旅立ち
暗い。熱い。身体の内で炎が激しく燃えているような感覚だ。自分を巡る血が、沸騰しているのが分かる。身体のどこかに穴が開いたら、今にも噴き出しそうなほどだ。
『俺を探して。“太陽”が教えてくれる』
「君は……だれ?」
暗くて何も見えないはずなのに、誰かが微笑んだ気がした。
鳥のさえずりが、風に乗って森全体に響き渡っている。背中には柔らかい感触がある。
「なんだか……すごく長く、寝てた気がする」
「うん、丸二日寝てたんだよ」
ルカの隣にはミーアがいた。今にも泣きだしそうで、目元はは既に赤く腫れていた。しかし、ルカに泣いたことを悟られない為に、笑顔を作りだした。
「もう、心配させないでよ」
「ごめん。ところで、村はどうなった? もう二日経ってるんだよね?」
ミーアは深刻そうな表情を浮かべながら、重い口を開き村の現状を伝えた。村の大半が燃えたこと。住む場所が無くなり、村を出て行く人が日を追うごとに増えていること。ルカは村の現状を静かに聞いていたが、心配する様子も気に留める様子もなかった。
「ってのが今の現状……。私からも一つルカに聞きたいことがあるんだけど……いい?」
「いいよ」
ミーアがこれからきこうとしているのは友達としてではなく、魔法を使う者としてきこうとしていた。
「ルカがゴブリンを倒したのって魔法……だよね? 魔法使えたの?」
「ううん、使えるようになった。あのとき、死んだと思った。もう生きれないと思った。でも、誰かが僕に話しかけてきた。そしたら、いつの間にか魔法が使えるようになってた。」
「そんなことってあるの?」
「分からない。『俺を探して』とも言ってた」
ミーアは嫌な予感がした。
「もしかしてとは思うけど、誰かも分からない人を探しに行ったりしないよね? 村にずっといるよね?」
ルカはミーアの方を見たが、返事をしない。ミーアの嫌な予感があたった。ミーアはルカをどこにも行かせない為に、扉の前に立ち部屋から出さないように立ちふさがった。
「退かないから。私退かないから!」
ルカはミーアをじっと見つめてから、優しく微笑んだ。
「大丈夫、どこにも行かないよ」
「ほんと?」
「うん、本当だよ」
「じゃ、じゃあ私、ルカが目を覚ましたってみんなに伝えてくるね。あと、食べるもの持って来るから、ちゃんと寝て待っててね」
「うん、待ってる」
ミーアはその場をあとにし、ルカ一人だけがその場に残された。ルカはベッドから下り、軽いストレッチを始めた。
「出て行くつもりか」
いきなり問いを投げかけてきたのは、ドボだった。ルカはドボのことを気にも留めずに、ストレッチを続けていた。
「ドボ……」
「お前にいなくなられちゃ困るんだよ。俺の遊ぶおもちゃが無くなっちまうだろ。それにお前はこの村から出て行く勇気なんてないだろ。お前の恩人である人が信頼して預けた場所だもんな。そんな場所を出て行くことなんてお前出来ないだろ。あんな老いぼれジジイに信頼されても嬉しくないんだよ」
ドボの最後の言葉にストレッチをしていたルカの動きが、ピタリと止まった。そして、一歩ずつドボに向かって歩み始めた。ドボの目の前に立つと、恐ろし形相で目をじっと見つめた。
「お前が見下していい人じゃないぞ」
ドボはあまりの殺意にあてられてしまい、立ちすくんでしまった。そして、膝から崩れ落ちた。
「俺はここを出て行く。世話になった」
ルカは部屋から出て行った。取り残されたドボは全身から汗が出て震えが止まらない。ルカの殺意はドボの心の奥深くに根を張った。
ルカは半壊した家の中から、最低限必要な物をリュックに入れ旅立つ準備を進めていた。そして、村ではルカがいなくなったと、騒ぎになっていた。
「ここを離れるのは、なんだか名残惜しいな」
名残惜しいと言いつつも、既に覚悟の決まっている顔をしていた。
「ルカ―!」
半壊した家の前からルカを呼ぶ声が聞こえた。ルカはリュックを持ち、声のする方へ向かう。
「ミーア……」
ここにミーアが来ることを予想していたのか、それほど驚いてはいなかった。
ミーアの目には今にも大粒の涙が流れ出そうなほど、涙が溜まっていた。
「どこ……行くの?」
ミーアの声は震えていた。
「どこにも行かないよ? なんでそんなに泣きそうなんだよ」
ルカはニコッと明るい笑顔でミーアに接した。右手で自分の髪を撫でながら。
「嘘だ。なんで……嘘つくの? 嘘つかないでよ!」
「嘘だなんてつい」
「とぼけないでよ! 気付いてないと思うけど、ルカは嘘をつくとき右手で髪を撫でるんだよ」
ルカはしまったという顔した。ルカの癖を見抜いたミーアも、素晴らしい観察眼だ。
「ちょっと、旅に出ようと思って」
「なんで? どうして急にそんなことになるの!? 昨日のこととなんか関係があるの?」
「そうだね。夢を叶えたいんだ。僕は『皇帝』になりたい」
ミーアはルカの絶対に折れないという意志を変えるというのは、不可能だと感じた。
「じゃ、じゃあ私もついて行く」
ミーアの声は震え、脚もガクガクしている。
「駄目だ。危険すぎる」
「嫌だ。絶対について行く」
ミーアもまた、ルカと同じように折れない意思を持っていた。
「じゃあ、こうしよう。今から勝負をして、負けたら勝った方の言うことを聞くってことにしよう」
「わかったわ」
お互い距離を取り、間合いを計る。
そして、ドボもその場に着き、木の裏から二人の勝負を見守っている。
「大丈夫、私なら勝てる。これまで魔法を使ったことのないルカが急に、使えるはずがない。昨日のはきっと偶然だ」
ミーアの心の声が、小声で口から出ていた。ルカは聞かないふりをして、無言を貫いた。
そして、ドボがさらに近くで見ようと一歩踏み出した瞬間足元にあった枝を踏み、パキッと音が鳴った。
「ウィンドスピア!」
ミーアの頭上に風が集まり凝縮され、槍の形を生成している。そして、風の槍はルカに向かって飛んで行く。
「ミーア。これが今の僕の実力だ。『陽光境』」
ルカの目の前に光の鏡が現れ、光が集まっていく。直視すると、目が焼けてしまうほどの光量だ。
風の槍は光の鏡に吸い込まれ無に還った。
「そんな……魔法が、消えた?」
「ミーア。君の魔法は僕には届かないよ」
ミーアは膝から崩れ落ち、全身が震えている。ミーアはこのとき初めて気付いた。これまで、ミーアはルカから魔力を感じることは無かった。しかし、今は違う。ルカの魔力は周辺が歪んで見えるほど魔力量が高くなっていた。
「ミーア。もう、僕にかまわなくていいよ」
リュックをからいその場を後にした。そして、ドボの横を通り過ぎる。
「ドボ。ミーアを頼んだ」
一言言い残し、そのまま振り向くことなく村を出て行った。




