第2話「元魔王の配下と、しばかれ悪魔」
魔獣が咆哮を上げ、美奈に向かって跳躍する。
「っ……!」
走れない。逃げ道もない。
ただ木々に囲まれたこの森では、どこにも助けはない。
そして――
《ま、待て美奈! わしの魔力は、いまだ微々たるものしか戻っとらんのじゃ!》
「知ってます。ホコリ程度なんでしょう? 無理ですね、諦めましょう」
冷静な返答が返る。
(普通ここで「助けて!」とか叫ぶと思うんじゃが……)
諦めの思考が脳内に響いた、その瞬間だった。
ズガァァンッ!!
魔獣が空中で弾かれ、地面に激突した。
爆風と土煙の中から現れたのは――
銀髪を肩まで伸ばし、ゆるく開いたシャツを羽織った、だるそうな青年だった。
「……っだーる。寝起きに魔物は無理やわぁ……
せっかくええ夢見とったのに」
そして、彼の後頭部に――
ベチンッ!
「てめぇ、勝手にいなくなりやがって……!
どんだけ時間経ってると思ってんだ」
今度は黒髪の青年が姿を現した。
鋭い赤の瞳。低身長だが、無駄のない筋肉で構成された強靭な肉体。
まるで“威圧感を詰め込んだ”ちびマッチョ。
「うぅ……ムスリ、ガチで容赦ないって……」
「黙れ。もう一発いくか?」
「すんません」
──彼らの視線が、美奈に向けられる。
「なあムスリ……あの子、普通の人間に見えるけど……
なんか、懐かしい“匂い”するよな?」
「ああ。間違いない。これは……魔王様の気配だ」
「……はぁ。バレましたか」
ため息をつく美奈。すると――
《よし、出番じゃな!“威厳モード”でいくぞ!!》
(その“威厳モード”って何なんですか?)
次の瞬間、美奈の口が動いていないにもかかわらず、
その場に響いたのは、重厚で堂々とした声だった。
「……久しいな。我が忠臣たちよ」
「っ……! まさか、まさか!この声……!」
「……魔王様!!」
ムスリはその場に膝をつき、頭を垂れる。
「魂は砕け散ったが、この者・美奈を“器”として目覚めたのじゃ」
(ちょっと、声のトーンおかしくないですか? さっきの情けない感じどこ行った?)
《“営業モード”じゃ。余は切り替えが早いのだ》
(いや、早すぎますって)
「この者を粗略に扱うな。我が力は、今この身体に宿りしもの――
いずれ、世界に新たなる均衡をもたらすであろう」
「はっ……なんなりと!」
感動の面持ちでガリムが美奈に向き直る。
「てか魔王の器って……めっちゃ美人やん。
ていうか、ちょっと好きかも……」
ベチン!
「……初対面で口を滑らせるな。三秒でしばくぞ」
「すんませんムスリィィ!」
──
拠点へ向かう道すがら
「ここは危険だ。拠点に案内する」
ムスリが先導を始める。
彼の背中は小さいが、歩幅には戦士の風格が宿っていた。
ガリムは、美奈のビニール袋をひょいと奪い中を覗き込む。
「お、これは……妖樹果ゼリー? 保存肉もあるし。
姉さん、意外と備えバッチリやん。ええとこあるやん」
「勝手に見ないで。あと妖樹果って何?」
「ん? 食ったら元気になる果実のゼリー。……ま、こっちでいう回復食?」
「なるほど……異世界仕様の栄養ゼリーね」
「俺、ガリム。魔王軍の元・遊撃隊や。
そして……ムスリのストレスの9割担当?」
「……黙れ」
「いてっ」
《ふぉっふぉ……変わらんな、あの二人。美奈、おぬし頼りにしていいぞ》
(いや、ツッコミどころが多すぎて……)
──
■魂の共存
美奈の中にいる“魔王”は、かつて世界を支配した存在。
だが、今はただの“力の源”であり、実体を持たず、美奈の身体を通じてのみ干渉できる。
力の源は魔王。だが、制御するのは美奈。
言ってみれば……
魔王:電源バッテリー
美奈:端末オペレーター
「ふぉっふぉ……よいか? そろそろ奥義を見せてやろう。名付けて、“冥府爆裂――”」
『……許可されていません』
「な、なに?」
『あなた、今は力を直接使えないんですよね?』
「む、むう……!? まさか……!」
その瞬間、魔王は気づいた。
――すでに、自分の力の“手綱”はこの少女の手にあるのだと。
「……まさか、わしより手際よく、的確に、しかも冷静に扱うとは……」
かつて世界を震わせた魔王は、今、心の中でひとつの結論を出す。
「……こやつ、ワシより有能なのでは……?」