モブメガネですが、エイプリルフールに美少女から告白されたので対処します
「好きです、付き合ってください」
黒髪ポニテの美少女が、まっすぐ僕を見て言った。綺麗な声はすこしだけ震えてるように聞こえた。
「え……? 葉月さんが、僕と?」
四月一日に放課後の体育館裏に呼び出されたのだから、それなりの心の準備はしてきた。それでも、紺の制服を着た彼女に聞き返さずにはいられなかった。
葉月 真心。黒髪パッツンに長めのポニーテール、ちょっとツリ目で色白なのがキツネっぽくもある、弓道部所属の健康優良スポーツ少女。
そして校内非公式美少女ランキングの「ポニテ部門」「袴が似合う部門」「ゴミを見るような目を向けられたい部門」三冠を達成したすごいひとだ。
「うん。やっぱり林田くんは、そういうの興味ない?」
で、そんな彼女と同じ教室のはじっこでいつも本ばかり読んでいる僕は、何考えてるかわからない系の影薄いメガネくんでしかない。
目立つのは嫌いだし、自分で選んでそうしているので特に不満はない。おかげで教室内を俯瞰して見れるから、彼女が自分なんかに告白するわけないことも理解している。
──つまり、これは「嘘告」だ。
「いや、僕なんかのどこがいいのかなって」
「えっ……だって、いつも難しそうな本読んでて、すごく物知りだし、頭の回転も速いじゃない? わたし知的なひとが好きなの……」
彼女の目線が右上に逸れた。人は嘘をつくとき、存在しない記憶を見ようとして、右上に目線を向けがちだとか。ちなみに左上なら、実際の自分の記憶を見返していることになる。
「あっ、あとメガネがすごく似合う!」
「……でも、葉月さんはめちゃくちゃ魅力的だから、やっぱり僕じゃ釣り合いがとれないよ」
「そんなこと、ないと思うけど」
「前に大会の応援に駆り出されたときに見た、弓を構える横顔が、あまりに綺麗で絵画みたいだった」
「え……」
白い頬が真っ赤に染まった。想定外の返しだったのだろう。でも僕は事実を話しているだけ、嘘はなにひとつない。
「それにすごく優しくて、でも芯がある。何より友達思いだ」
「そ……んなこと、ない……わたし……」
──そう、本来の葉月 真心は嘘告なんかしない。
彼女の目線はあっちこっちぶれまくっていた。「目を白黒させる」とは、こういう状態のことなのだろう。ふだん落ち着いてる葉月さんなので新鮮、というか、めちゃくちゃ可愛い。
でも、見惚れている場合じゃない。
「だから今もきっと、友達の身代わりで僕に『嘘告』してるんだよね」
「え……!? なんで……」
白黒させていた目を見開いて、彼女は僕をまじまじと見つめ返す。
「神崎さんたちカースト上位組が、気弱な小嶋さんに目をつけていじめスレスレのことやってるのは知ってたし、そんな小嶋さんと葉月さんは親友だ」
そしておそらく、カーストなんて眼中にない振る舞いをする葉月さんのことが、神崎さんは気に食わない。だから彼女が身代わりを申し出たなら、喜んで食い付いたことだろう。
きっと今もどこかで、スマホを通して会話を盗み聞いているはず。
「たぶん標的を僕にしたのは、恋愛とか興味なさそうだから。本気にさせて傷付けずに済むように、葉月さんが選んだんじゃない?」
「……ちが……ううん、ごめん……なさい……」
うなだれる彼女。これで嘘告は失敗だ。もしかしたら何らかの罰則が準備されていて、神崎さんたちは喜んでいるかも知れない。だけど。
「あーところで。神崎さんたちが裏アカでパパ活してる証拠を押さえてあるんだけど」
「……ええ!? 待って、なんでそんな」
「そりゃあ、僕の好きなひとの親友をいじめてる連中なんだから、弱みくらい探ってみるさ」
「……すきな、ひと?」
「ッ!? ……しょ、詳細はここにまとめてあるから!」
しまった、思わず口が滑った。誤魔化すようにQRコードの印刷された紙切れを差し出す。彼女はおずおずとそれを受け取って、上着のポケットにしまうと、入れ替わりにスマホを取り出した。
「やっぱり、林田くんはすごいね。だから、わたし……」
スピーカーから微かに、キーキーと金切り声が聞こえている。
「神崎、あとで話があるから」
葉月さんはスマホに冷たく言い捨てて、僕に画面が見えるように通話を切った。一瞬だけ「ゴミを見るような目」が見えた気がして、ゾクっとする。
「ありがとう。でも林田くん、ひとつだけ間違えてる」
それから彼女は僕の目をまっすぐ見つめて、少し震える声で続けた。
「わたしが林田くんを選んだのは、本気にされないと思ったからじゃない。本気にされてもいい人に、告白したんだよ」
なるほど。ええと、これはどういう意味だ。急に頭の回転が鈍る。何も言えずに呆然としていたら、彼女の顔がすうっと近付いてきて、耳元で囁いた。
「嘘じゃないってこと」
──そういえば。好きな理由を聞いたとき、彼女の視線は僕から見て右上を向いていた。それは彼女にとって、左上を見ていたことになるのでは。
耳を真っ赤にして走り去る葉月さんを見送った僕は、その背で揺れるポニーテールと、頬をかすめていった甘い香りのことしか考えられなくなっていた。
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