24 愛が禍になる瞬間
秋の夕方、
桐ケ崎家の庭園は、
紅い海の中にいるかのようだった。
秋という季節に色づいた木々たちが空間を彩り、
紅い紅い夕日がさらに色づきを濃くしている。
その景色を楽しむ……余裕もなく。
ライナは、ルイに呼び出しを食らっていた。
ルイはと言えば、やっと、締め切りを乗り越えたのか
目の下のクマが薄くなっている。
そんな、どうでもいいことを考えていると
「……お前、俺の言う事聞いてないだろう…?」
その声色は、背筋がゾクッとするほど冷ややかで
鳥肌が立った。
しかし、ここで負けるわけにはいかない。
「――ちゃんと、聞こえてます。」
――聞こえてはいる。
聞いているかは別だが……。
「……はぁ…。」
ルイはこれ見よがしに、大きなため息をついた。
「もう一回聞くぞ。
――なんで、お前が、俺の、封石を、
持っている?」
ルイがライナの左手首のブレスレットを
指差しながらいった。
「――葉子さんに、いただきました。」
しれっと答える。
ルイの顔が、
渋柿にかぶりついたときのようになっている。
わかってはいたが……的な感じだ。
わかっているなら聞かなくていいと思う。
「……っ。な、なんで、お祖母様が、
お前に、俺の封石を
わたしているんだ……?」
相変わらず、葉子さんに弱そうだ。
あんなに優しいのに。
ライナは、
正直に話しても、怒られるだけだし、
どちらにしろ、
葉子さんに裏取りはする、と確信していたので、
「……わかりません。
ご自分でお尋ねになられては?」
と、答えを葉子さんに、ぶん投げることにした。
――葉子さんごめんなさい。
でも、私にはまだルイを黙らせるほどの力がないので
ご協力いただきたく。
心の中で、丁寧にお願いしておく。
「……うぐ。」
ルイは変な声を出して、挙動不審になっていた。
本当に葉子さんに弱い。
激弱である。
「仕事がありますので、もう失礼しても…?」
しれっと言う。
ルイは諦めたように、
「……もういい。行け。」
と手のひらを振りながら答えた。
はあーーーーーっと盛大なため息つきで。
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――どんどんお祖母様に似てきている気がする。
目の前のライナを見て思った。
ライナのことだ、
ルイが大人しくしておけ、
と言っても大人しくしているわけがない。
むしろ、
私も戦う、とか何とか言い出しかねない。
いや、ルイの封石まで持ち出しているのだ。
十中八九、正解だろう。
――にしても、
お祖母様もお祖母様だ!
ルイが、いつ気づくかを試していたのだろう。
「……ほんと、趣味わる…。」
そういうと文机に突っ伏す。
葉子は、かなり有能な想紡師だ。
世界中から依頼が来るほどに。
あのブレスレットも、持ち手の想鎮律が
編みやすくなるよう配慮されていた。
また、想鎮律を編むことによって、
簡単な結界を張れるようになっていた。
基本的には、
ライナを護るため、に考えて創ったものだろう。
「だが――封石はやりすぎだろう…?」
心の声が漏れる。
『自分の分身』が勝手に他人へ譲渡されていれば、
小言の一つも言いたくなる。
葉子に言っても
『他人じゃなくて未来の家族でしょ?』などと
言い出しそうだから、言えないが。
「……まあ、そのおかげで、ライナに何かあったら
俺にすぐ伝わるってことか。」
封石がライナの元にある、
とわかっていれば、
こちらからも様子をうかがうことができる。
離れている間の心配は減る。
しかし、葉子が、
ここまでのルイの気持ちを把握していたら
恐ろしいことである。
――わかってそうで怖いんだよな。
ルイは、なんだか持て余し気味なライナへの想いに
一旦鍵をかけておくことにした。
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いつもの帰り道。
いつもの学校が、いつも通りではなかった。
ユウリが来ていない。
スマホを確認するが、全く反応はない。
――昨日まで、元気そうだったのに。
寝込んでなきゃいいけど……。
前に、突然高熱を出して、何日も寝込んだことがあった。
普段、超健康優良児のくせに、
たまに熱発するときの反動がひどい。
帰り寄ってみよう。
ちょっとだけ、遠回りして。
ライナは桐ケ崎家に連絡し、
30分ほど遅れることを告げた。
――ぱっと様子見て帰るだけ。
そう思ったライナは、
不安をかき消すように少し駆け足で
ユウリの家へ向かった。
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――さあ、どうかな?
リュウは、スズメの涙ほどの休憩時間に、
封石に焦点を合わせる。
ラウラには、あれからずっと少女の監視をさせている。
――そろそろ、愛禍は
導魂時計に
引っかかるくらいには成長したかな?
窓の外から中を覗き込んでいるようだ。
少女は――ベッドに横になっている。
そして、――いた。
少女のことを心底愛おしそうに見つめ、
頰ずりをしている愛禍が――。
リュウは、体の奥から湧き上がる喜びに震えた。
大切なものが傷つけられたときの
アイツの顔が見ものだな――。
そう思った瞬間、
少女の部屋の扉が開かれた。
――だれだ?楽しんでいたところなのに。
扉に視線を向けると
そこには、リュウが会いたくてたまらなかった、
――和泉ライナが立っていた。
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『昨日の夜からだるいって言って、
ご飯も食べずに寝込んでいるのよ…。
病院にも行かないっていいはるし…。』
ユウリの母 リエさんは心配そうに言った。
ユウリは小学生の頃からの友人だ。
私は勝手に大親友だと思っている。
昔馴染みすぎて、もちろんリエさんとも
友達みたいなもんだ。
ユウリの家は、離婚でお父さんがいなくなった。
理由は違うけど、お母さんしかいないってことで、
意気投合し、ずっと友達をやっている。
ライナの父が死んでから引っ越した今の家、
その近くにユウリの家があったことも
仲良くなった理由の一つだろう。
家が近いし、片親だし、で母同士も意気投合し、
それぞれが忙しい時期は
小さい時にはお互いの家でお泊りすることも多かった。
最近は、なかなか家まで来ることもなかったけど……。
トントン、と階段を上がり、
コンコン、とドアをノックする。
「ユウリ、私だよ。ライナ。
大丈夫??」
――反応はない。
「――ユウリ、入るよ。」
なんだろう、この香り…?
ものすごく芳醇で、むせ返るような甘ったるさがある。
それなのに、少し腐臭にも似ているような……。
違和感を覚えながら
ライナがドアを開けるとそこには、
氷のように冷たい青に染まった愛禍が
ユウリを溶かしてしまいそうな眼差しで見つめていた。




