誰がために
その王様は、街に出るたびに裸になって帰ってくる…
その王様は、歴史上稀に見る名君として知られていました。しかし、王宮で見かける彼の姿はいつも裸。決して怠惰や贅沢のためではありません。理由は至って単純――困っている者がいれば、自らの服を与えてしまうからです。
「これも私の政治の至らなさ故」
道端で震える子供を見つければ、自らの上着を脱ぎ、冷たい雨に打たれる農夫にはマントをかける。そして、身に着けていた最後のシャツすらも、餓えた旅人に差し出してしまうのでした。王宮へと戻るその姿はいつも裸。それでも王は堂々と歩き、言いました。
「上に立つ者こそ、自らを律し、正しく在らねばならぬ」
王は質素な生活を好み、贅沢を一切しませんでした。税も最低限しか取らず、王宮は華美ではなく質実剛健そのもの。それでも国は豊かで、国民たちは誇りに満ち溢れていました。王の姿を見習い、人々は勤勉に働き、互いに助け合いました。そのため、どの国よりも道徳心が高く、公共の利益を優先する社会が築かれていたのです。
ある日、家来たちが王に服を差し出そうとしました。しかし王は笑って断りました。
「これでは自分の罰にならぬ。私は、この国を導く者として正さねばならぬのだ。」
王は、どれほどの権力を持っていても、それが国民の犠牲によって成り立っていることを忘れてはいけないと語りました。その高潔な精神に、家来たちは涙を流し、さらに忠誠を誓いました。
ある年、未曽有の大雨が降り続け、王宮の執務室の壁が崩れ、水が流れ込んでしまいました。家来たちはすぐに修復に取り掛かろうとしましたが、王様はそれを制しました。
「何をする。これでは町の被害が見えぬではないか!」
王様は続けて言いました。
「町の復興が済むまでは、この壁は壊れたままで良い。この方が都合が良いではないか。被害の全貌を直接見ることができる。天も粋なことをするものだ。」
こうして王様は壊れた壁越しに町を見渡しながら、復興の進捗を見守りました。町を巡っては農夫や商人たちと語り合い、困難を抱える者たちに直接手を差し伸べました。
町の復興が終わり、執務室の壁が修復された日、王様は家来たちにこう語りました。
「人は困窮すると、誰でもさもしくなる。民の規範であるべき王が、いの一番に自分の壁を直せば、富める者や権力を持つ者たちはそれを真似るだろう。どうなる?弱い者たちは置き去りにされ、困窮は深まるばかりだ。」
王様はさらに言葉を続けました。
「民が強くならなければ国は強くならぬ。たかが壁の一枚で国が強くなるのであれば、なんと楽なことだろうな。」
家来たちは深く感銘を受け、王の教えを胸に刻みました。
裸で帰る王様を見かけると、国民たちは道を開け、拍手で迎えました。
「王様のおかげで、私たちは幸せです!」
「王様が私たちに教えてくださったのです!」
国民の言葉に、王様は微笑みながら答えます。
「この国を豊かにしたのは君たちだ。私は君たちの努力に応えるためにあるだけだ。」
その国は誰よりも豊かで強い国になりました。他国から攻められることもなく、国民たちは勤勉さと道徳心を誇りに思いました。そして今日も王様は裸で城へ帰ります。その姿を見た国民たちは、王への感謝と尊敬の念を込めて、惜しみない拍手を送り続けるのでした。