16 師匠と弟子
――弟子にしてください。
とりあえず、ルイは、
頭の中で、リピートしてみた。
『弟子にしてください。』
そして、もう一度ライナに聞いてみた。
「――今なんて……?」
「想鎮士の弟子にしてください!!」
聞こえなかったと勘違いしたのか、
屋敷中に響き渡る声で叫んだ。
耳が痛い…
頭も痛い…
「……理由を聞いても…?」
「なりたいからです!」
「……具体的には?」
「自分が、大事に大事にしていたモノが
愛禍になってしまったり、
母が愛禍に襲われて悲しかった。
怖かった。
だから、力が欲しいんです!」
「…………聞こえているから、
もう少し小さな声で頼む……。」
……耳は相変わらず痛い。
……頭痛はどんどんひどくなる。
「ああ!聞こえていないのかと。」
きょとんとして、ライナが言う。
「……」
まあ、理由としては至極真っ当だ。
真っ当すぎて、完全に裏がある――。
そういう気がしてならない。
ふうーと深い深い深ーい息を吐ききって、
ルイは、ライナに告げた。
「弟子を取る気はない。
それに、一族の外に知識を伝えることは――」
「葉子さんに確認済みです!」
――へ?
「え?」
「許可もらってます!」
笑顔で、拳を握って、もう一度。
満面の笑みで高らかに告げた答えが、
ルイに、
《イエス》と《はい》しかないことを伝えていた。
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――プルルル、ピッ。
『あら、ルイじゃないの。
こないだから珍しいことづくめね。
もう、結婚がまとまったかしら?』
「――早急に確認したいことがございまして……。」
今日のルイの声は、地を這っている。
「ライナから聞いたのですが――」
『結婚の話じゃないの?
つまんないわねー。』
相変わらず人をおちょくるのが上手い。
だが、今日は――
「お祖母様、私のお話を聞いていだけると……」
『はいはい。聞くわよ。』
ドスッとソファに腰掛けた音がした。
一応ちゃんと聞いてくれるようだ。
「ライナから聞いたのですが――」
『……想鎮士の弟子の話?』
「そうです!お祖母様から、許可をもらったとか……」
『そうよ。
――まあ、
ライナとすぐ結婚なんて無理でしょうから
とりあえず、一緒にいたらいいじゃない。
身を守れるようにもなるしいいことづくしでしょ?
そういうことだから。
結婚の方もよろしくね!
とにかくあなたに、
私の大切なライナをまかせたわよ!』
ツー…ツー…ツー……
「……な…。」
取り付く島もなかった。
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「――では、講義を始める…」
桐ケ崎家の当主、ルイの部屋。
いつもの静けさの中に、
いつもよりも、憂いを帯びた声が響く。
「はい!先生!」
「――先生はやめろ…」
「じゃあ、師匠で!」
「――師匠は…」
「では何がいいですか?
先輩?大将?親方?」
「――もう、何でもいい……。」
いつもの変わり映えしない、ルイの部屋。
その真ん中に置かれた机に向き合って正座する二人。
一人は、
キラキラと星が舞うような希望の光をまとったライナ。
もう一人は、
この世の絶望を一つ残らずかき集めたかのようなルイ。
――くそ!どうにでもなれ!!
ルイは開き直ることにした。
ライナの前で、何か取り繕っても意味はない。
対象的な二人の
波乱の想鎮士修行が幕を開けた。
「――まずは、体力づくりだ。」
「はい!師匠!」
――もう呼び方には言及しない。
「まず、十キロ走ってこい!」
「えー。着替えありません。
こんな炎天下の中真っ昼間に走ったら
死んじゃいますよー
そもそもランニングなんて必要なんですか?」
――チッ。
いつも手玉に転がされているのが癪なので、
ちょっとイタズラしてやろうと思ったが、
さすがにバレバレだったらしい。
先日の電話の葉子の言葉から、
――一応、信頼してくれている、のだろう……。
そうして始まった想鎮士としての教育。
ちょうどライナが夏休みとのことで、
通常勤務以外の昼間の時間を使うことになり、
ライナは桐ケ崎家に入り浸っている。
先日までは
「教えて上げなさい」程度だったので
のらりくらりかわしていたが、
「弟子にしろ」と言われては、
さすがに腰を据えてやらなくてはならない。
――だが、
本当にこれでいいのか、
このまま、ライナを想鎮士として
育てていいのか、
本気で独り立ちできるレベルまで育てるのか……
――ルイには答えが出せなかった。
「想鎮士とは、どのような者たちだと思う?」
「愛禍を倒す人!」
「まあ、そうなるか……」
「違うの?」
「正確には
『想いを宿したモノたちの
“魂”を静かに導き、
鎮める者』だ」
ライナはシャーペンをクルクルと回しながら
「よくわかんない」
と呟いた。
「愛禍は敵ではない。」
「敵じゃないの?」
「そもそも、
愛禍は主から
大切にされていた『モノ』たちだ。
「モノ」が「人」に恋をして、深く“愛して”しまった時――その魂は歪み、
やがて“愛禍”と呼ばれる存在に変わる。
決して、主に害をなすために
生まれるわけではない。」
「……ふーん。
――そっか、りんは、私のことを大切にしてくれてた。
敵、じゃない、よね……」
ライナはそう言うと、
ポケットに手を入れて、何に触れている。
あの手鑑だろうか……。
ルイは続けた。
「恋しているうちは擬人化されたまま、
穏やかに過ごせる。
だが「愛」に変わった瞬間、
モノの魂は不安定になり“狂気”と“執着”を宿す。
三日以内に想いを鎮めなければ、
「愛した人を殺す」という運命、に飲まれてしまう。
それでも、彼らは“愛”を止めることができない。」
ルイの声に、じっとライナは耳を傾けていた。
自分に起きた出来事と一つ一つ重ね合わせるように。
「――先生、質問。」
――学生だから、先生のほうが呼びやすいのか…?
「……なんだ?」
「――じゃあ、その愛禍が、
天国?に行くのか、地獄?に行くのか…
――誰が判断するの…?」
いいところをつく。
「――それは、その時対峙した
想鎮士の判断に委ねられる。」
「――その想鎮士だけに?」
「――その想鎮士だけに…。」
ライナは考え事をするときのクセなのか、
また、クルクルとシャーペンを回していた。
「――じゃあ、
りんに会った想鎮士が、
ルイ様じゃなかったら、
りんも――地獄に落ちてた…?」
「……その可能性は、ゼロではない。」
――正直、愛禍を
『敵』とみなした方が楽だ。
茶会を開かなくとも、
断罪呪文を唱えればいいからだ。
実際、そうみなしている家門もある。
『藤凪家』がいい見本だ。
基本的に、
すべての愛禍に対して、
断罪ノ門を開いているという。
この問題については、
イギリスにある想鎮士の総括本部
――鎮霊評議会内でも、
意見が分かれており、意思統一がはかれていない。
だからこそ、
想鎮士の倫理観が問われる。
「――じゃあ、
りんは、ルイ様に会えてよかったんだね。
ありがとう……」
そう言って、
ライナは朗らかな笑みをこちらに向けた。
面と向かって礼を言われると思わなかったルイは、
見事に不意打ちを食らい、
心臓を撃ち抜かれていた。
『お前を一生守る、とか何とか言って
ライナを落としなさい!』
先日の葉子のセリフが頭の中で鳴り響いていた。




