第1話「流星群と、頭の中の老人」
仕事帰り、星が降る夜
橘 美奈、23歳。
派遣社員。職場では真面目で、無駄話はほぼしない。私生活も極めて静かで、最近の楽しみは“栄養重視のコンビニ飯を誰にも話さずに食べること”。
——そんな日々の、金曜の夜。
「……あれ、流星群?」
残業を終えて坂道を下る途中。ふと見上げた空に、無数の流星が走っていた。
ネットで「今夜、流星群!」とか見かけたような気はするが、気に留めていなかった。
(……予想より、すごい。ていうか、光の数がおかしい)
まるで空そのものが崩れて、地上に降りてくるような光景だった。
と、その瞬間——
ドンッ!
視界が、真っ白に塗りつぶされた。
⸻
目覚めると、そこは異世界だった
「……う、っ……」
土の匂い。風の音。湿った草の感触。
目を開けた美奈が最初に見たのは、二つの月が浮かぶ空だった。
「……現実じゃ、ないですね。これは」
事実をすぐに受け入れた。パニックはなかった。
ただ、自分の状況を理路整然と整理していく。
服は汚れているが、体は大きな怪我はない。手にはコンビニ袋。内容物はサラダチキンとゼリー飲料。
「五感の再現度は完全。痛みもある。……夢ではなさそう」
彼女が立ち上がろうとしたとき——
「おお、ようやく目覚めおったか。聞こえておるか? わしじゃ、わし」
「……はい?」
「魔王じゃ」
「……は?」
「何度も言わせるでない。わしが、かつてダムトリアを統べた魔王じゃよ。今は魂だけになっておるがな」
「‥……魔王の魂が、私の中に?‥?」
(‥ダムトリア?なにそれ。)
「そうじゃ。おぬしが落ちてきたとき、わしの“かけら”にぶつかっての。運悪く、融合してしもうたのじゃ」
「なるほど。
流星群の一部に“魔王の断片”が混ざっていて、空間の歪みでこちらに来た。
その直撃を私が受けて、融合したと。……筋は通ってます」
「……ん? ちょ、ちょっと待て。今の説明、わしより上手くないか?」
「で、現在の私は魔王の魂と共存状態。あなたは……“中の人”ですね」
「中の人って言い方やめい!」
「自分の声が、頭の中にある。理解はできました。
あとは、ここがどんな世界なのか。元に戻れる可能性があるか。それを調べる必要があります」
「……な、なんという冷静さ。驚愕じゃ。
おぬし、本当に人間か……? わしが人間の前に現れた時に皆、もっと騒いでおったぞ……泣いたり、叫んだり……!」
「無意味に騒いでも、状況は変わりません。優先すべきは情報の収集です」
「ほ、惚れそう……」
「その発言、二度としないでください」
⸻
獣の唸り声と、不穏な気配
すると、森の奥から木々が揺れる音がした。
「……何か、来てますね」
「お、おぬし、戦えるか? わしの力は……その、まだ少ししか戻っておらん」
「はい。素手では無理です。か弱いので」
「か、か弱い?‥うぐっ。じゃ、じゃが少しだけ魔力を貸してやれぬことも——」
「少し、とは?」
「ええと、ほんの、チリほど……?」
「じゃあ、実質無力ですね。ただのガラガラ声のおじいちゃんじゃないですか」
「ひ、ひどい!」
——唸り声が、すぐ近くまで迫ってきた。
何が来るかはわからないが、確実に「敵」だ。
「わしが全盛ならのう……どんな敵もこうやって‥デコピン一発で消し飛ばせたものを……ごほっ」
「はい。回顧ではなく、現実的な対処をお願いします」
「ぬぅぅ……これだから現代の人間は……!」