第3話「魔王軍の拠点と、居候生活の始まり」
拠点となっているのは、深い森をさらに奥へと分け入った先にある、石造りの古い砦だった。
周囲を高く鬱蒼とした木々に囲まれ、昼でも薄暗いこの場所は、地図にも載っていない“忘れられた領域”のひとつ。魔力の流れが複雑に入り組み、普通の者では辿り着くことすら困難な位置にある。
「……ここが、魔王軍の本拠地?」
「いや、違う。これは“元・魔王軍”の隠れ砦。
本拠はもう、とうの昔に潰されてる」
ムスリがそう淡々と答え、先に足を踏み入れる。
「まぁでも、最低限の設備はあるで? 水も火も通ってるし、風呂もある」
「お風呂……」
(あるのはありがたいですが、異世界の風呂ってどうなってるんでしょう……)
美奈がそんなことを考えていると、ガリムがずいっと顔を近づけた。
「で、姉さん。これからどうすんの?」
「……まずは情報収集。それと、安全の確保。それが最優先です」
「真面目すぎて、びびるなぁ……好きやけど」
「好意の告白は三度目で処理します」
「ひっ、怖っ」
ムスリは無言のまま部屋を用意していた。
広くはないが、干し草と布団が敷かれており、最低限の寝所は確保されている。
「……感謝します」
「礼は要らん。あの声が本物なら魔王様の器だろ。護るのは当然だ」
《ふぉっふぉ、信頼厚いのう。……わしは見ておるぞ、美奈。あやつら、わしが倒れた後、ずっと砦を守っておった》
(……あれ? 今さらっと、“倒れた後”って言いましたよね?)
《あ、言っちゃった?》
(後で詳しく聞きます)
⸻
夜。砦の食堂で、干し肉のスープと黒い実のパンが出された。
「……味は、悪くないですね。塩分強めですが」
「だろ? 魔族って意外と料理うまいねん。まぁ俺が作ってるわけじゃないけど!な!ムスリ」
「黙れガリム。お前は皿洗いだけやってろ」
「鬼かお前……あ、鬼っぽいか?」
ゴンッ
ムスリの拳が、ガリムの頭に沈んだ。
「うわぁっ!マジでやめぇやっ!」
《……このやり取り、何年経っても変わらんのう……懐かしい》
(……その言い方、ずっと見てたような)
《まぁ、魂だけで長いこと世界を漂っておったからな。意識もぼんやりじゃったが、見守っとったつもりじゃよ》
(意識があるのに……誰も気づかなかったんですね)
《……寂しかったぞ。わしを呼ぶ声も、聞こえなんだ……》
静かに語られたその言葉に、美奈は少しだけ黙った。
⸻
その夜。
美奈は与えられた部屋の藁布団に寝転がり、天井を見上げていた。
ここはもう、自分のいた世界ではない。
けれど、ここで生きるしかない。
《美奈よ……》
(はい)
《わしは……おぬしにすべてを託すことはせぬ。
だが、もしも……そなたがこの世界で、何かを変えようとするなら——
その時は、わしの力を貸そう。命を燃やしてもな》
(……覚悟は、しておきます)
《ふぉっふぉ、真面目すぎて、可愛げがないのう》
(寝ます‥それとこの稾布団なんかくさいです‥)
《ゲホッゴホッ!!》