第2.5話「火のゆらめきと、世界の輪郭」
焚き火の明かりが、夜の森にぽうっと浮かぶ。
橘 美奈は薪の前で背筋を伸ばし、静かに座っていた。どこか警戒を解かず、それでいて冷静に周囲を観察している。
向かいには、元・魔王軍の配下、ムスリとガリムが腰を下ろしていた。
「……聞かせて。私が倒れてた“あの場所”、いったいどこだったの?」
美奈の問いに、ムスリがすっと目線を上げた。
「魔王城――いや、現在は“砦”と呼ばれている場所。そのはるか手前、森の奥の道だ。街から遠く、人がまず通らぬような道端だった」
「そんなところに……私、ひとりで?」
「せや。なんも持たず、地べたにパタンってな‥あ、保存肉とゼリーなら持ってたわ」
「……布団とか、なかったのよね。痛かったし、あと湿ってた。最悪だった」
「そらまぁ、森やし。誰かの寝床ちゃうしな」
「……ありえない状況なのに、なぜか納得してる自分がいて嫌になるわね」
《ぬははは! それが“適応力”というものじゃ、美奈よ。我が器よ……》
「“器”扱いもなんかモヤるけど、それよりその声、じいさん臭いのよ。ずっと思っていたけど」
《なんじゃと!? 長き眠りから覚めたばかりの老体に、その言い草……!》
「言っておくけど、私は真剣に聞いてるの。あんまりふざけた態度は嫌いなの」
ムスリが咳払いをひとつして、火に小枝をくべる。
「では、改めて説明しよう。ここは“ダムトリア王国”。かつて魔王が治めていた地……だが、今はその力も失われ、荒廃が進んでいる」
「私が落ちてきた場所も……その国の一部?」
「そうや。そもそも、俺らがこの地におるのも、魔王の力の気配を感じて戻ってきたからや」
「で、倒れていたのが私だった」
「ほやな。最初は魔王様の復活かと思ったら……女子ひとり。一瞬、間違えたかと思ったで」
「うん、私も間違えてると思った」
《そなたこそ、選ばれし器よ。ワシの力の欠片が、そなたに宿ったのじゃ……》
「それが、あの光……流星群みたいだった、あれ?」
「魔王様が討たれたとき、その力が四散し、世界のあちこちに“歪み”を残した。それが現実世界にも干渉してしまった可能性がある」
「で、その“欠片”が、私に?」
「しかも、おそらく魂の核と融合してもうた。せやから、魔王様の声も聞こえるんやろうな」
《そうじゃ。今や、そなたはワシの“半身”。肉体はそなた、意志はワシ――ふたりでひとつの存在よ》
「……なるほど。理屈はわかった」
《おおっ!? い、意外とすんなり!?》
「情報を整理すれば、筋は通ってる。いきなり飛ばされてきた時点で、多少の異常事態は受け入れる覚悟はあるから」
「……すごいな、美奈ちゃん。なんか、つよない?」
「そういう性格なだけよ。で――この国のまわりには、他にも国があるんでしょ?」
ムスリが頷き、地面に指で大まかな地図を描いた。
「ここ“ダムトリア”を中心に、東に“オルドリア帝国”。人間至上主義の軍事国家で、魔族は害とみなされている。魔族狩りも行われている危険な地だ」
「南には“セルヴァノス連邦”。自然と精霊を重んじる国で、エルフや獣人が多く住んでいる。中立だが、バランスが崩れれば動く可能性もある」
「西には“グラン=ディス山岳領”。ドワーフの国や。技術は高いが、金次第で敵にも味方にもなる。過去には魔王とも交易しとった」
「つまり……この国は、四方を思惑の違う国家に囲まれている、ってことね」
「せや。正直、めっちゃしんどい状況や」
《だからこそ、そなたのような存在が現れたのじゃ。ワシの力を借り、再び“調和”をもたらすのじゃ――!》
「はいはい。“魔王の器”ですね。いまはまだ実感ないけど、あなたの声がはっきり聞こえるのは、たしかに異常なのよ」
《ふふん……ワシの声が聞こえるのは、選ばれし者の証じゃからのう》
「……嬉しそうね」