18 二人の距離とリュウの失望
アップ遅くなりました!
いつも皆さんありがとうございます!
――りりん。
鈴のような悲しげな音がなった。
――またか…
ルイは文机の上の導魂時計に
ちらりと目を向ける。
――愛禍が顕現したのだ。
導魂時計は
一見、ヴィンテージの懐中時計のようだが、
蓋を開くと、中心に赤く輝く
導魂石がはめ込まれている。
“石”は、周囲に存在する愛禍に反応し、そちらの方向へと静かに針を向ける。
想鎮士には、
なくてはならないアイテムの一つだ。
手早く準備を整える。
最近、やたら愛禍の顕現が多い……
時計を見ると二十一時。
――出かけたくない……。
もともと、ルイはかなりインドアである。
外に出なくていいのであれば
極力出たくない。
小説家業の呼び出しなら、
とりあえずほっといて、
担当編集がしびれを切らすまで、放置する。
そして、しびれを切らした、担当編集が、
不穏な空気をまとって、桐ケ崎家を訪れる。
それで万事解決している。
果たして、
穏便な解決かどうかは、ご想像にお任せする……
――しかし、
愛禍となってはそうはいかない。
誰かの命が失われるかもしれない。
それは、全く知らない誰かかもしれないし、
――とても大切な誰かかもしれない……。
ルイは、遠い記憶に思いを馳せていた。
――今日のような夜には、嫌でも思い出す。
夏の終わり、まとわりつくような熱帯夜の出来事を……
ルイは、嫌な記憶を振り払うかのように、頭を振った。
そして、
スッと研ぎ澄まされた刀のような殺気をまとう。
「――俺が、やる、しかない……」
桐ケ崎家の想鎮士は、
――ルイ以外、もう、誰もいないのだから。
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「……なんか元気ないですよね?」
いつもの講義のさなか、
そう言われたルイは、目を丸くした。
「……そうか?」
最近毎日のように、
二十一時前後
導魂時計が
赤く脈打つように光り、鈴音のように悲しく鳴き、
愛禍の顕現を知らせる。
――毎日だ。
下手したら、一日に二件や三件のときもある。
ルイが、いくら優れた想鎮士でも、
睡眠不足には勝てない……。
さすがに疲れが溜まっているのだろう。
ライナに心配をかけるまいと、
平静を装っていたつもりだったが――。
そのライナは、
じっとルイを見たあと、
「ちょっとお待ち下さいね!」
と物凄い勢いで、部屋を飛び出していった。
――なんなんだ??
そもそも、人とほとんど関わろうとしなかった
ルイにとって、ライナは未知の塊でしかない。
ただ、面白いのが、
それが嫌ではない、ということだ。
「――ふぅ。」
少しだけ緊張の糸を解く。
今回は、何を考えているのか……。
パタパタパタと廊下を駆ける音がする。
ずっと襖が開いた。
ライナの手には、
お盆に乗った一つのグラスがあった。
「お待たせしました!
ぜひこれを、お飲みください!」
ズズズイッ、と差し出されたグラスからは、
透明の液体が入っており、
香りを嗅ぐとほのかにレモンの香りがする。
「――これは?」
ルイが尋ねると
「はい!
母直伝のレモンスカッシュです!
私は、暑さでやられたときこれを飲むと
一発で元気になるので!
ルイ様もぜひ!!」
ライナは、ルイの目の前に顔を近付けて熱弁している。
その近すぎる距離に、視線がパチっと合う。
「――あっ!」
ライナは近すぎる距離感にやっと気づいたのか
「――すみません!!」
と、相変わらずバタバタと向かいに座った。
――ふふっ。
「……アハハハッ!!
凄い勢いだな。
押し倒されるかと思ったぞ。」
そう言って、ルイがケラケラ笑って、
ライナを見やると……。
ライナは唇をぎゅっとかみしめ、
紅葉のように真っ赤になっていた。
――ん?どうしたんだ?
何か引っかかったが、とりあえずグラスに口をつける。
ゴクリ。
と一口飲んだ瞬間……
「ぶふっ!!!!!!」
吹き出した。
盛大に。
目の前にいたライナはひどい有様だ。
「――え?」
ゴホッゴホッゴホッ……。
何とか咳を止めると、
きょとんとしたライナに言った。
「……お前、これ…
砂糖と塩間違えてないか??」
「……んんっ!!」
「ちょ、ちょっと飲ませてください!!」
とりあえず、何も言わずにグラスを差し出す。
ペロリと味見をしたライナは、
その瞬間、しかめっ面になった。
「――塩辛い!!!」
「……だろ?」
「す、すみませんでした!!」
ライナは、顔を真っ赤にして、ひたすら謝ってくる。
「……いや、大丈夫だ。気持ちだけもらっておく。」
「……本当ですかぁ…??」
ライナの目が洪水を起こしかけている。
「ああ、だから気にするな。」
「ありがとうございますぅ…。」
――なんだ俺、今日素直だな…。
なんて、自己批評しながら、
ふとライナの方を見て、
バッ、手で目を覆い、顔を背けた。
「……ルイ様、どうかしましたか?」
のんびりとライナが尋ねてくる。
「……い、あ、と…
は、早く片付けて、ついでに着替えてこい…。」
「あ!はい!わかりました!
きれいにしますね!」
「……い、いや、片付けはいい!
まず、着替えてこい!!」
「……?…わかりました。
では、ちょっと失礼します。」
スッ、と襖がひかれて、
ライナが部屋を出たのを確認すると、
ルイは
「……はぁぁぁぁぁぁぁあ…」
と長ーーーいため息をついた。
――濡らしたのは、俺だが…
ゴンっと机に頭をぶつけた。
――制服って透けやすいよな……。
「……うおっ!!」
――あれは弟子、あれは弟子!!
不埒なことを考えるんじゃない!!
思いがけず見てしまった光景を、
頭から消すべく、部屋の中をのたうち回る
アラサー男がそこにいた。
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――なんだったんだ??
そう思いながら、ふと、胸元を見たライナは
「あっ……」
と声を上げた。
ルイの吹き出したレモンスカッシュで、
ライナの胸元が濡れ、下着が透けていた。
――これかぁ…
気を遣ってくれたんだな、
と思いつつも、
「私の下着なんか見ても、
何とも思わないんだろうなあ…」
とそんな声が漏れた。
きっと私なんかに好かれても、
困るだけなんだろう。
今日だって、ルイ様を元気にしたくて頑張ったのに、
結局失敗して、笑われる始末だし……。
そう思いながら、自分の胸元をちらりと見る。
――まあ、今日の下着がかわいいやつでよかった
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いつもの授業が終わり、
リュウはベランダから、皇居をみていた。
高層ビルだらけの大都会 東京の真ん中で、
おそろしく緑に囲まれた、
何百年も政治の中心になってきた場所。
――くだらない、くだらない、くだらない…。
「あー、くだらねえー……。」
――おもわず口にしてしまった。
誰も聞いてはいないだろうが……
リュウは、手元の紙に視線を戻し、つぶやいた。
「――和泉 ライナ…。」
その情報は、藤凪家の力を考えると
思った以上に時間を要した。
きっと、父 ライガが巧妙に細工していたのだろう。
リュウはあの日のことを思い出していた。
「……リュウ様。」
八月のある日、
リュウは、いつも通りの時間に
いつも通りの味気ない食事をしていた。
珍しく、リュウ専用の付き人である田嶋が、
声をかけた。
――やっと頼んでいた情報が手に入ったのか?
「……なんだ?」
「お待たせしておりました件、
こちらをご覧ください……。」
そう言って、小さな紙を、
テーブルの上にそっと置いた。
「……わかった。
――結論だけ先に教えてくれ。」
「――は。
ライガ様の……隠し子…でございます。」
言い淀みながら、田嶋は答えた。
次期当主に使える侍従としては、
とても言い難かったに違いない。
――そうだろうな。
リュウは予想していたよりも
冷静に受け止められていた。
「……わかった。下がって良い。」
「……は。」
パタン、と扉が閉まると、
リュウは、全く味のしない食事を途中で切り上げた。
父の裏切りを予想していたのか、
いや、そうではない。
結局は、自分が何の価値もないと
突きつけられたからなのかもしれない。
そこには――失望、
そして虚無感しかなかった。
そして、ゆっくりと田嶋が渡した紙を手に取った。
紙には、それほど多くの情報は書かれていなかった。
ライガの娘ということ、
今住んでいる場所、
そして、――名前、だった。




