋様』
それが、自身に描かれた後に、
愛禍になった、と言っていた。
そういえば、ここ最近の愛禍も
似たようなことを言ってなかったか?
『急に』想いが強くなったと。
バサリと地図を広げる。
先日ライナとプロットした地図だ。
出現日に規則性はない。
だが、いつも同じ様な時間帯。
この時間になにかあるのか……?
ルイは地図を見ながら、考え込む。
――そして、あの黒猫。
あの日、ライナの後ろについて来ていた黒猫は、
明らかに飼い猫だった。
ライナの背にぴたりとついていた、
あの異様な気配を放つ瞳。
……ただの猫じゃない。
封石をつけた誰かの目だ。
東京にいる五家は、うち以外に、藤凪家だけ。
――藤凪当主であるライナの父か?
いや、藤凪の当主ともあろう方が、
あんなに杜撰な追跡をするわけがない。
ただ、
編まれた想鎮律は
かなり鍛錬した跡が見て取れた。
――あれは誰だ?
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――さっきのは、桐ケ崎の《当主》か?
背中を流れ落ちる汗が止まらなかった。
リュウは、あの目に射抜かれていた。
――俺に気づいていた。
ただ、誰かということまでは、
わからないはずだ。
俺と桐ケ崎の当主は面識がない。
俺の想鎮律の《色》はわからないはずだ……。
そう冷静には考えられても、
両手の震えが止まらない。
――和泉ライナは、桐ケ崎家のなんなんだ?
その疑問を解決することができる情報は
リュウの周りにはなかった。
いつの間にか握りしめていた拳に気づいて
指を開くと、血がにじんでいた。
「――ちっ。」
血を落とすため、洗面所に向かう。
蛇口をひねるとザーッと勢いよく水が流れていく。
その音が辺りの音を遮断し、
リュウは水音に包まれていた。
手を洗っていると、頭が冷えてきた。
――桐ケ崎家が関わっているとなると、厄介だ。
リュウが首謀者とバレた場合、
藤凪と桐ケ崎の全面戦争になる可能性もある。
「……いや、そうなっても父さんがいる。」
父さんは負けない。
この世の想鎮士の誰よりも強いんだから!
リュウは、
子供らしく、疑う余地のない信頼を、父に寄せた。
今までだって、
全てなかったことに
してもらってきたじゃないか……。
リュウは、逸る鼓動を何とか抑えようとする。
リュウは、自分の家門に誇りを持っていたが、
それが裏目に出ることも多かった。
幼稚舎の友人に家を馬鹿にされて、
意識がなくなるまで殴り続けたこともある。
その子の親は閣僚だったか?
たかが、グループ企業の社長一族だろう?
と馬鹿にするからだ。
お前らが知らないところで、
父がどれほどの仕事を請け負っていると思っている?
父がいなければ、お前たちは何もできない!
そんなときでも、特段お咎めなく、
いつの間にか相手の子が――消えていた。
父が僕のためにやってくれたんだ、と嬉しかった。
たとえそれが、
どんなに卑劣な手段だったとしても――。
だから、今回も、
父が何とかしてくれるはずだ。
そうしてもらわなきゃ困る。
だって、父を継ぐのは、
望まなくても全てを手に入れてる
ライナみたいなやつじゃなく
どんなことがあっても
必死に父を目指している
――この僕なのだから……。
ねえ、父さん。
そうだと言って。




