適応
朝日が差し込む部屋の中で、すばるは目覚まし時計よりも早く目を覚ました。日常がすっかり板についてしまい、体が自然と動くようになっている。時計を見ると、まだアラームが鳴るには数分ある。すばるはそっとベッドから抜け出し、蓮と莉桜が眠る部屋へ向かった。
二人は静かに眠っている。寝顔を確認しながら、そっと布団をかけ直す。子どもたちの存在は、すばるの日常の中心になっていた。毎朝、同じ時間に起き、同じルーティンを繰り返す。顔を洗い、朝食を作り、子どもたちを起こし、学校と保育園の準備を整える。
沙月が去ってから、家事も育児も仕事もすべてすばるが担うようになった。だが、今となってはそれが当たり前になり、特別な負担を感じることは少なくなっていた。それよりも、子どもたちが規則正しく生活を送れることに安堵すら覚えていた。
仕事は順調だった。部活動は主顧問が引き継ぎ、すばるは授業とクラス運営に専念できるようになった。時間的な余裕が生まれたことで、家庭とのバランスを取りやすくなった。
それでも、気を抜くわけにはいかない。すばるは教師としての責務を果たしながらも、育児との両立に全力を注いでいた。職員室では、生徒のレポートを添削しながら、次の授業の準備を進める。空き時間には子どもたちの保育園の予定を確認し、スケジュールを調整する。気が付けば、周りの同僚が雑談している中、すばるだけが黙々と作業を続けていることに気づくこともあった。
放課後になり、すばるはすぐに職員室を後にした。子どもたちを迎えに行く時間が迫っている。保育園に到着すると、蓮と莉桜が元気に走り寄ってくる。
「パパー!」
その声に、すばるは自然と微笑んだ。
「ただいま。今日は何して遊んだの?」
蓮が無邪気に保育園での出来事を話し、莉桜は小さな手で一生懸命に何かを伝えようとしている。その姿に、すばるはふと安堵する。この子たちが健やかに育っているなら、それでいい。そう思いながら、二人の手を引いて帰路についた。
家に戻ると、夕食の支度に取り掛かる。蓮と莉桜を見守りながら、手際よく料理を作る。食事の時間も慌ただしく過ぎていく。
ふと、すばるは思う。
(離婚前と変わらないな……)
沙月がいた頃も、結局自分が中心になって家事をこなしていた。彼女がいなくなった今も、何も変わっていない。ただ、違うのは「それが当たり前になった」ことだった。
食後、子どもたちを寝かしつける。蓮が絵本を読んでほしいとせがみ、莉桜もそれを真似するように小さな手を伸ばしてくる。二人の寝息が落ち着いた頃、すばるはようやくソファに腰を下ろした。
リビングは静かだった。
(……意外と、平気なものだな)
日々の忙しさの中で、すばるは離婚の痛みを忘れつつあった。いや、忘れようとしていたのかもしれない。
そして、この変わらない日常に、ふと疑問がよぎる。
(ぼくは、沙月の居場所を奪っていたのかもしれない)
家事も育児も、すべて自分がやってしまうから、沙月は自分の役割を見失ったのではないか。彼女が去った後も変わらないこの生活は、彼女がいなくても成り立っていたという証明に他ならなかった。
しかし、その考えにすら慣れてしまう。
明日もまた、同じ一日が始まる。
それがすばるの日常だった。




