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悪役令嬢の母であるだけのモブに転生したけど、浮気夫と義母と令嬢に見下され、挙句に離縁されそうなので、全て捨てて人生リセットしたらなぜか隣国の王に見初められて政略結婚、気づけば王妃で幸せになっていました

作者: 結城斎太郎


「離縁したい。君とは、もう暮らせない」


その一言が、全ての始まりだった。


私はリリィ・マルグレーテ。乙女ゲーム『薔薇の輪舞曲』における悪役令嬢の“母”という、圧倒的なモブポジションに転生していた。


貴族社会のしがらみの中で、夫との政略結婚に耐え、娘が婚約破棄される未来を知りながらも、ただ平穏を望んでいた。だがその淡い願いは、夫――ギルベルトの無慈悲な言葉によって打ち砕かれた。


「浮気相手が妊娠したから、責任を取る」と、堂々と言い放つ夫。


背後で勝ち誇る女中上がりの愛人。冷ややかに私を値踏みする義母。何より、娘のクラリッサが私を侮蔑の眼差しで見ていることが、何より胸を抉った。


「わかったわ。すべて譲る。離縁しましょう。だから──もう、二度と私の前に現れないで」


私は静かに微笑み、マルグレーテ家を出た。


手元に残ったのは、ほんのわずかな金貨と古びた馬車だけ。それでも自由だった。屋敷に縛られ、周囲の視線に耐え、夫の不在を埋めるために装ったあの生活より、ずっと。



---


三日三晩の旅の末、私は隣国ルフェールの国境都市にたどり着いた。


風の噂で聞いたのだ。隣国ルフェールは、女でも職を得やすく、平民出身の貴族も珍しくないと。


「おや、奥さん。ひとり旅とは珍しい」


出迎えてくれたのは、旅籠の老主人。小さな宿を切り盛りしている夫妻は親切で、仕事が見つかるまで屋根を貸してくれた。


私は洗濯や掃除の仕事を請け負い、食いつないだ。


それから二ヶ月──。


偶然助けた迷子の少年が、なんと隣国ルフェールの王子だった。


「母上を思い出して、つい甘えてしまいました」


そう照れ笑いする少年、エリアス王子。その母はすでに亡くなっており、私に懐いた王子は、私を宮廷に連れていくという暴挙に出た。


「おまえがリリィか。……ふむ、よい目をしているな」


王、アルセリオ・ルフェール。その目は冷酷で知略に満ちていたが、私を見る眼差しには興味と、微かな哀愁が混じっていた。


「王子が気に入っている。ならば、そなたに母代わりを任せよう」


それが出会いだった。だがそれだけでは終わらない。


「……妃になれ。政略だ。安心しろ、干渉はしない」


「……は?」


思わず素っ頓狂な声が漏れた。


王は、自らの血統と政治的な均衡のために「平民ではなく、だが貴族でもない、かつての貴族未亡人」という私を選んだという。


私は迷った。王妃とは重すぎる。けれど、娘にも夫にも捨てられた私には、もはや帰る場所などなかった。


「わかりました。お受けします。ただし──政略であることを忘れずに」


「言っただろう。干渉はしない」


そうして始まった白い結婚生活。


──だったはずなのに。


「朝食は一緒に取る。それくらいの時間は割ける」


「リリィ、よく眠れたか?」


「王妃に触れるのはこの私だけだ。誰にも触れさせん」


なんなの、この人。


政略結婚とは名ばかりで、王は何かと理由をつけては私のもとを訪れ、少しずつ距離を詰めてくる。まるで野獣のように、だが、どこか不器用に。


やがて王城での私の立場は揺るがぬものとなった。家臣たちも認め、王子は「母上」と慕い、国民にも評判が良いと聞く。


そして、あの一族から「リリィを返してほしい」と申し出があった時、王は冷たく言い放った。


「二度とその名を口にするな。国母を愚弄した罪で、首が飛ぶぞ」


ああ、気づけば私は“国母”になっていた。


政略とは名ばかり。王は日に日に優しさを見せ、私の誕生日には自ら料理を振る舞い、体調が悪ければ薬草師を呼び、私の言葉にだけ素直に耳を傾けるようになっていた。


──そうして、一年が経った頃。


「リリィ、そなたに伝えたいことがある」


「なんですか?」


「政略結婚などと言ったが、私はずっと、そなたに惹かれていた。……これからも、私のそばにいてくれないか」


その言葉に、私は涙があふれた。


かつて私は捨てられた。価値がないと見なされた。


だが今、王に、国に、家族に必要とされている。


だから私は、胸を張って答える。


「はい。私でよければ、喜んで」


──これは、モブでしかなかった母が、自らの力で運命を切り開き、幸せを掴み取った物語。



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