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09 マキの愛は私のモノ

目覚めると、

ライナはまた華麗に着飾っていた。

目の前には、豪奢なアフタヌーンティーセット。


そのテーブルを囲むのは、

ライナ、ルイ、マキ、そして――愛禍(アモロス)


正面に座るマキは、

深紫のドレスに着替えさせられているが、

目を閉じたまま愛禍(アロモス)に寄りかかっている。

白磁のように青白い顔は、

まるで生き血の通わぬ人形のようだ。


ライナの左隣では、

モーニングコートのルイが、

優雅にティーカップを傾けている。




「――マキさんは、

お目覚めにはならないようだけど

大丈夫かな?」




また、ルイが、傾国の微笑みを浮かべて話しかける。




「ええ、このままで。

私が、しっかりと支えておりますので、

――ご安心を。」




そう言うと、ちらりとライナの方を見た。

あなたの母親には危害は加えない、

と言いたいのだろうか。




「まずは自己紹介を。


僕は、ルイという。

この子は、ライナだ。

知っているよね?


あなたのかけがえのない存在である

――マキの娘だよ。」




この間よりも、いささか棘のある言い方で、

ライナは紹介された。



「もちろんです。

(わたくし)は、サキとお呼びください。」



「では、サキ様、聞かせていただけますか?

あなたの物語を――。」


そうやって、

ライナの二度目の茶会(ティータイム)

幕を開けた。





========






――私の記憶の始まりは、とある雑貨屋の棚の上。




その雑貨店は、一人の女性が経営していたけど、

それほど繁盛している、というわけではなかったわ。


いつもの様に

代わり映えのない昼下がりを過ごしていたとき、

一人のお客がやってきましたの。

それが、マキですわ。


もう、二十年ばかり前になりますから、

マキも、そちらのライナより少し大人なだけで、

まだまだかわいい少女の面影もある頃でした。

だから、その日も、

何か面白いものはないかなと、

色んなお店を回っていたそうよ。


私は、また、

いつもの冷やかしのお客かしらと思い、

息を潜めて静かにしていたわ。


――あら、

私たちも愛禍(アモロス)になる前にも

言葉を持っているのよ?

ライナは知らなかったかしら?


そうね、人に届くことはないわ。

でも、私たちが、口をつぐんでいると、

本当の静寂というものが味わえるわよ。


もっと、その横に座っている

想鎮士(ソメンター)だかなんだかに

教えてもらいなさい。


え?教え方が適当?

上手に質問してみなさい。

質問上手は、聞き上手になれるから。

あなたが想鎮士(ソメンター)を目指すなら、

必要なスキルよ。


ん?そういうわけではないの?


ふふっ。

まあ、そういうことにしてあげるわ。


あら、話がそれちゃったわね。

そうそう、いつものように静かに、

マキが他のお客と同じように、

興味がないな、

と思って立ち去るのを待っていたの。


その頃は、

そのお店にいるのが、心地よかったし、

変な人に買われるくらいなら、

一生ここにいてもいい、なんて

考えたりしていたから――。


そんな私の思惑とは裏腹に、

マキは私を見つけた瞬間、




目を輝かせた。




そして、手に取ると、私を広げてみた。

私は久しぶりに背伸びして、あら気持ちいいわね。

なんて呑気に思っていたんだけど、

マキは私を見ながら、

目がなくなってしまうほど笑って




「これにします」




って言ったの。

即決だったわ。




値段なんて見てなかったから、

お支払いの時に慌てていたわ。

意外といいお値段だったらしいわね、私。

ふふふっ。


それからは、マキと一緒にすごした。

あの子の笑顔や泣き顔、挫折や苦しみ、喜びや哀しみ、

すべてに寄り添ってきたわ。


私くらいマキを大事にできる人はいない。

それは、思い込みではなく、事実よ。


マキはよく笑う子だったけど、

社長としての重圧や夫を亡くした哀しみで

打ちひしがれることもあったわ。


最近は

――ライナ、そう、あなた。


あなたとのあり方に悩んでいたのよ。


手塩にかけて育てた娘が、

全然になついてくれないなんて、ね。

一人で育ててきたのに、

もう、かわいそうったらなかったわ。


だから、

心を削って、仕事にぶつけていたんだけど、

あのスタッフたちもないわよ。


みんなにもっともっと、

マキのことを考えてもらわなきゃ。

自分たちの思いを貫きたいって、

雇われているのはあいつらなのよ――!


社長の言う通りにしなくてどうするのよ!

だからマキがおかしくなっちゃったのよ!!


――私だけ(・・・)が、マキの味方。

家族やスタッフから見放されても一緒よ。






だから、

私の世界に連れて行って――






何が悪いのかしら?









==========






――サキは、思いの丈をすべて吐き出したようだった。



だが空間には、不気味な沈黙が広がる。





ライナは吐き気を覚えた。


――こいつはりんと全然違う!




腹の底が煮えくり返るように熱い。

ライナは、自分勝手なサキ――愛禍(アモロス)

激しい怒りを抱いていた。


膝の上の拳を、固く固く握りしめる。




「――娘なんて、



いない方がよかった(・・・・・・・・・)



って言ってましたしね。ふふふっ…」



ブチン!!!



その瞬間、

ライナの怒りは沸点を突き抜けた。

その勢いに任せて、立ち上がろうとしたとき――。



ルイの手がそっとその拳に重ねられる。

「今は待て」と、その目が告げている。




「――っ!」



ライナは唇を噛み、怒りを押し殺した。






――絶対違うのに!





母さんは確かに仕事が好きだったけど、

私のことも大切にしてくれた…!!

アイツなんかに母さんと私のことなんて

語ってほしくない!!


参観日には、いつも来てくれたし、

熱を出したときは、

仕事を休んで付きっきりで看病してくれた!



あいつは、母さんの気持ちなんて


全くわかってない(・・・・・・・・)!!!



怒りで気が狂いそうなライナの横、

ルイはあの、極上の笑みで

愛禍(アモロス)――サキ、に話しかけた。





「――とても(あるじ)のことを

理解しておいでのようだ。

ここまで強い愛禍(アモロス)だけはありますね。」


「――ええ、もちろん。

言われなくっても、

十分わかっておりますわよ。」





サキも相変わらず毒を含んだ

薄気味悪い、まとわりつく笑みを浮かべている。



ルイが続ける。



「さて、マキ様はまだ、

お目覚めにはならないでしょうか?」



サキはちらりとマキを見やり、

ルイに視線を戻す。



「……そうですね。もう、こちらへ参るのは、

手遅れだったかもしれませんわね。」



勝ち誇ったような笑みを浮かべるサキ。



それを見て、ルイはテーブルに両肘をつき、

手を組み、手のひらの上にあごを乗せ、

今日一番の笑顔をつくった。




――こいつ、なんかたくらんでやがる…




ライナにはわかった。

この顔の裏に潜むものを。

サキに匹敵する…

いや、サキをも凌ぐ《悪魔》がそこに潜んでいる。




だからこそ、

ライナはその拳を、おとなしく下ろしたのだから。




――ルイが口を開く。




その声は、今までの人をたぶらかすような

甘い蜂蜜のような声ではなく、

地獄の底から響くような

重く冷たい殺気を孕んでいた。




「――お前の言いたいことは、

それだけ、か?」



瞬間、空気が凍りついた。

ライナはゴクリと息を呑んだ。

背中を冷汗が伝う。




――逃げたい!!

誰かここから連れ出して!!!!




今から恐ろしいことが始まる。

それは予感ではなく、予告だった。




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