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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アイオライトが繋ぐ

作者: 639



僕、佐久間 ゆうには、同い年の従兄弟・佐久間 すぐるがいる。


小さい頃から、何をするにも器用で「天才」と呼ばれ、親族一同にちやほやされてきた優。

その一方で、同じ“ゆう”という名を持つ僕は、「似た名前なのに全然違うね」と揶揄されるばかりだった。


初めのうちは嫉妬して、彼に張り合おうと努力していた。

けれど、何度挑んでも埋まらない才能の差に、やがて僕は心が折れた。

「もう、敵わないんだ」――そう諦めるしかなかった。


高校受験を迎えたころ、優は有名私立の進学校に推薦で合格したらしい。

僕は家の近所にある、そこそこ偏差値の高い公立校を受験して、なんとか合格。

ようやく“優のいない場所”で、新しいスタートを切れる……そう思っていたのに。


入学式、新入生代表として壇上に立ったのは、あの優だった。


「……なんで、ここに?」


親からは“私立に行く”と聞かされていたのに。だから僕は、優のいない環境を求めて、公立校を選んだのに。


最悪だ――。


幸い、同じクラスにはならず、従兄弟との関わりもないことに安堵していた。

――けれど、それも束の間だった。


僕の気持ちなどお構いなしに、従兄弟は昼休みや放課後になると、当然のように僕の教室へやって来ては絡んでくる。

それが、とても嫌だった。


せっかくできたクラスの友達も、いつの間にか従兄弟に興味を持ち、僕と過ごすより彼を選ぶようになっていった。

昔の僕なら、悔しくて必死に張り合っていたかもしれない。でも、今はもう諦めがついていた。

「またか……」と、一人で過ごす時間が増えていった。


僕がぽつんと一人でいると、従兄弟は心配そうに声をかけてくる。

だけどその優しさが、今の僕には重たくて、鬱陶しくて――僕は無視を貫いた。


そんな僕の態度が気に入らなかったのだろう。友達だったはずの奴が、陰湿な嫌がらせを始めた。

教科書に落書きされる。ノートや筆箱を隠される。お弁当の中身を捨てられる――。


目立ったことをすれば内申点に響く、そんな進学校だからこそ、やることが陰湿だ。

それでも、こんなことが続けば、誰だって嫌になる。


(……学校に、行きたくない。)


なのに…頼んでもいないのに、従兄弟は毎朝家まで迎えに来る。

母は彼が来ると嬉しそうにして、「早く支度しなさい。」と僕を急かす。

三つ下の弟まで、「こんなお兄ちゃんがよかったな」なんて、僕に聞こえるように呟く。


(……どこにも、僕の居場所なんてない。)


家でも学校でも、僕は透明人間だった。

僕が「家族」だと信じていた人たちは、皆そろって僕じゃなく、従兄弟を見ている。


悲しかった。悔しかった。煩わしかった。

誰も、僕なんて見てくれない。

この家も、学校も、何もかも……全部、あいつのものなんだ。


そう思った瞬間、吐き気が込み上げた。


まだ冬の寒さが残る春の夜、僕は家族に気づかれぬよう、そっと家を抜け出した――。


行く宛なんて、どこにもなかった。


僕は、ポケットの中に忍ばせた青紫色の石をぎゅっと握りしめる。

それは、見る角度によって色が変わる、不思議な輝きを放つ石。

唯一、肌身離さず持っている、大切な宝物だった。


途方もなく歩き続け、やがて人通りの少ない住宅街を抜けると、街明かりに照らされた大通りに出た。

補導されないようにと、大通りを避けて脇の細道に入る。

そこには、大人びた雰囲気の店が並び、僕の場違いさを際立たせていた。


この道を通っていいものか――そう迷っていると、

背後から、ガタイのいい青年に声をかけられる。


「未成年がこんな夜中に出歩いちゃダメでしょ?」


そう言って、彼は僕の肩に手をまわし、にじり寄る。

「おうちまで送ってあげるから、一緒に帰ろう?」

さらに耳元で囁かれた言葉に、背筋がゾクリと震えた。


「それとも、俺の家に来る?」


……意味なんて、はっきりとは分からない。

だけど、僕の中の本能が、警鐘を鳴らしていた。


――この人について行ってはいけない。


「……ひ、一人で帰れます。」


僕はそう言って、肩から逃げるように走り出した。

背後からは、慌てて追いかけてくる足音。


――怖い。誰か、助けて。


涙が滲み、視界が揺れる中、突然誰かの手が僕の腕を引いた。

そして、そのまま細道の脇の建物の中に引きずり込まれる。


――捕まった。

そう思った瞬間、聞こえたのは、懐かしい声だった。


「祐……どうして、こんなところにいるの?」


(……知ってる。この声はーー!)


僕が従兄弟と張り合ってボロ負けして、公園の隅で泣いていたとき。

いつもそっと寄り添って、優しく慰めてくれた、あの人。


「……はるにぃ……」


思わず名前を口にした。

そこにいたのは、従兄弟の年の離れた兄――

僕が心から慕っていた、春兄だった。


「何で追いかけられていたのかとか、いろいろ聞きたいことはあるけど……とりあえず俺の家に来る?」

「……うん。」


春兄に手を引かれ、大人しく後をついていく。


 あの時も、泣き止んだ僕の手を握って、こうして家まで送ってくれた。

別れ際、頭を優しく撫でて「またね」と笑い、そして――僕の家にいた従兄弟を連れて帰っていった。


 僕は、そんな春兄が大好きだった。


 いつも励ましてくれて、慰めてくれた春兄がいたから、あの頃の僕はなんとか頑張れた。

 でも、高校を卒業した春兄が、大学の近くに引っ越すために一人暮らしを始めると聞いたとき――

「これが最後かもしれない」と言われて、僕は思わず「嫌だ」と泣きついた。


泣き止まない僕に、春兄は一つの石を差し出して言った。


「これはアイオライト。見る角度によって輝きが変わる、不思議な石なんだ。俺が大事にしてたんだけど、祐にあげる。」

「……ぐすっ、いいの?」

「うん。他のものは優に譲っちゃったけど、これは祐にあげたい。」

「……なくさないように、取られないように、大事にする。」

「そう言ってもらえたら、あげた俺も嬉しいよ。祐、もう二度と会えなくなるわけじゃないから。泣かないで。もしかしたら、この石がまた俺たちを会わせてくれるかもしれないよ。」


そう言って、春兄は笑いながら、いつものように僕の頭を乱暴に撫でてくれた。


 僕はその言葉を信じて、それ以来ずっとアイオライトを肌身離さず持ち歩いていた。

いじめられても、この石がそばにあるだけで春兄が励ましてくれているような気がした。

誰にも渡したくなくて、大事に、大事に握りしめていた。


――だから、家出するときも、この石だけは持ってきた。


 春兄の住むアパートに着いて、部屋の中に案内される。

ドアを開けると、ふわっとライラックの懐かしい香りが漂ってきて、張りつめていた心と身体が少しずつほぐれていく。


「温かい飲み物用意するから、そこのソファに座って待ってて」


春兄が指差したソファに腰を下ろし、部屋の中を見渡す。

ガラステーブル、テレビボードの上には薄型テレビ。その奥にあるシングルベッド。ベランダに繋がる窓には、レースのカーテンと淡いブルーの遮光カーテン。

キッチンでは、春兄がドリンクを用意してくれている。


久しぶりに見る春兄は、どこか大人びていた。

少し長めだった髪も短くなっていて、両耳には青紫色のピアスが輝いている。


「そんなにじっと見て、どうした?」


湯気の立つマグカップを両手に持って、春兄が首をかしげた。


「……久しぶりだなぁ、って思って。」

「そうだな。最後に会ったのが……中学入る前だっけ? もう、三年か。」

「うん……春兄、元気だった?」

「元気だよ。祐は、相変わらず優と張り合ってるの?」

「………そんなこと、ないよ。……そんなの、無駄だって気づいたんだ。」

「……優は祐と張り合えて楽しそうだったけど? 祐は違ったの?」

「……っ、楽しいわけない!」


思わず声を荒げていた。

どんなに頑張っても、努力しても、結局はみんなアイツばっかり。

家族も、仲良くなったはずの友達も、みんな、みんなアイツに取られた。


「僕は……ひとりぼっちなんだ!」


堪えていた感情が溢れ出す。

ぽろぽろと涙がこぼれて止まらない。

今まで我慢してきた、抑え込んできた気持ちを、全部、春兄にぶつけるように叫んだ――


「僕はあいつが嫌いだ。だから高校も、あいつとは別のところを受けたのに……!

僕が行きたかった学校に推薦で受かったのに、それを辞めて、わざわざ同じ高校に来やがって……!」


――従兄弟が同じ高校に来たのは、どう考えても僕に対する当てつけだ。

僕もあの私立の指定校推薦の願書を出した。けど、ダメだった。

一般入試も受けたけれど、結果は不合格。

残されたのは公立高校の一般入試だけで、ようやくそこに受かってホッとしたのに……。

その矢先に、あいつが僕の前に現れた。まるで「ほら、やっぱり僕のほうが上だろ」と言わんばかりに。

張り合うのが、もう虚しくなった。


「祐、おいで。」


春兄はマグカップをガラステーブルに置き、両手を広げて僕を招いた。

僕は誘われるままにその胸に飛び込み、子どものように声をあげて泣いた。

春兄は何も言わず、泣きじゃくる僕の頭を優しく撫でて、静かに抱きしめ続けてくれた。


春兄のトレーナーの胸元をビシャビシャに濡らすほど泣いたあと、ぬるくなったココアをすすりながら、ようやく気持ちが落ち着いてくる。


「俺の胸をここまで濡らすやつなんて、優と祐ぐらいだよ。」


春兄は苦笑しながら、部屋着に着替え始めた。


「……うっ、いつもありがとうございます。」

「どういたしまして。」

「今日は夜も遅いから、そのまま泊まっていけ。朝になったら家まで送ってやるよ。」

「……うん。」

「なんだよ、その顔。嫌そうにすんなって!また泣きたくなったら、ここに来たらいいさ。」


そう言って、春兄はポケットから鍵を取り出して、僕に差し出した。


「……いいの?」

「いーよ。あんな大噴火する祐を見たら、放っておけないって。」


春兄は口元に人差し指を立てて、ウィンクして見せる。


「……お恥ずかしい限りです。」

「それとさ、優のこと……あんまり悪く思わないでやってほしい。あいつも色々、不器用なんだよ。それに、寂しがりやだからさ。できれば、嫌わないであげてほしい。」

「……努力はする。」

「ははっ、その嫌そうな顔!

優はさ、まわりに“天才だ”って言われるのに、実は結構疲れてるんだ。そんな中で、祐だけは“対等”に向き合ってくれる。それがあいつにとって、すごく大きな存在なんだ。……それだけは、分かっててあげて。」

「……うん。」

「ありがとう。まあ、その代わり――クレームはいつでも受け付けるから!」

「ふふっ、頼りにしてます。」


 翌朝、春兄に家まで送ってもらった。

まだ家族は誰も起きておらず、家出のことはバレずに済んだ。


春兄はというと、「優の様子も見ておくよ」とそのまま実家へ向かい、

別れ際、あの頃と変わらぬ優しい手つきで僕の頭を撫でて、笑いながら言った。


「またな。」――と。


その言葉が、胸の奥にじんわりと染みこんで、

僕はようやく、ちゃんと「またね。」と返せた気がした。



* * *



 あの一件以来、春兄はたびたび実家に顔を出すようになった。

春兄が帰ってくると聞くだけで、嬉しくて、朝からそわそわしてしまう。

……どうやら、優も、どこか嬉しそうにしている。


 ある日のお昼休み。

僕の様子を気にかけてくれた優が、屋上で一緒にお弁当を食べようと誘ってくれた。


「今日は兄貴が……弁当、作ってくれたんだ」

「いいなぁ!」

そう返すと、優はふっと笑って照れたように目を細めた。


(…そうだ。思い出した。)


優がなんでも器用にこなすようになったのは、春兄の存在があったからだ。

僕と優は家が近く、両親はどちらも共働き。だから小さい頃は、春兄が面倒を見てくれていた。


勉強も遊びも、全部。

優しくて、わかりやすくて、できたら褒めてくれて、できないときは一緒に悩んでくれて。

そんなふうに、春兄は僕たちに真っすぐ向き合ってくれた。


けれど、春兄が学業や部活で忙しくなっていくにつれて、自然と一緒に過ごす時間は減っていった。

寂しさを紛らわせるように、僕と優は二人でいろんなことに挑戦し始めた。


ーーあれが、きっかけだったんだ。


優は、春兄の背中を見て育ったんだ。

真似をして、追いつこうとして、努力して……その結果、“天才”だなんて言われるようになった。


でも僕は、それを知らずに――いや、見ようともしなかった。

ただ嫉妬して、「嫌いだ」なんて言って。


ああ、学校に迎えに来てくれたのも、きっと僕のことを心配していたからなんだ。

春兄なら、きっと同じことをする。

だから優も――


……今までの僕の態度が、恥ずかしくて仕方なかった。


「あのさ……優。今まで、冷たい態度とって、ごめん。」

「……いいよ。俺も、祐の気持ちに気づけなかったし。お互い様だと思う。」

「僕、ずっと……優が何でもできちゃうのが羨ましくて、嫉妬してた。」

「うん。知ってた。」

「……春兄と再会して、いろいろ思い出したんだ。優が、そうなった理由も。」

「……そっか。――あのさ、俺も祐に嫉妬してたんだ。」


「……えっ!?なんで!?」


「いつも、兄貴が祐ばっかり構うから。ちょっとムカついて、張り合ってくる祐を、からかうみたいにしてた。でもさ……兄貴が、俺のことで母と揉めて、家を出ていったときに、気づいたんだ。本当の敵は、祐じゃなくて……母だったって。」


「……!」


「兄貴が通ってた有名私立、俺も合格したんだ。でも、浮かれてる母を見てムカついて……反抗するつもりで、蹴った。祐と同じ高校を選んだのは、当てつけじゃなくて……俺なりの、意思表示だったんだ。」


……知らなかった。

ずっと当てつけだと思ってた。でも、優なりの事情があって、僕と同じ高校を選んでくれたんだ。


「ねえ、どうして春兄は、おじさんとおばさんと揉めたの?」

「……母は、俺の意思なんか無視して、自分の思い通りに進ませようとしたんだ。嫌だって泣いて抵抗しても、全然聞いてくれなくて……。そのとき、兄貴が代わりに意見してくれた。――でも……」


優は唇を噛みしめ、今にも泣きそうな顔をしている。


「“お前がいなくなればいい”って……母は、兄貴にそう言ったらしい。兄貴は、俺のために……自分から家を出て行ったんだ……!」

「春兄が家を出たのって、大学のためじゃなくて……追い出されたからなの?」

「……うん。本当は、有名大学に通うはずだったのに……母が、“あんな奴に金なんか出さない”って言い出して……」

「そんな……」

「それから、兄貴は家に帰ってこなくなった。」


優の目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。


「兄貴がいなくなって……すごく寂しかった。俺が心から気を許せるのって、祐しかいなかったんだ。……嫌われてるって思ってても、ひとりにはなりたくなかった。」


優の言葉を聞きながら、

――僕は、あの夜に春兄がかけてくれた言葉を思い出していた。


『あいつもいろいろと不器用なんだよ。それに、寂しがりやだからさ。あまり嫌わないであげてほしい。』


「春兄が帰ってくるようになったのって、祐がこっそり家出したせいだろ?」


「……ボク、ソンナコト、シテナイヨ。」


目を泳がせながら否定した僕を見て、優はくすっと笑った。


「春兄が久しぶりに帰ってきた時さ、俺、夢なんじゃないかって思って――

すげー泣いちゃった。そしたら兄貴、笑って『まったく、お前らは』って言ってたよ。」


優はあのときの情景を思い出すように、目を閉じて静かに微笑んだ。


「そうだ。兄貴が家を出る前に、石もらわなかった?」


意外な問いに、僕は一瞬返事に詰まった。

「もらった」って言ったら、返せって言われるんじゃないか――そんな不安がよぎる。


でも優は、僕の気持ちを察したように言った。


「取ったりなんかしないよ。俺も、兄貴からもらったから。」


そう言って、優はブレザーのポケットから小さな金色の石を取り出し、太陽にかざす。

光に照らされた石は、あたたかい光を放ちながらきらきらと輝いていた。


「“幸せを贈る”って意味があるんだって。他にも意味はあるみたいだけど……なんか、兄貴らしいよな。」


「そうなんだ……僕のは、これ。」


僕もポケットから石を取り出し、優に見せる。

青紫にきらめくその石を見た優が、「太陽にかざして」と言うので、促されるまま光に透かすと、石は見る角度によって様々な色を映した。


「……すごい。綺麗だな。見せてくれてありがとう。えーと、その石は……」


そう言って、優はスマホを取り出し、画面を操作し始める。


「なんて名前の石?どんな意味があるの?」

「えーと……たぶん、アイオライト。

“夢や目標に向かって進むときに、迷わず進むべき道を示してくれる”って意味らしい。

他には……」


言いかけた優が、ふと口をつぐむ。


「えっ、なに?気になるから教えてよ。」

「……この意味だけは、兄貴に聞いたほうがいいかも。」

「わかった。でも、優が何に引っかかったのか、教えてくれたっていいじゃん!」

「ムカつくからやだ!」

「なんでだよ!!」


アイオライトに込められた意味。

それをどうして春兄が僕にくれたのか、優が何に気づいたのか――

いろんなことが気になって、でも今はまだ聞けそうにない。


そんな風にして、石の話で盛り上がっていた僕たちのもとに、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響く。

僕らは名残惜しさを残しつつ、それぞれの教室へと戻っていった。



* * *



優が教えてくれなかった石の“もう一つの意味”が、どうしても気になって。

僕は週末の昼過ぎ、春兄の家を訪ねた。


けれど、チャイムを押しても返事はない。どうやら、春兄は外出中らしい。

仕方なく鍵を使って中に入ると、いつものライラックの香りに迎えられ、ホッとした気持ちになる。けれど、手持ち無沙汰なまま過ごすのもなんだか落ち着かなくて――


僕は、ふと春兄の部屋に入った。


もしかしたら……と淡い期待を抱いてベッドの下を覗いてみたけど、もちろんエロ本なんて見つからなかった。

代わりに、テレビボードの横に並んだ本棚には、石に関する本が何冊も並んでいた。


「……石の本?」


自然と手が伸びて、一冊を取り出してパラパラとページをめくる。

自分の持っている、あの青紫の石――アイオライトを探して。


「……あ、これかな?」


あの日、石の名前を優にもう一度聞いたけれど、教えてくれなかった。

だからこそ、自分で調べようと決めて、春兄に会いにきたのに……肝心の本人は留守。


それならせめて、何かヒントだけでも見つけたいと思った。


「……優が言ってたのって、これかな?」


目に飛び込んできた文字。


――“真実の愛を見つける、愛を貫く”。


「……そんな……いや、そんなはず、ないよね?」


一瞬で、心臓が早鐘を打ち始める。


(まさか、そんな意味で……春兄は、僕にこの石を?)


ページをさらにめくると、もう一つの意味が書かれていた。


――“過去のトラウマや、今抱えているストレスを和らげ、心に安定をもたらす”。


「……これが、きっと本当の意味……だよね?」


けれど、さっき目にした言葉が、ずっと頭から離れない。


「もし……もし、それが春兄の伝えたいことなら……」


胸が苦しいほどに締め付けられる。

この気持ちは何なのか、自分でもまだうまく言葉にできない。


優の兄で、僕の従兄弟で、

優しくて、温かくて、憧れで、兄のような存在で――


でも、僕にとってはそれだけじゃなくて。

とても、大切で、大好きで、欠かせない人。


もしかして……僕は。

そういう意味で、春兄が――。


僕の中で、春兄への気持ちに一つの答えが出た時――

ガチャリと玄関の扉が開く音がした。


「祐、来てたのか……って、顔赤いけど、どうした?」


僕が手にしている本に目を向けた春兄は、すぐに何かを察したようで、少しだけ考えるような顔をする。


「は、春兄……僕にこの石をくれた、本当の意味って……」


そう訊ねると、春兄はしばらく沈黙したあと、ふと何かを思い出したように、俯いた僕の顔を覗き込む。


「その“本当の意味”を教えたら、祐はどうしたい?」

「……う、うぇっ?!」


顔が一気に熱くなるのがわかった。

そんな僕を見て、春兄はいたずらっぽく笑って、そっと僕の頬にキスをした。


「結婚はできないけど……優と祐が望む限り、俺はずっと一緒にいるよ。」


 その言葉に、幼い頃の記憶が蘇る。

 あの時も、優と喧嘩していた。

理由は、“春兄と結婚するのは自分だ”という、幼いなりの真剣な主張だった。

困った春兄は、僕たちをなだめるように同じ言葉を言って、今と同じように頬にキスをくれたのだ。


「春兄、僕は昔も今も、変わらず春兄のことが大好きだよ。結婚できないってわかってるけど……それでも、僕が一生一緒にいたいって思うのは、春兄なんだ。」


まるでプロポーズのような言葉に、春兄は目を丸くしたあと、モアサナイトのように、柔らかく眩しい笑顔を浮かべた。

それにつられて、僕もまた、自然と笑っていた。


 


アイオライトが繋ぐ、あなたの想いが届いた日。

僕は、その想いに応える。

あなたのそばに、ずっといる――と。




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