保護者
朝の忙しない時間、すばるは時計を見ながら焦燥感を募らせていた。
「片付けて準備してねって言ったよね?君たち、はーいって返事したよね?なのに、どうしてまだこんなに散らかってるの?」
リビングには、昨夜遊んでいたおもちゃが床に散乱したままだった。保育園の支度を終えた蓮と莉桜は、おもちゃを片付けるどころか、別の遊びに夢中になっていた。すばるの言葉は、二人の耳には届いていないようだった。
忙しい朝の時間、保育園の登園時間も、仕事の開始時間も迫っている。頭ではわかっている。子どもたちはまだ小さいし、今楽しいことに気を取られるのは当然のことだと。しかし、感情がそれを許さなかった。
すばるの中で、理性と怒りがせめぎ合う。自分も子どもの頃、親に何度も叱られた。「早くしなさい」「片付けなさい」「言ったことはちゃんと守りなさい」。そんな言葉が胸の奥から込み上げてくる。
「もういい!」
すばるは床に散らばったおもちゃを次々と拾い上げ、ゴミ袋へと放り込んでいった。
「片付けないなら、捨てるしかないよね。これはもうゴミだ。」
「やだ!それぼくの!」
蓮がすばるの腕にしがみつく。莉桜も泣きながら必死に阻止しようとする。
「違うの!お片付けしようと思ったの!」
「なら、どうしてまだ散らかってるの?時間だってないのに、まだ遊んでたんでしょ?」
二人の小さな手が必死にゴミ袋を引き止める。その手を振り払った瞬間、莉桜の体がバランスを崩し、床に尻餅をついた。
「いったぁ……」
泣き出す莉桜。その腕には、すりむいたような赤い痕ができていた。
すばるは一瞬、我に返った。
「……っ、早く準備して。保育園遅れるよ。」
すばるは努めて冷静な声を出した。泣きながらも、蓮は莉桜の手を引いて自分の支度を整え始めた。
――そのまま、保育園に送り届ける。
普段と変わらない朝の登園風景。しかし、教室に入った蓮は、先生にポツリと言った。
「ママ、いなくなってからパパがこわい……。」
その一言で、すべてが変わった。
昼過ぎ、すばるの携帯が鳴る。保育園の連絡だった。
『星宮さんのお父さんですか?少しお時間いただけますか?』
その声の冷静さに、すばるは背筋が凍る。嫌な予感がした。
保育園に向かうと、児童相談所の担当者、警察の職員がすでに待機していた。
「お父さん、蓮くんが、少し気になることを話してくれました。お子さんたちを一度、こちらで保護させていただきます。」
目の前が真っ白になる。言葉が出なかった。
児童相談所の職員が、淡々と説明を続ける。
「一時的な措置です。お子さんたちとお話をさせていただき、安全を確認させてください。」
すばるは否応なく頷くしかなかった。
自分がやったことが、どんな結果を生んだのか、ようやく理解した。
数時間後、児相から連絡があった。
『お子さんたちは、お父さんのもとに戻ることを望んでいます。ですが、今後、定期的に児童相談所の職員が訪問し、お子さんたちの様子を確認させていただきます。また、保育園とも連携をとり、お子さんたちが安心して過ごせるよう見守っていきます。』
すばるは電話を握りしめたまま、静かに目を閉じた。
――取り返しのつかないことをしてしまった。
虐待を受けた子ども時代の記憶が、頭の中でフラッシュバックする。
あんな親にはなりたくなかった。
でも、自分は――
「結局、同じことをしてるじゃないか……。」
すばるは拳を握りしめた。
もう、後戻りはできない。
せめて、教師としての自分だけは、まっとうであらねば。
そう思い込むように、すばるは仕事へと逃げるように没頭していくのだった。




