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崩れる均衡

 蓮は最近、新しく家族になった莉桜のお世話をしたがるようになった。おむつを交換するすばるの横で、蓮が小さな手を伸ばし、手伝おうとする。


「パパ、ぼくもやる!」


「ありがとう、蓮。でもこれはちょっと難しいから、パパがやるよ。」


「ぼく、ミルクあげる!」


 蓮は一生懸命に哺乳瓶を持ち、莉桜の小さな口元に近づけた。莉桜は不器用な手つきに戸惑いながらも、一口吸っては口を離す。蓮の満足げな顔を見て、すばるは微笑みながらも内心では疲労を隠せなかった。


 そんな日々が続く中、すばるは次第に疲弊していった。家事、育児、仕事のすべてをこなす日々に追われ、体も心も限界を迎えつつあった。


「今日は早めに寝よう…。」


 そう思いながら蓮と莉桜を寝かしつけた後、すばるはソファに倒れ込むように横になり、目を閉じた。しかし、仮眠をとる間もなく蓮の声が彼を起こした。


「パパ、お腹すいた!莉桜も泣いてるよ。」


 疲労で重い体を動かそうとするが、すばるの中で何かが切れたように感じた。


「…蓮、ちょっと待ってて。」


 蓮は訴え続ける。「でも、お腹すいたよ!莉桜も泣いてる!」


 その瞬間、すばるは無意識に声を荒げてしまった。


「蓮も莉桜も、思い通りにいかないからって、すぐに泣くな!誰のおかげで生きていられると思ってるんだ!泣いたってごはんは出てこないよ!今すぐ黙れ!!」


 自分の声が家中に響いた後、しんと静まり返る。蓮は目を丸くし、涙を浮かべながら後ずさりした。莉桜の泣き声も一瞬止まり、再び大きな声で泣き出した。


「…ごめん、蓮。」


 すばるは頭を抱え、床に座り込んだ。怒鳴った自分を責める気持ちと、どうすることもできない現実に押しつぶされそうだった。


「パパ、怒らないで…。」


 蓮の震える声に、すばるは何も言えず、ただ蓮を抱きしめた。その小さな体の温かさが、彼の胸に深く突き刺さった。


(ぼくは…父親失格だ。)


 すばるの心は、深い後悔と自己嫌悪で埋め尽くされていた。


 その時、沙月がリビングに入ってきた。険しい空気を感じ取った彼女は、少し戸惑いながらも明るい声で言った。


「ねえ、今日は外食にしようか?子どもたち連れて、何かご飯買ってくるよ。」


 蓮が涙目のまま「ほんと?」と聞き、沙月は微笑んで頷いた。


「うん、みんなで美味しいもの食べよう。」


 沙月は蓮の手を取り、莉桜を抱っこすると、すばるに軽く声をかけた。


「すばるは少し休んでて。私たち、すぐ戻るから。」


 そう言って家を出る沙月の姿を見送りながら、すばるはその提案の意図を考えた。彼女が自分を気遣ってくれたことは分かるが、同時にその行動が根本的な解決になっていないことも理解していた。


(沙月も何かしようとしてくれてる。でも、これは一時的な逃げ場に過ぎない…。)


 すばるは深いため息をつき、再び頭を抱え込んだ。

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