26 愛禍の憂いとライナの怒り
週末バタバタで更新できませんでした!
待っていた皆さん
ありがとうございます!
またぼちぼち更新していきます!
――さあ、舞台は整った。
いつもと同じ四阿で
いつもの椅子に座り、
極上の茶会を楽しむ。
さて、メンバーは四人。
愛禍、その主、
空間を構成した俺――想鎮士。
いつもは、この三人だった。
ところがこのところ、
厄介な付き添い人が増えた――。
存在自体が、国家機密。
やることなすこと、俺の常識を軽々と飛び越える。
遠いところにいると思っていたら
あっという間にすぐそこにいる。
そいつは――和泉 ライナ。
今回も、とんでもないことをやってのけた。
まあ、葉子も片棒を担いでいるが……。
さあ、横に目をギラギラさせて座るこいつのことは
一旦脇に置いておいて。
さあ、想鎮士の仕事を始めようか――。
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「さて、麗しい貴婦人がた。
お名前を伺っても…?」
「……カナ。」
愛禍は小さく、かわいらしい少女だった。
――まだ幼い。
愛禍になって、それほど経っていない。
怯えたように、主に寄り添っている。
主……は、まだ目覚めぬ、か。
顔色は幾分マシのようだ。
隣のライナが主を心配そうに見つめている。
……知り合いか?
そう言えば、コイツ、主の部屋にいたな。
親しい友達なのかもしれん。
その情が、――裏目に出ないといいが。
「主の名は……?」
「……ユウリ。」
「ユウリだよ。」
二人の声が重なる。
愛禍はビクッと体を揺らす。
「――ライナ」
鋭い声で制す。
ライナは唇をきゅっと結ぶ。
この場は想鎮士が語る場ではない。
――愛禍が『最期の言葉を遺す』場なのだ。
ルイは、愛禍に向き直った。
そして、極上の笑みで言った。
「カナ様、お話を伺いましょう。
こんなこと、と思わなくていいですよ。
私は、あなたの話が聞きたくてたまらないのです。」
優しい声に、ビクビクとしていた愛禍の少女は、
少しホッとした顔になる。
――よし、このまま。
カナは、ポツリポツリと
ライナの様子を、伺いながら話し始めた――。
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――私はカナといいます…。
えーと…もとは、万年筆…なんです。
ボルドーの深い赤の…。
に、似合わないですよね…。
……そんなことない…?
あ、ありがとうございます…。
わ、わたし、昨日までは…!
昨日までは…ただただ、
ユウリをお慕いしていただけなんです…。
え…と…
ユウリのところに来たのは…
八年前…かな…。
あ…あの…ユウリのお父さんが…。
そ、そうです。
お父さんが…十歳の誕生日にって……。
お母さんの方はね、
他のものがいいんじゃないの?
…って最後まで言ってたんだけど…。
えーと、じ、自転車とか?
その頃は、ユウリは…八歳…かな。
でも、お父さんがね…
二分の一成人式?とか言ってね、
大人の仲間入りの準備だ! って
私が……ユウリのお家にやってきたの…。
ユウリはね、最初全く…私に興味なくて……。
うん…わかるよ…。
だって…ただのペンだもんね……。
だからね…しばらくね…
引き出しの中ですごしてたの。
……毎日真っ暗でね…。
たまには…おそとにも出たかったけど…
私だけじゃ…ね…。
ああ…このまま…真っ暗の中…
いつまで待てばいいんだろう…って思ってたんだ。
わ、私は選ばれて…ワクワクしてたんだけど…。
つ、使われなかったら…意味ない…よね…。
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――そこまで話して、
カナは、まだふわりと香る紅茶のカップをちらりと見た。
それに気づいたルイは、
「あなたのために淹れたのだから、
ぜひ飲んでいただきたいな。」
と、陽だまりのような温かい笑顔を向ける。
「あ、ありがとう……。」
小さくお礼を言うと、
まだ幼さの残る手でカップを包み込み
ゆっくりと口に含んだ。
その温かさと豊かな香りに、
雪のように白い頬がほんのり桜色に色づく。
――少し落ち着いたか?
ルイは、カナの様子に気を配りながら
言葉を紡いだ。
「――でもそうはならなかった…ということかな?」
ルイが優しい声で尋ねる。
ライナはしかめっ面のままだ。
「――そうなんです!
そう…そうなんです…!!」
カナは、自分にも予期せぬことが起こって
パニックになったと話を続けた。
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あれは…いつだったんだろう……?
突然、光が差して、
私はまた……外に出ることができたの…。
……出た瞬間、
床に投げつけられたんだけど……。
どうやら…、ユウリのお父さんが…
……家を出ていったみたいで…。
ユウリがずっと…
「……なんで…なんで…。」
と泣いてて……。
……私は…なんとかしてあげたいけど…
何もできなくて……。
……もしかして…捨てられるかな…って
思ったんだけど……。
そ、その後…た、大切そうにね…
引き出しに戻してくれたの…。
「ごめんね…。」
って…。
私はね…いいよ…って返したの。
き、聞こえてなかったかもしれない…けど…
それからはね…
時々…出して…私のことを撫でてくれたんだ…。
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――時折、笑顔をほころばせながら、話すカナ。
主のユウリも今は落ち着いた様子で
眠っているようだ。
あとは――。
ルイは隣をちらりと見る。
そこには、唇をきゅっと結んだまま
こわばった表情で座るライナがいた。
膝の上で手を握りしめ、唇を噛みしめている。
――最期まで、持つか…?
「なるほど、それで、どうしたのですか?」
ルイは笑顔で続きを促す。
――持ってくれよ。
そう願いながら。
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――う、うん。
き、昨日まではね…。
カナはユウリに大事にされてることがね…
う、うれしいだけ、だったんだけど…
そ、そうだ、ったんだけ、ど…。
その時、カナ――愛禍が、小刻みに震え出した。
なにかに怯えている…?
――昨日、の、夕方にね、
ユウリが…私を撫でてくれてね…
机の上にいたところまで……は、
思い出せるんだけど…
と、突然ね!
こ、こう、ブワってなってね、
よくわかんなくなってね、
き、気がついたら、
ユウリがね、た、たべたくて…
たべたくて…しょうがなくなっちゃったの…!
でも、私のせいじゃないよ…!
だって、だって、なんかね…
急に、カナに、模様ができたの。
つま先や、指先から、
ゾワゾワゾワって虫が腕をはってくるみたいに。
そうそう!
黒いムカデみたいに気持ち悪くて、
どんどん私じゃなくなっちゃったの!
絶対、あのせいだよ………。
怖かったよー!!
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そこまで言うと愛禍は、
テーブルに突っ伏して、わーんと泣き出した。
――模様…?
ルイの頭を、疑問符が埋め尽くす。
――嫌な予感がする…。
ルイが考え込んでいると、
次の瞬間、となりで、ガタンッ、と音がした。
「でも、あんたが自分で
ユウリを食べてたんじゃん!!!」
そこには、怒りに震えるユウリがいた。
――しまった……!
持たなかったか……。
ルイは頭を抱える。
先程までの疑問符を頭の中から追い出して、
目の前のやるべきことに集中する。
「ライナ!」
ルイの今までにない強い声に
ライナはビクッと肩を震わせる。
こちらを見たライナの目には
――大粒の涙が浮かんでいた。
「――っ!」
そのまま、四阿の外へ駆け出していく。
「ライナ!」
ルイはもう一度叫ぶが、
もうライナが振り向くことはなかった――。
「――くそっ!」
小さく悪態をつく。
この空間で
想鎮士が己を失うことは
茶室の崩壊を意味し、
愛禍が主を喰らい尽くすことを意味する。
そして、
その空間を構築した
――想鎮士の死
を意味する。
ルイの頭の中で、
嫌な記憶がよぎる、
空間が崩れていく、音もなく、粉々に。
そう、あれは――
祖父を、父を、
――母を亡くした日。
ここは俺の空間だ――問題ない、
ここは俺の空間だ――だから、あんなことにはならない、
そう自分に、言い聞かせ、
ルイは、再び椅子にゆったりと腰掛ける。
そして、ふぅっと、息を吐いた。
そして、顔を上げるとそこには
――最強の想鎮士の仮面を被った男しかいなかった。




