深まる亀裂
蓮のいやいや期が始まり、家の中は小さな衝突が絶えなくなっていた。
「ごはん、今食べたくない!」
「この車、かっこ悪い!」
蓮の些細なわがままに、沙月は最初こそ優しく諭そうとしていたが、次第にすばるが対応するようになった。その対応は冷酷そのものだった。
「嫌なんでしょ?じゃあ、いらないよね。」
すばるは蓮が手をつけなかったごはんを、ためらうことなくゴミ箱に捨てた。蓮の目に涙が浮かぶ。
「そんな…捨てないで…。」
「自分でいらないって言ったんだろ?誰からも必要とされないものは、ごみなんだよ。」
すばるは冷たい視線を投げかけながら、蓮の前にあったミニカーを手に取り、そのままゴミ袋の中に放り込んだ。
「ダメ!それ、お気に入りなの!」
泣きながら蓮はすばるの足にしがみついた。大粒の涙を流しながら、ミニカーを取り戻そうと必死だった。
「いらないって言ったのはお前だろ!」
すばるの声が鋭く響き、彼の足にしがみつく蓮を見下ろすと、感情に任せてその小さな体を軽く蹴り飛ばしてしまった。
「っ…!」
蓮は転がり、床に座り込んでさらに大声で泣き出した。沙月はその光景を目の当たりにし、驚きと恐怖で体がすくんだ。
「すばる…何してるの?」
震える声で問いかける沙月に、すばるは一瞬だけハッとした表情を見せたが、すぐに目を逸らした。
「…自分で言ったことの責任を教えてるだけだ。」
「でも、こんなの…やりすぎだよ。」
沙月の言葉にすばるは何も返さず、無言でその場を立ち去った。リビングには、泣き続ける蓮と呆然と立ち尽くす沙月が残された。
夜、沙月は一人でキッチンに立ちながら考え込んでいた。
(これがすばる…?あんなに優しかったのに、今は全然違う。私が何かできることは…あるの?)
自分の無力さが胸に重くのしかかる中で、沙月の中にはある種の恐怖が広がっていた。それは、すばるへの恐怖であり、自分自身が母親として何もできていないという無価値感だった。
(私は…この家に必要なのかな。)
沙月の心には、深い迷いと自信喪失が入り混じり、夜の静けさがその思いをさらに強めていくのだった。




